桜の力
素人の桜の目からしても、ユリアは強かった。
麻薬の売人(だと思う)と対峙してもユリアに軍配が上がっていたのは確かだったのに……。
考えて見たら、とてつもない重要危険物を運搬するのに、あんな三下ばかりの筈が無かったのだ。
船から騒ぎを嗅ぎ付け出てきた大男達は見るからに強そうだった。
ユリアは静かに倒していたのだが、積み込み作業が滞っていたのに気が付いたのだろう。
中から出てきてしまった。と言うか、初めから護衛でも何でもしておく物じゃないの!?
何だって船の中で寛いでいるのよ!?
……もしかして初めから、この船着き場が人気が無くなる事を知っていた。
端から積み込みに護衛が必要ないと解っていたのだとしたら………桜はこの場にはいないリュートの事を思うと胸が締め付けられた。
その間にも、ユリアは果敢に敵を倒していくが、後から出てきた連中は、今まで積み込みをしていた男達とは違い、戦いなれしていた。
少しずつでは有るが押されはじめているのが桜にも解った。
何かがおかしい。…騎士団すら引けを取らないユリアだ。いくら強いと言ったって、推し負けるとは思えない。…それに、素人の桜が見てもあの男達に何度もユリアは致命傷を与えているのに、蚊に刺された程度にしか効いている様子がないのだ。
「何よ……あれ。ゾンビ見たい……」
自分でいって、自分で驚いた。思う以上に的確な表現だと思ったのだ。だって、現にユリアは押され始めている。剣技はユリアの方がどう見たって上なのに。
少しずつユリアの顔には疲労が見えてきている。どんなに強くてもユリアは女性。
体力の差は明らかだった。
そんな時だった。…何時もなら引けを取らないだろう、でも今のユリアは飽きたかに疲れの色が出ていた。背後の敵に気付くのが遅れたのだ。一部始終を見ていた桜には気付けたが声を出すことを禁止されていたため、伝えるのが遅くなってしまった。
咄嗟に走り出し、ユリアと男の間に入った。
火事場の馬鹿力だったのだろうか?…普通なら間に合う筈なんて無いのに、桜は斬りかかる男とユリアの間に入り込むとユリアを抱き締めて目を瞑った。
誰が見ても今の桜はノープランだ。
これから先を考えてなんていない。この事に驚いたのはユリアだった。一番安全を守らなければ行けない庇護対象の桜を守ろうにも間に合わない。
しかもあろうことか、自分を守ろうとしてピンチなのだから、夫にも主にも、そして家にも申し訳が立たない。
万事休す……何とか桜だけでも、そんな事がユリアの頭を過ったがどうする事も出来ない。
もう駄目かと思った矢先に、空から勢い良くあの魔剣が飛んでくると、男が振りかざす剣を弾き飛ばし、桜達の間に割って入ったのだ。
「お母様!!」
状況を直ぐに理解したのは、魔剣が生まれる様を間近で見守っていた桜だけだった。
そのまま魔剣は、その名の通り魔法で男達を眠らせてしまった様に見えた。
「流石です、お母様!!」
思念で桜に、母と呼ぶのは誰もいない時にしなさい、と注意しつつその声には優しさがあり、怒ったような感じは一切ない。…自分の可愛い一人息子のお嫁さんだ。当然と言えば当然か。
「桜………この魔剣は?…それに今、お母様と呼んでいなかった?」
「……えっ?…えっと、これはリュートの剣で、リュートのお母様の形見何だって!…もしかしてリュートが私達を守る為にこの剣をこの場所に送ってくれたんじゃないかな!?」
ちょっと苦しい言い訳だけどこれで通すしかない。
ユリアにはホントの事を話したいけど私の一存で伝える訳にはいかないんだもの。
「そうだったのね…それにしても助かったわ」
ユリアはこの事に対してこれ以上突っ込んでは聞いてこなかった。…良かった、ユリアには嘘をつきたくないし、でも約束は守らなきゃいけないもの。
「……ねえユリア。この人達普通じゃなかったよね?…まるでゾンビ見たいな……」
「ゾンビ?…」
ユリアにはゾンビが解らないってことは、この世界にはいないのだろうか?…いや、私の世界にだっていないのだけれど。
空想上の話だろうし、私だってテレビで見ただけなんだから。…でもその例えが一番しっくり来る気がする。
そう思った私はユリアに概要を説明した。
「……成る程。確かに似てるわね、死んでる体って訳じゃないけど、この者達は普通じゃなかった」
未だお母様の魔法で眠っているけど、また起きたら厄介だ。
「ユリア、この人達、縛り上げておこうよ。ちょうどそこに縄もあるし」
積み込みをしていたからなのか、船で使うからなのか丁度良く目の前に縄があった。
「そうね」
ユリアは手際よく男達を縄で縛り上げると、漫画見たいに米俵上に積み上げていった。
……ここは敢えて何も言わないでおこう。
ユリアの………趣味かも知れないしね。




