桜が聖女⁉
桜とリュート(リュートは出来れば桜に行って欲しくはないが桜の意志を尊重すると決めているので危険で無ければ否定はしない)はいきなり訪ねて来た未だ二十代前半と思われる男についていくことにした。
怪しくもあるが、急病人がいるとあってはほっとく事も出来ない。
といっても医者じゃない以上、桜にはどうする事も出来ないのだが。果たして本当に桜が調理した料理に回復力増加があるのかも、自覚がない以上効果の程は不明だった。
リュート君にした行為は桜の中で消して許せる物ではないが、かと言ってそのまま無視するのも気が引けたのだ。
取り合えず、彼の家に行く為仕事をお休みしなければならず、ラン様に断りに行きたかったけれどどうも急ぎのようで難しく、近くにいた人に、簡単な手紙(といっても、小さな用紙に走り書きをしたものだが)と言付けを頼んだ。
道が良いとはお世辞にも言えず、幸い病院からさほど遠くもなかったのは幸いだった。
川沿いの獣道を急ぐ若い男にリュート君が怒鳴る。
「少し歩く速度を落とせ‼…男と桜じゃ歩幅と体力が違うんだぞ!」
小さい美少年(元の姿は立派な青年だが……)が大の男相手に一歩も引けを取らずにいる姿……それも私のためだというから嬉しくなってしまう。
全くもって可愛過ぎる騎士様だ。
「⁉…桜様申し訳御座いません‼」
男は後ろを振り向き、肩で息をしている桜に気付くといきなり立ち止まって頭を下げた。
「良いですよ…それ程心配なのでしょう。ただ、お恥ずかしながら、体力的についていくことが出来なくなりそうなので、少しだけスピードを緩めてくれたら嬉しいです」
そうなのだ。
頑張ってついて行っているけれど振り切られそうになっていた。
「申し訳御座いません」
男はもう一度頭を下げると、今度は速度を緩め桜の歩幅に合わせて歩き出した。
リュート君が手を差し出してきて私達は手を繋ぎながら歩き出した。
桜を優しく引っ張り負担がないようにリードする姿は紳士そのものだった。
『そうなのよね……基本リュートは私の前では常に優しくて、気遣ってくれた。まあ、たまには意地悪な時もあったけれど、それは夜だけの事だ。愛されていることが分かっていたのに、何で私はあの時お城を飛び出してしまったのかしら?』
今更ながらに疑問になってしまう。
自分の感情なのに自分だけの感情ではない様な、そんな不思議な感覚。
そんな事を考えているうちに男の家の前までたどり着いてしまった。
「桜様、ここです」
男は玄関のドアから家の中に入ると、病人がいるらしい寝室迄、桜とリュートを案内した。
そこには未だ若い女性が苦しそうにベッドに横になっていた。
膨らみ具合から妊娠していることは明らかだ。この男性は嘘をついていた理由じゃなかったのは、良かった。
まあ桜は医者じゃないから、妊娠何ヶ月かはわからないけれど、見た感じ臨月が近いんじゃないかしらと思う。
「お邪魔します…」
声を掛けると目の前の女性は苦しみながらもこちらに視線を移した。
「あなた……そちらの方々はどちら様?…」
「この方は今……野戦病院で話題になっている聖女桜様だ」
止めて、訳が分からないハードルを走り高跳びの高さまで跳ね上げないで欲しい。
「聖女……かどうかはわかりませんが、桜です」
「俺は桜の夫のリュート」
リュート君はドヤ顔でさりげなく自己主張してくる。小さな子どもが頑張って背伸びしているかのようで可愛い‼って思ってしまうけれど……。
正しいのだが、今の姿でそれを言われてしまうと子どもに、手を出すを悪い大人みたいで何か複雑だわ。
目の前のご夫婦はどう言って良いのか分からないという表情をしている。
『そうよね、そうなるわよね』
「すみません、夫が無理を言ったのでしょう?」
直ぐに復活したのが奥様の方だ、流石女性は強いわ。
「いえ、お気になさらずに。といっても私はお医者様ではないので、余りできることが無いのが心苦しいのですが……」
「来て頂いただけでとても嬉しいです。こんな体調で無ければおもてなしするところですが、申し訳御座いません」
「キッチンをお借りしても宜しいですか?…旦那様からお聞きしたのですが、余り食べられていないと…」
「もう悪阻は終わっているはずなのですけれど……どうしても食べることが出来なくて…」
ここまで歩いてくる途中、奥様の状態を聞いた。妊娠していること、食事が喉を通らない事、お医者様でも原因が分からないことを……。
何でも良いから何か食べさせたいという思いが強い様で、それなら少しは私でも役に立てると思ったのだ。キッチンを借りるとお米と思われる食材と卵等を見つけることができたからお粥を作る事にした。
お母さんが病気の時に良く作ってくれたたまご粥だ。
とても優しい味がするから食べやすい。
リュート君はどうしてもお手伝をしたいらしく(といっても中身はいい大人なので、この表現は正しくないのだろうが……)
「桜……美味しそうだね」
「食材代をお渡ししてリュート君の分も分けてもらおうね」
「子ども扱いしないで……」
『いや、桜が甘やかしてくれるから役得か?……』等と言っているのも微笑ましい。
お粥を作って持っていくと、女性は、きっと私に気を使ってくれたのだろう、一口口をつけてくれた。
「美味しい‼」
一口食べると女性は二口、三口とスプーンが口へと運ばれる。その姿を見て男性もとても嬉しそうだ。
有難う御座いますと半泣きしながら頭を下げてきた。
……この人達の名前を聞きそびれてしまったわ。