逃亡[リュート編NO.3]
王女が庭園にいると聞いたリュートは、直ぐに呼びに行くと言う女官を制して自身が庭園に降りた。
それは勿論王女を思っての事じゃない。
最愛の女性、桜の情報を少しでも早く手に入れたかったからに他ならない。
庭師の手が細部にまで入った庭園はそれは見事と感嘆の声が出そうなほど美しかったが、それすらも桜がいなければ色など感じないモノクロの世界となる。
王女はまるで一枚の切り取った絵画の様にその創られた庭に馴染んでいた。
リュートはそれに見惚れる事なく事務的に声を掛けた。美しいと感じる事も、愛しいと感じる事も、その感情の全てが"桜"といて初めて感じる事が出来る感情だからだ。
「先触れも出さずにすまない……」
リュートはあくまでも自分が上だからと必要以上にへりくだる事はしなかった。
あくまでもこの関係は外交。彼女をここに滞在させているのも外交上仕方がない事だった。それだってもっと早くに気付けていたのなら、手を打つことだって出来たのだが……。考えてもしょうがない、その時俺は最愛の番桜を探しに桜のいる世界に行っていたのだから。
この王宮において国王の次に位が高いのはリュートだ。同じ王族とはいえ、順列が違う。
愛しい恋人なら跪くが、正直そんな事をする様な間柄でもないし、目の前のお前も解っているだろう。
既に運命の乙女の事は此方の国の外交官から聞いている筈なのだから。
「いえ……このような場所に滞在する許可を頂き有り難う御座います。…宜しければ運命の乙女、王太子妃様にも御挨拶に伺いたいのですが………」
「必要ない。……他の女がこの国に来ている何て、桜が悲しむ事は見聞きさせたくはない。尤も貴女が候補ではなく桜と年が近い、桜の客人としてなら大歓迎だがな」
取り繕う事は初めからしない。期待もさせない。
王女は感情を見せずに、ただ黙ってリュートの話を聞いていた。
「単刀直入に聞く。…何故貴女は王太子宮殿に入って来ようとしたのだ?……それを許した覚えはないが?」
「それは!!……申し訳御座いません……」
彼女は一度何かを伝えようとしたが言い淀んだ。
「今は謝罪を聞きたい訳ではない。…理由を確認したい」
「何をお伝えしようとも、言い訳にしか聞こえませんがけして患者と言う訳では御座いません!!……どうか信じて下さい!!」
まあ、場所が場所だ。
そちらを疑われても致し方無い事をしている。…が、それすらもどうでもいい事だった。それならそれで対処がしやすい。弱味を握れれば交渉がしやすいと言うものだ。
「ならば何をするために近付いた?」
「……それは……お世話になった侍女にお礼を伝えたくて……」
「……?……世話になったとは?」
おかしい…何かがあれば俺のところにも届いている筈だが?
「黒髪、黒目の侍女に迷っているところを助けて頂いたのです」
一瞬頭が真っ白になってしまった。
知られたくなかったただ一人に、一番最悪なタイミングで知られてしまった。こんな事なら最初から自分の口で伝えておけば良かった、等と言う後悔がまさか自分に降りかかるとは……。
「!!!………今何と言った?…」
この王宮で黒髪黒目の女性は……俺の桜しかいない。この王女は桜に接触したと言うことか!?
「ですから、庭園迷っているところを黒髪黒目の侍女に助けられたのです。…ですから、せめてお礼だけども伝えようと………」
「何を話して……それは何時だ…………」
リュートのただならぬ雰囲気に、王女もただ事ではないのだと気が付いた。何時もなら感情を相手に読まれる何て無能な真似はしないのだが、桜がいない今は感情が安定しない。
「……お礼を伝えて、聞かれたので……名乗っただけですが……」
桜を、誰の目にも触れさせずに自分だけの者にしたいと言う思いが強くて、限られた者にしかお披露目をしていないことが仇となったのか。
海外の要人が桜の容姿を知らなくても無理がない事だった。
「私は何か粗相をしてしまったのでしょうか?」
「いや……それで、その侍女は何と言っていた?」
「驚いている様子でしたが……それは私が迷ってしまった為に驚かせてしまったのかと……」
王女の言葉に嘘はないようだ。
桜はどう思っただろうか?俺を自分が知らぬうちに身分の高い側妃を向かえた裏切り者だと思っただろうか?違う世界から来た桜には受け入れがたい制度だろう。世継を重視するために他の女を娶る事が当然とされていることを桜には教えていなかった。
自分は側妃を端から迎える気など無いから必要な知識ではないと考えていたのだ。
だが、周りの貴族は当然だと考えているから、それが桜には受け入れがたい制度だとは思いもしない。意識のギャップがあることを知っていたのに。
リュートは早々に王女との話を切り上げると桜がいた筈の自身の私室に備え付けられていた椅子に脱力するように座り込んだ。
桜が俺に手紙を出したであろう時間帯を考えれば、誰か他の第三者に訪ねるのではなく、直接俺に確認しようと思ってくれた事は明らかだった。
それなのに………俺はそうとも知らずに直ぐに会いに行くことすらしなかったのだ。




