桜の花嫁修業?
どうしても身長差が有るから、隣に腰掛け真っ直ぐ見上げる桜。 リュートはその端正な顔を綻ばせ、子供の様な純粋の笑顔で桜を見詰めてくる。
父親である国王は健在だが、母親は幼少に既に亡くなっている彼は家族を知らない。
知らないからこそ焦がれ、実は誰よりも求めてきた。
今、桜と言う番を得て無敵の強さを手に入れたが、知っている者は知っている。
リュートの危うさを、だ。
彼にとって"桜"は最高の伴侶であり、力を与えてくれる女神であり、その実リュートのアキレス腱だった。
リュートが堅王となるか狂王となるかは桜が側にいるかいないかで変わってくる。
きっと彼は桜を失えば壊れるだろう事を…内外の政敵は調べあげていたし、リュート自身が誰よりも解っていた。
だから、桜と一つになった朝既にカムイに伝えて対策を練っていた。
彼女の護衛を増やし、今まで守りに徹していた政敵との戦いを、攻めに転じるよう指示を出していたのだ。
彼女を自分から奪う恐れの有るものを炙り出し潰す。
元々、その準備は着々とカムイや腹心の部下と共に準備をしていたのだ。
それをいつ実施するかは好機を伺っていたに過ぎない。
だから……懐刀のカムイは反対しなかった。
「………リュート、桜様にはちゃんと伝えておけよ?」
その言葉は何を意味しているか?……それが解らないほどリュートは鈍くない。
カムイの指摘は尤もな事だ。それでも、桜に全てを伝える事にリュートは反対だった。
「………桜を無駄に怖がらせるつもりはない」
それでなくとも第一側妃の件があったばかりだ。
これ以上は不安にさせたく無い。万が一リュートの側に居たくない等と言われたら…そう思うと柄にもなく恐れてしまった。けれどもそれは正しくない。
指摘の正しさを理解していたからこそ、リュートはカムイから視線を反らした。
だが、それで許してくれるほどカムイは甘くないし、本当にリュート達を思っているからこそ、退かない姿勢がそこにはあった。
「そうじゃない、桜様はお前と共に歩む事を選んでくれたパートナーだ。…何も伝えないのは違うだろ…」
自分もユリアと言う妻がいる身だ。リュートの気持ちも痛い程解っていたが、リュートが今後も桜と共に歩むには真綿で包み込む様に守っていたのでは終わってしまう。この国でも自分の足で立てる様にする事こそ大事だった。
「………解ってる。…少し待ってくれ…」
「解っていると思うが…そんなには待てないぞ」
カムイは何だかんだとリュートには甘い。
それがリュートも解っているからこそ…これ以上待たせる訳にはいかない。
◇◇◇
「リュート?…どうしたの?」
桜に呼ばれて自身が今休憩室で桜と共に居たことを思い出した。
どうやら、いつの間にか思考の中に入ってしまっていたようだ。
せっかく桜と一緒にいる時間を作ったと言うのに勿体ない事をしてしまった。
「ごめん桜……今ちょっと難しい案件を抱えていてね」
嘘はついてない。
桜に嘘はつかない。でもホントの事を伝える事も憚られた。
「そっか……ねえ、リュート」
「どうしたの?」
「もう小さくはならないの?」
何を言われるのかと構えていたら、随分斜めな方向から来たものだ。
「………桜は小さいリュートが好きだったからね」
「うん、リュート君は可愛かったからもう一度逢いたくて」
「リュートは俺だよ?」
「そうなんだけど……私、子供好きなんだ」
それは良く解ってる。得体の知れない俺を匿ってくれた位だ。桜は母性本能が強い女性だ。だからこそ惹かれた部分もあるのだが……。
「桜が男の子を産んだら逢えるよ…」
何気なく…本当考えもなく言った言葉だったけど、言葉に出して、初めてその意味に気付いてしまった。
桜はどう思ったろうか?
「うん…そうなんだけどさ……また、リュート君に逢いたいなあ。可愛いかったの……真っ直ぐで一生懸命なあの子が……私にはとても可愛かった。守ってあげたくなった」
桜は物を欲しがらない女性だ。今まで会ったことの無い分類の女性。その桜が初めて俺に欲しがった物が、魔法で小さくなっていた、成らざる終えなかった俺自身とは。随分難解な物を……大した価値の無いものを欲しがる物だ。
でも……価値がないと言われ続けた子供だった俺を、救い上げてくれた様な気がした。
桜はそんなつもりじゃ無かったとしても、俺はあの辛かった日々が救われた様な気がしたんだ。
どうして俺は桜を信じる事が出来ないかったんだろうか?……こんなにもしなやかで強い女性なのに。
囲って守る何て望む女性じゃ無いのくらい、解っていたのに。
ああ…何時だって俺を強くしてくれるのは、さくら何だ。
「ねえ……桜。聞いて欲しい事があるんだ」
「うん?……それは、リュートがずっと悩んでいたこと?」
俺は答える代わりに、真っ直ぐに彼女の瞳を見て頷いた。
「そっか……話してくれる気になったんだ」
「………ごめん」
「どうして謝るの?……だってきっと私の為でしょう?」
答えられなくなってしまった。
違うとは言いたくない。でもそうだと認めてしまうのも違う気がした。
「大丈夫だよ……有り難う…リュート」




