リュートの立場と桜の出来る事
驚いた顔をしたリュート君。
でも先に仕掛けてきたのはそっちだし、何かを言われる筋合いなんてない。
だがそんな桜の心情とは裏腹に、リュートは驚いただけで本当は狂喜していた。
心から、心と体が求めている相手からの不意打ちとはいえ、口付をされたのだ。
嬉しくない訳が無かった。
それに恋愛経験値が初心者並みの桜は気付いていないが、初心者が恋愛感情を含んでいない相手に、いくら苛ついたからと言ってキスなどしないからだ。
桜は気付かないうちに、自分では嫌っているつもりでも、寧ろリュートをキスしても良い相手だと心の奥で認識している様な行動をしたのだ。
桜に口付けされて、リュートが大人の姿に戻ったのを確かめた桜は、今度こそ思いっきりリュートの頬ひっぱたいた。
女性の手は小さいがしなる分鞭の様な痛みがある。
だが、軍人でもあるリュートだ。
常日頃から老将軍に鍛えられているから、桜の平手打ち何て可愛い物だった。
何なら避ける事も余裕でできたが、リュートは平手打ちを甘んじて受けた。
唇を奪った代償が平手打ちなら、毎回受けたって良いと思う位だから。
「ちょっと、何で避けないのよ?」
まさかリュートが大人しく殴られると思っていなかった桜は、手の感触に驚いた。
子供の頃は兄弟喧嘩もしたが、元々良い子達だったのもあって大きくなってから誰かを殴る事なんて無かったからだ。
「あれ?…避けてよかったの?」
「いや、避けられたらそれはそれで腹がたつけど」
桜は複雑な顔をして、視線を反らした。
ああ、可愛いなあ。俺の回りの女共とは大違いだ。
真っ直ぐで、正直で優しい。人を傷つけ様なんて欠片も考えていない人。
「好きな娘の口付けとの対価なら、喜んで平手打ち位受け止めるよ」
「何よ!!変態!」
桜は好きな娘と言う言葉に真っ赤な顔をした。
だから、そんな事を言っても可愛いとしか思われないとは、理解していない。
そんなところも愛しい人。
「変態でも何でも良いよ。……桜が側にいてくれるならね」
「お楽しみのところ失礼致しますが………」
そう言って声を掛けてきたのは、カムイとユリアだった。
◇◇◇
話は桜が会場を出ていって、リュートがそれを追いかけて行った時まで遡る。
元々がリュートの花嫁となる運命の乙女を周知させることが目的のパーティーだ。
桜とリュートがダンスし終わった段階で8割方目的は果たしていた。しかも恋人宜しくじゃれあい(傍目にはそう見えた)二人で消えていったのだ。周囲は生暖かく見守ると言う物だ。
まあ、常日頃のリュートの働きっぷりを見ているからこそなのだが。それでもカムイはリュートの父親である王に、ユリアは自分の義理の父親である宰相に説明とこの後の有力者への根回しをお願いして、リュート達を追いかけた。
此方よりもリュート達の方が問題が大きいと判断しての事だった。
「リュート様は大丈夫でしょうか?」
カムイは妻であるユリアに訪ねる。
「私に聞かれても……貴方の方が付き合いが長いでしょうに……」
あらあら全く、貴方ときたら、等とユリアは長年連れ添った熟年夫婦の様な会話を楽しんでいた。
ユリアは夫で遊ぶのが何より大好きなのだ。
「いや、同じ長さだよね?」
三人は幼馴染で、ずっと一緒に育ってきた。
誰より相手を知っているから、二人はもう一人の幼馴染が心配だったのだ。
誰より恵まれた王太子として産まれながら、力の無いハズレの子として扱われてたリュート。
王は人格者だったからリュートを大事にしていたが、リュートの母は、元々体が弱かったのもあり……リュートを生んだ後の、産後の日達が悪く……体を壊し、まだ幼かったリュートを残して亡くなってしまった。
体は弱いが心は強い人だったのに……。リュートにとっては心の支えだったのに。
リュートは人知れず努力した。
力など無くとも国を治められると認めさせる為に……。
ユリアの実父である、この国の将軍とカムイの父である宰相に教えを乞い、遂には回りを彼こそ跡継ぎだと認めさせる程に。
それこそが彼が生き延びる道だったから。
彼は子供の頃から何も望まなかった。
母がくれた命を継続させるためだけを望んで生きてきたから。
そんな彼が唯一執着を見せる存在、運命の番……桜。
運命だから執着するのか、これ程迄焦がれるから運命なのかは解らないが、彼が望むなら叶えてあげたいと思っている。
だが、彼は恋愛百戦錬磨の様な美丈夫の癖に、その実女性を扱い慣れていない。……政ならそつなく、隙なくこなすのに、色恋になれば、とんだど素人のチキン野郎だった。
まあ、彼の名誉の為にも言っておくが桜相手じゃなければ、ちゃんとエスコートも出来るし気のきく男なのだ。
カムイ達がリュートの私室迄着き、ノックをしても返事がない。
嫌な予感がして、他の者が同じ行為をすれば首を斬られる位の所業だが、勝手に入室する事にしたのだ。
そして話は、中盤に戻る。