逃亡「リュート編NO.5]
桜が何故王宮を出ていったかは理解ができた。
それは俺に愛想が尽きたからに他ならないのだろう。限界までは黙って耐える女性が行動に移したのだから。
あんなに守ると言ったのに、愛してると、桜だけが大事だと伝えたのに、その裏で桜の世界でいう愛人を囲う截断をしていたと思ったのだから……。
初めから全て説明していればこんな事にはならなかったのにと後悔があふれでてくる。
あの手紙は、桜からの俺への初めての助けてと言うサインだった。
この世界に一人きり、寂しくても寂しいといえない不安な彼女の心の声。
きっと安心したかったに違いないのに、俺はそれに気付いてあげる事が出来なかった。
「夫失格だな………」
それでも彼女を手放してあげられそうもない。
土下座してでも赦しを乞わなければ、きっと失ってしまう。
いくら政治的な理由で、俺自身が望んだ事では無いとはいえ、それは言い訳にはならない。
ただ、解せないのは蟻の子1匹通さない程の包囲網をどうやって彼女がすり抜けたのか、という事だ。
素人な彼女じゃ絶対に無理な筈だ。
「まさか………女神の力か?」
桜が何らかの方法で女神から力を借りたのだとしたら?人では太刀打ちできないのも頷ける。
何故女神は力を貸したのだろうか?……俺が不甲斐ないから?…それとも何か他に理由があったのか?
そんなことを考えていたが、それよりも先ずは桜が今何処にいて、そして安全なのかどうか?を確認しなければならない。
果たしてまだ国内に留まっていてくれているのだろうか?
リュートが捜査網を引いて桜を探す手配を済ませた頃、今一番会いたくない女性がリュートを訪ねて来た。無下に断る訳にも行かず、されど桜と暮らす家である王太子宮に招き入れる事は絶対にしたくはなかったから、場所を移し話を聞くことにした。
「何か急用でも?……」
忙しいのも去ることながら、彼女の存在事態を受け入れたくない思いが、いけないと解っていてもつい口調を強めてしまう。
「王太子妃様の事を伺いました。…まさか助けてくれた女性が王太子妃様とは露も思わず………大変失礼な真似を致しました。………改めまして謝罪を………」
解っているならもう関わらないで欲しい。
彼女の立場とすればそうも言ってはいられないのだろうけど、苛立ちが募る。
「結構………謝罪の言葉は私から伝えておきます。私の不在時、利を最優先する双方の政治的思惑により取り決められた今回のお話ですが、私は納得していない。………私にとっても、この国にとっても妻は無くてはならない女性です」
「この国は一夫多妻制な筈………」
納得がいかないのか、王女として引き下がる訳にはいかないのか、目の前の彼女はそんな事を言ってくる。
"側室でも良いから"と………。
王女としてのプライドよりも自国を思うその姿勢は、寧ろ天晴れだが頷く訳にはいかない。
本当にあの女は余計な事ばかりしてくれた。
「それは運命の乙女が現れなかった時限定の話です。………何より俺が彼女しか愛せない」
犠牲を払っても初めから俺が王女に断っておくべきだった。国通しの利益を考えた事で最悪な後手に回ってしまったのだから。本来なら桜が与えてくれる恩恵だけでも十分過ぎるのだから。
歩み寄りの出来ない話し合いは決別に終わり、彼女は滞在先の王太子妃宮殿に戻っていった。
俺は最低限行わなければならない公務を終わらせると桜を探しに城下町へと向かった。
不思議な程に情報が入ってこない。人海戦術で大量の人員を投入しているのに、だ。
何かがおかしい。素人である桜が逃げているのだから足跡は消しきれていない筈なのに、こんなに解らないなんて事があるか?
頭の片隅で考えが交錯するが答えはでない。
意図して消された足跡が今回の大きな要因のような気がしてならない。
リュート事態が前線に達指揮をとっているから通常よりも早くエリア潰しは進んでいる。
リュートは調べて上げた場所を地図上から消していく。
「半数は終了したか………」
カムイは今回王宮に残り、出来うる限りの仕事を進めてくれているから、今リュートの側には護衛第三騎士団団長のサーキュス・レイナードが付いていた。
長身で、プラチナブロンドの美丈夫は切れ者と名高い。この飄々とした掴み所のない男は第一側妃側の貴族出身で第二王子を次代の国王にと望む派閥ではあったのだが、彼自身が優秀であった為まだ騎士団長の任に付いていた。
「妙ですね。………王太子妃様がいなくなってからの時間を考えてももうそろそろ有力な情報が入ってきてもおかしくはない筈なのですが……まさか、協力者が?」
一人で無計画に家出するには限界がある筈だ。特に桜はこの世界の出身じゃないから、知り合いも少ない。そう思いカムイの生家や、カムイの妻でありリュートの幼馴染の一人であるユリアの実家にも問い合わせたが答えはノーだった。その上ユリアには怒鳴り付けられ説教されてしまった。
桜がこの国に来てすぐ桜に付いていた侍女のサラにも念のため確認したがこちらも不発だ。
同じ様な疑問をリュートも懐いていたが、サーキュスをヒト睨みし、それに続く言葉を黙らせた。




