桜の花嫁修業part5
桜専用のキッチンは簡易であしらえたとは思えないほどちゃんとした物だった。
普通のアパートのキッチン位の設備が整っている。
水も出るし、火だって使える。
ガスや電気は無いからコンロは無いけれど、釜戸やオーブンはあるからお菓子だって焼くことが出来る。
本当に憎らしい位に有能な男だ。そんな男を自分は支えていけるのだろうか?桜はそんな不安が一瞬だけ頭を過ったが、その考え自体を首を降って振り払った。
支えると決めたのだ。
これから自分も勉強漬の毎日がやってくる。逃げる訳には行かない。桜を桜だから選んでくれたリュートに報いる為にも。
桜の講師は今まで通り、カムイさんの奥さんのユリアが勤めるが、それだけでは足りないとカムイさんの母親である公爵夫人もマナー講師として教えてくれる事になっていた。彼女はこの国の社交界の重鎮、学ぶことは多い。歴史や外交はカムイさんが教えてくれるとの事で、何しろ凄い面子が揃っているのだ。これで出来ませんはとてもじゃ無いけど言えない。
そんな勇気はないし、出来ないとは言いたくない。その優しげな容姿から誤解され勝ちだが、桜はこうと決めたら貫き通す強さがある。
桜は考えながらも料理を作る手は止めない。
マリアは有能な侍女で、リュートの為に自分が手作りしたいと言う希望を最大限汲み取ってくれて、消してでしゃばらず、それでいて桜が解らない火の使い方等は然り気無く手伝ってくれる。
元々桜が手早いのも有るが、それでも予定よりも早く料理が全て出来上がった。
マリアと一緒にリュートの部屋のテーブルに料理を運び終わった時間と大差無くリュートは部屋に戻ってきた。タイミングはバッチリだ。
「リュートお疲れ様…凄いね時間ぴったりだよ!もう仕事は終わったの?」
リュートは来ていた上着を脱いで、シャツの上のボタンを外して寛いだ格好になった。
普段は絶対に見せない隙を見せてくれている。それだけで自分の前では寛いでくれてるんだと思うと嬉しくなる。
「桜も料理有り難う。いや、切りの良いところで切り上げて来ただけ。また戻って仕事をするよ」
リュートは苦笑いをしていたが、料理を見て途端に笑顔になった。
「うわ!!美味しそう。これ、桜の世界で食べた料理と同じだよね!?」
キラキラと子供みたいな目をしたリュート。
作った甲斐があると言うものだ。
「そうだよ。リュートが調味料と食材を準備してくれたから、作れたの」
好きな人が自分の作った料理を見て嬉しそうにしてくれると、桜もまた嬉しかった。
作ったのはご飯に野菜たっぷりお味噌汁、それにお肉(何の肉かは正直解らないが……)があったから生姜焼きに、ほうれん草(と思われる食材)の胡麻和え。
ちょっと渋目だけど、どれもリュートが彼方の世界で喜んでくれた食べ物だった。
その時は随分渋目な好みの子供だな、と思ったものだ。
カレーも喜んでくれていたが、ルーを作るのに試行錯誤しそうだから、チャレンジはまた後日にしようと思う。
即席にしては良くできた方だろう。何より温かいままご飯を食べて貰えるのは一番良い。
「桜、食べて良い!?」
この顔はあの時の"リュート君"と同じ顔だと思うと、彼の中にあの子を感じることが出来た。
早速席に付いたリュートにご飯をよそって渡そうとして、桜は気付いた。
「あっ、待って!!…リュート、毒味は?」
桜は慌ててリュートを止めに入る。
「大丈夫だよ。…桜が作ったものだし」
「勿論毒なんて入れたりしないけど、食材の全てを確認して判断する知識何て私には無いのよ?」
「大丈夫!!…力が使えるようになって毒くらいじゃ致命傷にはならなくなったからね。…何なら桜が一回抱かせてくれれば直ぐに治るよ」
「な!?なっ!!……」
いきなりしれっと爆弾発言を繰り出すリュートに桜は言葉を失ってしまう。
「冗談じゃないよ?本当に桜は俺にとってどんな薬よりも効く万能薬何だよ。何より心が幸せになるのが一番嬉しいね。…君が側にいてくれるだけでこれからも生きていこうと思えるんだ」
「う~!!……」
そんな事を言われたら何も言えなくなるじゃない!!
「ねえ、もう食べて良い!?…匂いを嗅いでたらお腹が空いてきちゃって」
「良いよ」
桜もリュートの目の前の席についた。
「「いただきます」」
二人で手を合わせて感謝の言葉を述べる。
リュート君が日本に来た時に桜が教えたのだ。食べ物に対する感謝は大切だと…。
教えてからのリュートは必ず"いただきます"を言ってから食べるようになった。
「美味い!!…桜、これ美味しいよ!」
一番リュートが喜んだのはお味噌汁だった。そう言えば、毎日食べても飽きない味だと言っていたな。
「お口にあったのなら良かったです」
にっこり笑う桜に、リュートはこれも美味い、あれも、と次々に口に食べ物を運んでいくが、その所作は美しい。そんなところに育ちの良さを感じてしまう。
お代わりをしたのに、リュートはあっという間に食べ終わってしまった。




