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アストリア

「ジン……出るぞ」


 短い言葉が、長年積み重ねた老将軍への信頼の証だった。


「この老いぼれに先陣を切らせて頂いても?」


 この年になって尚、先陣を切るのは自分の仕事だと考えているジン。

 その背中を頼もしいと思う部下は多い。

 リュートもその1人だった。自分を疎んじる事なく接してくれた祖父とも言える人。心から信じられる数少ないうちの1人。

 全てではないが、ジンは桜の事、運命の番を知っている。


「実力は誰より理解しているが、今回は俺の背中を守ってほしい」


「ほっほっほっ、ではリュート様が前線に出られると?」


「本来なら、出るべきでは無いのだろうが………」


「考えがお有りな様ですな」


 ニヤリと、たてた武功が数知れずと自他共に認める老将軍は面白そうに笑った。

 幼少より育て上げた愛弟子の成長に目を細める。

 正直言えば、今回の戦争は然して難しい物ではない。


 ただ、背後に第第一側妃が絡んでいるため下手を打つことが出来ない部分が難点なだけだ。

 第二王子の母にしてアストリア以外の国から嫁いできた姫。

 通常ならリュート1人で難なく諌める事が出来る戦にジンを共に出陣させる理由がそこだ。


 この時に桜がいない。それはいつリュートの体力がつきるか、また尽きた後の補給ができない場合、造作もない戦で命を落とす可能性が有るという事でもあった。

 本来なら、第一側妃が王のみに伝えられている運命の番の事を知っている筈はない。

 無いが、あくまでも筈だ。

 よもや、父が寝屋で失言をしたとは思いたくない。

 一般論で、彼女は今でも女性として魅力的な女性(ひと)だからだ。

 外国人ならではの、この国の人間にはない独特の魅力は見るものを魅了する。褐色の肌に漆黒の髪。緑色の目に艶かしい曲線を描く身体は、この国の重鎮にも彼女の信者は多い。

(尤も、リュートは女を全面に出した彼女が好きではないが……)


 実際、リュートが諌めるべき事だが第二王子が出陣しても問題はなかった。

 問題は無かった事にあえてリュートを出陣させた方が良いと進言したのは第二側妃一派だと影からの報告で知った。

 貴族院からの進言は王室としても無下には出来ない。………いや、やろうとすれば出来ない事は無いのだが、この()()にする一手としては不得手と言わざる終えない。


 だからこそカムイは側近として、それでもリュートの出陣が必要と考えてリュートに進言した。

 そこに至るまで回避する事、対処出来なかったのは自分の落ち度だと言いながら。

 何時もなら、有事に対処が遅れるこんな時に王都を離れたりしない。

 ……だが、だからこそ、敵の油断も誘えるのも事実だった。

 桜さえ側にいて安全な場所にいてくれたら……迷う事など無かったのに。

 桜を追いかけた自分は………果たして正しい行為をしたと言えたのだろうか。


 あの地は国境にあり守りの要。

 その上、地下資源迄豊富な領と来れば欲しいと思う国は多い。

 晒されている危険は他の辺境土よりも多い。

(この土地、ユリアの実家も他国との国境に有るが、比較的王都に近く、また鉄壁を誇るジン率いるバーン家が守護しているため、民の不満が少ない)


 その領に領主に民に、王太子が出陣してでも護るべき大切な国民だと知らしめる必要を解いたのだ。

 云わばパフォーマンスだが、特に民には必要な対策だった。


「………何もなければ良いのだが………」


 呟く様に言った、リュートの言葉は風に乗って消えていった。


 ◇◇◇


 リュートが戻った後、残されたカムイは神殿に異変が無いかくまなく探した。

 血は濃くはないが、王家の血を引いているカムイは魔法力は少ないが"感じる"事に長けていた。

 サーチ力に優れたカムイが探した方が、力の無いリュートが探すよりも効率的だったのだ。

 明確に言えばリュートに魔力が無いわけではないが、使えぬ力は無いも同じ。

 リュートが無能《魔力無し》と呼ばれる由縁。

 その点もリュートがカムイに捜索を任せた大きな理由だ。


「魔法が使われれば、多少のなりともその形跡が残る物ですが…………変ですね」


 祭壇を調べながらカムイが呟く。

 魔力の形跡は無いが魔力以外の力の流は感じる。

 でも、魔力では無いから特定迄は至らない。


「協力的ではなくとも、神官達にも話を聞いた方が良いみたいですね……」


 カムイは神殿を出ると神官長の執務室に向かった。

 この神殿の神官長は、リュートやユリア、カムイが子供の頃からの知り合いで、ジンとは旧知の仲だったから、他の神官は未だしも彼なら何かしら教えてくれるだろうと踏んでの事だった。


 知った場所なので特段案内も要らないカムイは神官長の部屋の前迄着くと、ノックをして返事を待つ。


「はい………」


 聞き覚えの有る声が返ってくる。


「神官長、カムイです」


「おお、入りなさい」


 入室の許可がおりドアを開けると机で事務仕事をしている神官長の姿が目にはいる。

 記憶していた頃より、随分老けている。

 心なしか、一回り小さくなった様な気もする。


「立派になったな……ユリア嬢との結婚以来か?…………して、リュート様は息災かな?」


 人を安心させる、人懐こい笑顔は今も昔も変わらない。


「リュート様は、先程までこの神殿に来られていましたが、もしやご存知では無いのですか?」


「…………ジンの身内に…嘘はつけんな……」


「………いや、神官長何だから嘘は駄目でしょ」


「はは、嘘をつくことを悪いとは思わん者が増えていてな」



 神官長は………重い口を開き始めた。






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