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桜の花嫁修業?part4

 桜はリュートに自分の部屋に移って欲しいと懇願された。初めは断ろうと思っていたのだが、カムイに迄『防犯上で好都合』と進められては断るに断れなかった。

 桜自身、大家族でたくさんの兄弟に囲まれて育ったから、正直一人よりも嬉しかったりするのだが、まだ恥ずかしさが先に立ってしまう。


 リュートの執務室と王太子としてのリュートの部屋は実務を優先する上でそんなに離れていないから、消して長くはない赤い絨毯が敷き詰められた豪華な廊下をカムイと二人で歩いた。


「桜さんの荷物は全てリュート様の部屋に移してあります」


 話を聞いたとき、この後少しずつ引っ越しをしなきゃな、と考えていたのだ。荷物も増えてきていた。

(全部リュートが嬉々として買い集めた物だけれど…

 でも全部が宝物だから、全てリュートの部屋に持っていきたい、大事に準備しなくちゃ)

 そう思っていたのに……。


「はい?……え、何時の間に!?」


「先程、リュート様が子供の様に桜さんに甘えられていた間にリュート様の指示で運ばせて頂きました。片時も離れていたくはないそうですよ……まあ、防犯面でもメリットしか無いので許可しましたが…」


「………」


 あの短時間で全て終了していた手腕も驚きだが、それよりも複雑な感情が渦巻いてくる。


(一言相談して欲しい。そりゃ、嫌がったり何てしませんよ?しませんけど……意思!!、私の意思!!)


「すみません、桜さんに話してからにしろとは言ったのですが、どうも不安が大きいようで、どうしても部屋に帰っても桜さんが居ないのは嫌なんだと聞かなかったんですよ」


「嫌じゃないですよ……一人だと寂しいのは私も同じですし、ただ……(言って欲しかった)」


 言葉の意味を正確に汲み取ったカムイが桜を慰めるように目を細目ながら、何時もより優しい声音を出す。


「後で叱りつけておきますので、許してやって頂けませんか?……家族運の恐ろしく低い男なので…」


 カムイの言い方は主に対して……ではなく長年一緒にいた親友としての言葉だったから、桜は『はい』と頷くしか無かった。

 打算ではなく、心からリュートを思っての事、愛した男の為なら、断る理由はない。

 リュートの部屋までつくと先程言われた通り桜の荷物が既に運び込まれて片付けられていた………と言うより桜の荷物しか無いんじゃないか!?って位、リュートの物が少なかった。

 いや、何度か入った事はあったけど、何時も夜とかだから余計にじっくり見たことなんてない。

 一つ一つは高価な物だけれど、物自体が少なすぎる。リュートは前に『ただ、眠るだけの部屋』だと言っていたけれど、それでも荷物部屋に仕舞ってあるだけだと思っていた。


(違う、違った……ホントに少ないんだ……これでは帰ってきた気がしない)


 まるでホテルにいるみたい。


「カムイさん……リュートはこの部屋で幸せでしたか?」


 桜は思わず訪ねてしまった。

 これでは何だか生きているのが悲しすぎる。


「何時でも出ていけるように………していたのかも知れませんね。俺にも何も言ったことは有りませんが…」


 身体が弱く、王太子として期待されていないと言っていた。存在を認められていないとも………だから、何時でも王太子の部屋(この部屋)から出ていけるようにしていたのだろうか?

 最近は子供の見たいな時もあるけれど、誰よりも優しい人なのに…。


「そうですか……」


 桜は視線をカムイから反らし斜め下を向いた。

 腕を組んでぎゅっと強く握り締める。

 そうしなければ、リュートを思って涙が出てきそうだったから。


「ですので、この部屋は桜さんが好きなように変えて下さい。その方がリュートも喜ぶ」


 それだけ言うとカムイは部屋から出ていった。


 片付けも桜が使用しやすいように既に終わっていたから、カムイが出ていった後入ってきた、桜専属の侍女であるマリアに頼みリュートの夜食を作るべく調理場に案内して貰おうとしていた。

 ………のだが、部屋に隣接していて、どうも元々あったお茶や軽食を温める為の小部屋を改造して桜専用に簡易キッチンを作ってあったのだ。


「リュート様の指示で取急ぎ誂えました。…こちらは簡易ですので、今後桜様のご意向を聞き製作する事になっております」


 桜は考え事をするとき料理をする癖がある。

 大家族の生活の知恵で、お手伝いは必ずしなければいけなかったから暇などなく、学校の勉強と両立するために動きながら考える癖がついてしまっていた。

 一度、リュートが桜の世界に子供として来ていた時に、何気なく言った言葉を覚えていてくれていた様だ。とても些細な言葉だったのに。


 桜は暖かい気持ちになりながらリュートの為に卵焼きやご飯、味噌汁等家庭料理を作る事にした。


 何とリュートは調味料迄桜の世界の物に似せて造り上げていたのだ。確かに興味深そうに桜が料理するのを見ていて、よくお手伝いもしてくれたし質問もしていた。…インターネットの使い方も知りたがっていたから教えたりもしたのだが、まさかこの短期間で造り上げるとは本当に憎らしい位に有能な男である。


 桜自身は何でも食べて生きていける雑食味の強い逞しい女性なのだが、リュートは出来る限り桜の心の負担を減らそうとしてくれたのだろう。


「……忙しいくせに……」


 桜が言った独り言にマリアが優しく答えた。


「とても嬉しそうにしておいででしたよ」


 リュートが嬉しそうにこの部屋や、食材を準備する姿が自然と目に浮かんだ。

 リュートも桜の小さな部屋で暮らした日々を楽しい思い出として記憶してくれていたに違いない。

 だってこのキッチンは、桜のアパートのキッチンの間取りに良く似ていたから。

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