逃亡[リュート編NO.6]
サーキュスの後に続く言葉は解りきっている。
桜に男がいるのでは?と言いたいのだろう。だが桜はそんな女じゃない事はリュートには解る。何よりも信じて信頼しているのだ。
……それに裏切られてもそれでも彼女が良いという思いじゃなければ、リュートは初めから好きになんてならない。
「……魔法が働いているのだろうか……」
だが、思いがけずサーキュスが呟いたのは別の言葉だった。その言葉はリュートに伝え様とした物ではなく、寧ろ自分の考えを纏めているような感じだ。
「……何故そう思う?…」
リュートの問い掛けにサーキュスは、何時もの何を考えているのは解らない表情を一瞬だけ崩した。
「本来、リュート様が過保護な程に大事に囲っている王太子妃様です。……誰にも会わずに王太子宮殿から抜け出すのは至難の技だ。それに、共犯者がもしもいるとしたら、それは少なくともこの国の者ではあり得ない。運命の乙女がもたらす恩恵や、何よりも貴方に敵対したい人間は今のこの国にはいませんよ。彼女が絡めば貴方様は容赦無く連れ去った者を消すでしょう。リスクの方がでかすぎるんですよ」
「……だから魔法か?」
「一番辻褄がつきます。……女神の恩恵を受けている王太子妃様が、魔法が使えないとは思えないので」
サーキュスが今も尚現在の職位に着いている大きな理由がこの考え方だった。だからこそ不思議でならない。何故破滅的思考しかない第一側妃側の陣営に入っていたのか?
後でカムイ辺りに調べさせてみるか。
「……桜自体は魔法が使えないが、女神の加護がある。それがどの様な類いの物かが俺にも解っていない」
「……」
暫しサーキュスは無言のまま、日頃の何を考えているのか解らない表情を崩した。
「申し訳ございません。……正直に申し上げて意外でした。例えどの様な事でも貴方様が俺に王太子妃様に関する情報を与えて下さるとは思っても下りませんでしたから」
全て把握している、と思わせていた方が具合が良いのは確かだが、それでは不足の事態の時に判断を見誤る。
「お前には伝えておくべきだと判断したまでだ」
「貴方のそんなところは、俺は好きですよ」
不敬ともとられるサーキュスの言動だが、リュートにはそれが何故か心地好かった。
美丈夫で面白い男だから桜には近付けたくは無いが、それを措いたら桜の専属護衛騎士団長に着任させても良いだろう。安全が格段に上がる。
だから桜……早く帰ってきて……。
◇◇◇
サーキュスはリュートへの報告を終えた後、サーキュス含め誰一人解ってはいなかったが、桜が拾われた辺りの捜索に取り掛かった。
国境は早々に警備を強化し、情報を確認したが桜らしき女性が国外に出た形跡はない。
尤も女神が関与しているのなら、それすらも無意味になってしまうのだろうが……。
サーキュスは孤児だ。この国の生まれですらない。
整った容姿をしていた事から気に入られこの国の貴族に売られて今に至る。
普通なら不運を嘆くのだろうが、それすらもサーキュスは運が良いと考えていた。
そのくらい、サーキュスが生まれた国は荒んで崩壊していたのだ。生きていることが奇跡。
どん底を知っているからこそ、サーキュスはしなやかで芯が強い。持ち前の頭脳も活かしてサーキュスは買い取られた貴族に気に入られ、出世していったのだ。だからと言って彼等のしていることを肯定しているかというとそうではないし、本人とすればどちらの味方でもない。
何よりも当時のリュートはいつ死ぬか解らない忘れ去られた存在。国王が唯一の見方だったが、配下の貴族は皆リュートの王太子の身分第二王子が成長するまでの偽りのものだと思っていたのだ。いかに国王がリュートを押そうとも、大半の貴族に反対されたのでは難しい。
一部、国を代表する将軍一族はリュート側に付いていたが、それすら本人が生きられ無いのでは意味がなかった。王の子として生まれながらも、自分よりも不幸な存在であるリュートをサーキュスは嫌いではなかった。運命とは実は平等ではないか?とも考えた。
生まれこそ不運だったが、その後は運に味方された自分と、生まれは高貴だが母親を直ぐに無くし、運命の女神に嫌われたリュート。
サーキュス自身は甘やかされて育った第二王子より、誰に存在を無視されながらもひたすら耐えて努力し続けたリュートの方に好感を持っていたのだ。
誰も知らない事だが、こっそりリュート暗殺の計画を妨害したこともあった。
第一側妃が失脚した時、第一側妃側にいた自分も当然排除されるものと覚悟していたのだが、リュートの指示で側近のカムイは、ただ排除するのではなく念入りに一人一人のリストを調べあげて選定しふるいにかけた。
その時のカムイとの直接の面接では、『リュート様を助けて頂いた事が有るそうですね』と言われた時は珍しく身震いした。誰も知らない筈なのに、何故?と。
その時に女神様には全てお見通しなのだそうですよ、と言われた時は、自分ではどうする事も出来ない力の存在に恐怖すらしたのだ。
それもあって王太子妃様にも女神の力が働いているかも知れないと考えた。
だけど、サーキュスが当目に見ていても王太子妃様はリュート様を慕って見えた。
勘でしか無いが、彼女が望んで国境を越えたとは思えないのだ。
そしてその勘は正しかったのだが、今は未だ誰もその事に気付いていなかった。
着実に桜に近付いていたのだが、桜の意思を尊重する力がそれを妨害していた。




