リュート君とラン様
「リュート君⁉」
リュート君がリュートだと分かっていても、その子供の姿で現れると、初めてあった時の感覚に引き戻されてしまう。
だから気まずいとか、複雑な感情も和らいでしまうのは不幸中の幸いか。
私とラン様との間に割って入ったリュート君はまるでお姫様を守るナイトの様にカッコ良かった。
いや、子供(の姿)何だけれども。
「桜‼…こいつは女に手が早いんだから近付いちゃ駄目だ‼俺の桜が穢れる!」
あの天使のようだった私のリュート君とリュートが重なる様な言動はやめて欲しい。
それ以前に外交問題になったらどうするつもりなのか、そんな不安が頭を過り咄嗟にリュート君を注意する。
「なっ‼駄目でしょう⁉リュート君、挨拶もせずにそんな酷い事言っちゃ駄目!」
まあ、娼館に来るぐらいだからリュート君の言っていることも解らなくは無いが駄目なものは駄目だ。
小さな(見た目は)子どもに噛みつかれたラン様はというと腕を組んで今までで一番の笑顔(笑顔が怖い)を見せながら私を見つてきた。
「さてサクラ?……この子は俺の知っている奴にとても良く似ているのだが?もっともサイズは大分違うようだが?」
ラン様は笑顔のままそんな事を言ってくるくせに目の奥は笑っていないのだがら怖くて仕方がない。
「予想がついているくせに惚けるな」
リュート君は私をその小さい背に隠すと(隠しきれていないのだが)そんな事を言ってくる。
精一杯身体を大きく見せて威嚇しようとする仕草がまた可愛い。
「おやおや………姿だけじゃない。随分性格も変わったじゃないか……それで特定できる方が不思議だと思うが?」
(俺の知っているリュートという男は目的のためなら手段を選ばず、眉一つ動かさずに実行する冷徹さも持ち合わせていた。少なくともこんなふうに感情を剥き出しにするような奴じゃなかった)
「それでもお前は気付いている筈だ」
子供の天使の様な容姿には削ぐさない鋭い眼光をリュートはランに向けた。
元々、ランという男には油断ならない底の知れない不気味さを感じていたのだ。
その男が寄りにもよって命より大事な桜に興味を持つとは、顔には出さないがリュートはかなり焦っていたのだ。だからといって桜に関しては一歩も引くつもりはない。
「可能性から答えを導き出しているだけだ………それで?何で俺の国に、他所の国の王太子がいるんだ?」
「俺は俺の妻を迎えに来ただけだ」
「王太子妃の名はサクラという珍しい名前だったから、まさかとは思ったが、女神様がお前の妃だったとは」
まさか女神と言われているとは⁉
いったい桜はここで何をしていたのか?
「なッ⁉…確かに桜は天使で女神だが、お前に言われると違う含みを感じるんだよ!」
「言葉通りの意味だサクラはこの病院では既に女神として崇められている…」
「………」
ラン様を睨みつけながらリュートは一言も発しない。
きっと色々と考えているのだろう。
だって、私の料理効果をリュートは知らない。
私自身が半信半疑なのだから、リュートはもっとだろう。
「リュート君………私……」
私の目の前で少し俯き加減でいるリュート君を見ると居ても立ってもいられず、つい怒っていたことも忘れて慰めたくなってしまう。
「この国で辛い思いはしなかった?……」
だが、続きの言葉を言おうとした私の言葉を遮るようにリュート君が問いかけてきた。
「してないよ…」
「なら良いんだ。………元々桜は俺の運命の番何だから、特別な女性なのは分かりきっていた。周りに気付いて欲しくないと思ったのは俺の我儘だ」
「リュート君……」
複雑な雰囲気を出していたのが分かったのかラン様は、今日はもう遅いから話は明日にしようと切り上げてくれた。
相変わらず空気の読める男の人だ。
ラン様の計らいでリュート君は一緒の部屋に留めても良いと言ってもらえたのは助かった。
自分から離れたくせに、リュート君の顔を見てしまうと別々の部屋には居たくなかったから。
それから与えられた部屋に移り部屋の前でドアを開けてもリュート君は中々、中に入ろうとはしなかった。
「どうしたの?……入りたくない?」
「………桜は嫌じゃない?………俺が一緒にいてもいいの?………桜が嫌なら俺は外でも一晩や二晩位野宿でも構わないんだ。何なら廊下にいさせて貰えるだけでも嬉しいし………」
「私が心配だから一緒の部屋にいて欲しいの。……リュート君が外にいるなら私も外で一緒に寝るから」
「それは駄目、絶対駄目だ!」
「なら、中に入って?……」
観念したのか、リュート君は部屋に入って来てくれた。
考えてみれば、まだリュート君が浮気したとは断定できず、立場上側室を持つことも当たり前の世界だとバードから教えて貰った手前、もしかしたら自分の行動の方が不誠実だったのではないか?と桜は考え始めていた。
それも離れて初めて冷静に考える事が出来て、あの時は感情がぐちゃぐちゃで言ってはいけない事も言ってしまいそうで怖かったのだから、離れた事に意味はあったと今なら思える。
狭い部屋でベッドしか腰掛ける場所がないものだから、二人してベッドに隣同士で腰掛けた。