逃亡part2
お婆さんの家はこじんまりした食堂だった。
お婆さんが一人で切り盛りしている為丁度手伝ってくれる人を探していたのよ、とそう言ってくれたのが嬉しかった。
それが例え桜に気を使わせない為かもしれないがとても有り難く嬉しかったのだ。
桜自身を必要としてくれた事が嬉しかったのだ。
まあ本来有り得ない位にかなり運が良いと言えるだろう。
元々料理は得意な桜だ、ここでのアルバイトも苦ではないどころか、自分でも役に立てるものが有ると思うと、自分はここにいて良いのだと思えてくる。
それが今の桜にはとても有りがたかった。
お婆さんのうちにお世話になって三日目にもなってくると段々とお婆さんの仕事内容も解ってくる。
何とお婆さんは食堂の他に自身で煎じた漢方薬も作っていた。常連客しか知らないような細々と行っている生業らしいが、その為薬草も自宅の庭に育生していた。
つまり畑仕事も食堂と両立させて行っているのだ。とてもじゃないがお婆さん一人で行える仕事内容ではない。桜は嬉々としてその全ての手伝いを勝って出た。薬草を使って薬を作る事がこの世界でも特種な事だなんて桜は知る由もなく、それが普通だと思い込んでいた。
今は……リュートを思い出したくない。
何でこんなに不安になるのか……苛立ちを覚えているのは自分でも解らなかった。
でも……どうして……何も言ってはれくなかったの?
◇◇◇
桜が手伝う様になって少し時間がたち、やっと常連客の方々にも顔を覚えられ始めた。
「サクラちゃん、今日のお薦めは何だい?」
良く来てくれるおじさんが声をかけててきた。
「今日はお肉の香草焼きと野菜たっぷりスープです!!…とっても体に良いんですよ」
桜が答えると、『じゃあそれを頼むよ!』と答えて何時もの席についた。
「はい!……ジョカさん、日替り一つお願いしましす!!」
「はいよ!!」
お婆さんは、ジョカさんと言う名前らしい。
名字は解らないし、果して市民に有るのかどうかも桜には解らないから敢えて聞きもしなかった。
ジョカさん自体、桜と言う名前しか名乗れ無くても何も聞かないでくれたから。
「お待ちどう様です。……熱いので気を付けて食べて下さいね」
桜が声をかけると、おじさんは笑顔で頷いて食べ始めた。
ある程度忙しさのピークを越えた頃、ジョカさんが狭い厨房の奥からひょっこり顔を出して桜に声をかけた。
「桜ちゃん、お使いを頼まれてくれるかい?」
「はい!行ってきますよ。……お買い物ですか?」
桜は、お客さんが食べ終わった食器を片手で持ち、布巾でテーブルを拭きながら答えた。
断る選択肢何て端から桜の中にはなかった。
「いや、ちょっとここからは遠いんだけれど、一人で村外れに住むお婆さんに料理を届けて欲しいんだ。そのあと、出来るだけで良いんだけれど、家事を手伝って上げてくれるかい?」
そう言ってジョカさんは、地図を持たせてくれた。
ジョカさんはこの食堂から結構離れた場所に住む一人暮らしの年老いたお婆さんに料理を作って届けているらしい。
やっぱりジョカさんは優しい人だ。
二つ返事で了承した桜は、ちょっと遠出気分だ。
歩いて行くには遠すぎるので、常連のおじさんの馬車の荷台に乗せて貰える事になった。
「おじさん、有り難う」
桜は、荷台の上から馬を操るおじさんに声をかけた。
「いいよいいよ、どうせ同じ方向だし、日頃ジョカさんや桜ちゃんにはお世話になっているからね!!」
馬車で三時間程掛かった為、時間は既に夕方に差し迫っていた。
お礼を言って馬車を降りると桜はお婆さんの自宅を訪ねた。お婆さんはとても嬉しそうに桜を迎え入れてくれた。
預かってきた料理を温め、畑から野菜を採ってくると即席でスープを作りお婆さんの食卓を彩った。
掃除、洗濯迄終わらせると辺りは既に暗くなってしまっていた。
今から帰っても夜遅くなるからと、桜はお婆さん家に一晩泊めて貰う事になった桜は疲れからすっかりベットでぐっすりと眠りについてしまった。
桜が眠りについたのを確認すると、お婆さんは先程までとはうって変わって軽い足取りでコップに水をくみ、テーブルの上に置いて椅子に腰をかけた。
「ジョカ……良い子を寄越してくれて有り難うよ」
コップに入った水にお婆さんが語りかけると、水はいつの間にかジョカの形を型どり始める。
「そうだろう?……私が可愛がっている娘さ。……良い子だよ」
「それで?……何故この子を私の元に寄越したんだい?」
「この娘を探す影を感じたからさ。……この娘がそれを望んでいれば叶えてやっても良かったが、この娘はそれを望んじゃいなかった。だからあんたの所で少しの間匿って貰おうと思ったのさ」
「お前さんがその気になれば、この娘一人匿うくらい簡単な事だろう?……」
「この娘には、まだ私が魔女だと言うことを伝えていないからね」
「…知ったからとて態度を変えるような娘じゃあ無いだろうに」
「ああ…桜には、あの子にはまだただの婆さんのままでいてやりたいのさ。……あの場所で会ったのは、偶然じゃなく必然として出会ったと知ったら、きっと今のあの子は傷つく。…私はあの時、あの娘が運命の番と知ってあの場所に行ったからね」
「まあ、お前さんがそういうなら、私が口を出す問題じゃないね」
お婆さんがそう言うとコップの水は、元の水に戻った。




