魔剣の威力
リュートの漆黒の愛馬はとても速かった。
時速にしたら何れくらいだろうか?等と考える余裕が出てきた時にはお城が見えてきていた。
「桜……今は交戦中だ。………ここから先は危険度が増してしまう」
桜は素直に頷いた。
遊びじゃない、命のやり取りを行っている場所に踏み込むのだ、緊張感は嫌でも増していく。
「影……」
リュートが呼ぶと、あの場所に置いてきた筈の影がいつの間にか側に控えていた。
もう、何も驚くまい。それがこの世界なのだと桜は一人納得した。
「リュート様……お側に控えております」
「部隊は?」
「既にあの場所から出立し、此方に向かっております。騎馬隊です。到着するのにそう時間は掛からないでしょう」
「解った……俺はこのまま背後から奇襲を掛ける。………影は桜をジン将軍のいる本隊迄届けてくれ……」
「承知!…さあ、桜様は此方に……」
影は桜に手を伸ばしてきた。
きっとこのまま馬から下ろしてくれようとしているのだろうが、当の桜はリュートが心配でならない。
「リュート…………」
「桜、直ぐに桜の元に帰るから安全な場所で待っていて欲しい」
「……………わかった」
これ以上はリュートを困らせるのが解っていたから、納得できなくても桜は無理矢理頷いた。
リュートは、桜に優しく口づけた。
その行為は、自身を幼子から許の大人に戻してしまうのだが、無論それも計算のうちだ。
「出来れば無事に帰れる様に御守りの口付けが欲しいな?」
自身の子供姿が可愛らしいのを熟知しているリュートがあざとくそれを利用する。
母性本能を擽る作戦だ。
どうしても桜からの口付けが欲しかったのだ。
自分からじゃなく。
リュートの思惑を正しく理解し白けているの影だが、主がこの上なく幸せそうなので黙っている。
他の者ならいざ知らず、リュートの実力を持ってすればそこまでの難易度が高くない任務なのだ。
なまじ今は魔剣迄リュートの手に有るのだから尚更だろう。
そんな事とは露知らず桜は真剣に祈りを込めてリュートにキスをした。
桜がしたキスはあっさりした物だったのに、すかさずリュートは桜の頭に手を回して深く口付ける。(リュートの容姿は天使のような子供姿のままだ)割って入ってくる舌に驚きながらもぎこちなく受け入れてくれる桜にリュートはつい嬉しくなり、離れる際桜の唇を舐めて最後まで堪能したのだった。
桜はと言うと妙な背徳感に苛まれたが、この子はリュートであって子供じゃないと自分に何とか言い聞かせたのだった。
桜の口付けで、再度大人の姿に戻ったリュート。
違いが有るとすれば桜によりチャージされた気力、体力、魔力と言ったところか。
「じゃあ桜、行ってくるね」
「うん、リュートも気を付けてね……無事に帰って来て………」
最後は俯いてしまった。
「桜……必ず無事に戻るから、心配しないで………影、桜を頼む」
「承知しました。………命に代えても御守り致します」
等と場の雰囲気を盛り上げて見るが、影は知っていた。
そんなに難しい戦では無いことを。
元々、敵の本陣を叩いた時点で勝敗は決まっていたに等しい。
ジンとリュートの作戦は、敵を挟み撃ちにして河口に逃げざる負えない様に促す事にあった。
そしてそこには、ジンの息子の部隊が待ち構えている。ジンの息子…ユリアの父親の兄弟もまた軍人だった。ユリアの父親は王宮にてジンの後を継いで将軍職についている。
本当の戦力はそこに注がれていた。
リュートは愛馬に跨がると勢いよく敵陣に斬り込んでいく。
力が体の底から沸き上がり漲っている今のリュートは、何が来ても負ける気がしなかった。
魔法の剣に力を籠めて思いっきり上から下へと空を切りつけた。
魔法の剣からは光の残像が雷の形になって敵へと放たれる。
途端、ドゴオオオオオオオンと言う大きな音を立てて地面ごと雷状の光は敵を薙ぎ倒して行った。
後ろからの奇襲に加え、敵の大将であるリュート自ら魔法を使い鬼神の如く攻めいられて、敵陣営は脆くも崩れ始めていた。
「王太子は魔法が使えないんじゃ無かったのか!?」
敵の兵士から聞こえる声はリュートにも届いている。
ああ、そうだよ。
俺は王族に生まれながら、魔法すら使えない欠陥品だ。
だが、桜が俺の側に居てくれるならどんな困難だって乗り越えて行けるんだ!!
リュートが剣を横に払うと、今度は光の刃となり周囲を切り裂いていった。
こうなればリュートのもう独擅場だった。
◇◇◇
影によりジン将軍の元に連れて来てもらった桜は思いがけずユリアにも再開できた。
「ユリア!!」
「桜!!無事だったのね!!」
抱き合う二人を生暖かく見守っていたジンが桜に話し掛けてきた。
「桜様……戻られた事をリュート様はご存知なのでしょうか?」
「はい、リュートにジン将軍の元にいるように言われました」
「とすると…やはりあの魔法はリュート様の物か………だがどうやって?」
ジンは桜に何処にいたのか?とも聞くことはなかった。
それが彼らしいと言えばそうなのだが、今は気になるのは戦況なのだろう。
「リュートは魔剣を持っています」
「魔剣………それは桜様が?」
「はい、リュートのお母様から預かりました」
「!!!……そうですか……」
既に亡くなっている相手から受け取った等と言う信じがたい事を否定するでもなく、ジンは受け入れていた。
その事に、若干の違和感を感じながらも、それが彼の器の大きさなのだろうとこの時の桜は納得したのだった。




