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別れと出逢い

私は一番大切な人たちを亡くしたことで、皮肉にも大切な人と出会った。

 家族……誰にでも有るもので、失うかも知れないとは考えない存在。

 少なくとも私は、そう考えていた。

 何時もと変わらない冬の日の朝、桜は空気の冷たさを顔で感じて何時もより早く目覚めた。

 うっかり、窓を少し開けたままで眠ってしまったらしい。

 それと言うのも、飼い猫のチーちゃん(雌の5歳)が外に遊びに出てしまいなかなか帰ってこなかったのだ。

 ずっと帰りを待っていたけれど、待ちきれず、少しだけ窓を開けて仮眠を取り、そのまま寝入ってしまった様だ。だがそれも仕方が無いだろう?

 だって私は受験生。下にまだ沢山兄弟がいるし親にはなるべく迷惑をかけたくない。出来れば国立一本にしぼりたい。だから毎晩寝る間を惜しんで勉強をしていたし、正直、これと言って特技が無い私でも、勉強だけは、人の倍努力すれば人の上にいられた。私だって、何か誇れる物が欲しかった。

 容姿は人並み、スタイルだってこれと言って良くはない。

 かといって、胸が無いわけでもなく、太っている訳でもないが、体型にかんしてはそこそこ努力していた。

 比べたらキリがないが、もしかしたら恵まれている方かも知れないが、少なくともそう感じる世界に私はいなかった。

 高校生の私には好きな人がいたから、どうしても、せめて少しでも良く見られたかった。相手は私の事なんてただの幼馴染位にしか思っていないけれど、兄弟が多かった私の家に当たり前の様に入り浸っていて家族同然に一緒にいてくれた人。

 差別せずに接してくれ人。

 彼は私とは違い多分選ばれた人何だと思う。

 贔屓目無しにしても容姿は整っていて、頭も良かった、これで性格でも悪ければ良かったのに、と考えてしまう私は醜いのだろうか?

 憎いくらい優しいから、憎むことも出来なかった。

 運動だって、けして出来ない方じゃ無かった。だから、やっぱりモテていたよね。

 何度、告白の橋渡しをしただろう?

 考えるのも嫌になるけど、それ以上に、嫌だと言えない自分が一番嫌だった。

 私は彼女たちに嫉妬する資格もない。だって私は舞台にすら立ってはいないのだから。

 だから……彼から、ここから離れたかった。

 誰より近くにいたくて、でもそれが何より辛いから、離れたかった。

 あんまり良いとは言えない寝覚めを迎えた私は、布団の中で暖かそうに眠っているチーちゃんをジト目で一睨みしながら、窓を閉めた。

 帰って来てくれた事には安堵したけど、恨めしさは少し残ってしまった。

 カーテンはさすがに開けたけれど、ずっと開けていたのだから、もう換気は十分だろう。

 パジャマのまま急すぎる階段を下におりると左手には台所。キッチン何てお世辞にも言えない位とても使い込まれた家だった。

 古き良き昭和の家だから、今時の住宅に比べて使い勝手があまり宜しくない。

 それでも私はこの家が気に入っていた。

 古い樹の温もりは例えようがない。

 玄関の鍵を開けてパジャマのまま、ご飯を炊いて朝食の準備とお弁当の準備を始める。何時もの私の日課になっていた。

 一通り作り終えて、ご飯も炊き上がる頃これまた何時もと同じ声が聴こえてくる。


「桜、おはよう。今日の弁当は何?」


 声の主は、想いの君、その人だった。

 幼馴染の柊木秋人、秋の人と書いて秋人。何て説明しやすいんだろう。

 そう、家の鍵は彼を迎え入れる為にと開けたのだ。

 最も、彼はうちの鍵をこれまたうちの母に持たされていたから、開ける必要なんて無いのかも知れないが、鍵を開けて入ってくるより、開けていた方が身内の様で良いのでは?と私が勝手に行っている日課だった。


「今日は、厚焼き玉子に唐揚げ、副菜は昨日の残りの煮物と野菜のおひたし」


「やったあ!俺、桜の唐揚げ大好物なんだよね!」


 嬉しそうにされて作る方としたら嫌な感じは勿論無いのだけれど、素直になれない。


「はいはい、お世辞は良いから早く朝御飯を食べちゃってください」


 秋人は母親ががいない、亡くなった訳じゃなくて離婚。

 秋人が小さいときに秋人を置いて出ていってしまったのだ。

 私も覚えているが、とても綺麗な人だった、こんな田舎には馴染めないだろうな、って良く思ったっけ。

 それから、良く秋人を家で預かった。本当の兄弟の様に何をやるのもいっしょくたにされる程。

 ご飯は私の家で食べている。高校生になってからは、気にを使うなと言ううちの両親の言葉を聞き入れず自分でバイトをして食費も入れていた。もっとも、秋人のお父さんに協力してもらい銀行に通帳を作り、お母さんは秋人名義で全て貯金しているけれど。うちの両親にとって秋人も自分の子供と一緒だから、気持ちは貰って秋人の努力は、秋人の将来の為にと考えていたのだ。

 でも、私も勿論その事は秋人には絶対に言わない。

 私にだって、秋人は大事な家族だから…。


「桜は母さんに似てきたな、」


「悪かったわね!所帯染みてて!」


 ジト目で秋人を睨むと秋人はテーブルに肩肘を付き、もう片方の手を顎に掛けながら優しい笑顔を向けた。

 一番好きな顔の筈なのに、何故か今は一番見たくない顔だった。


「良い奥さんになるよ、桜は」


 何て事を言ってくれるのだろう?

 人の気持ちも知らないで……。

 でも、貴方は私を選んではくれないでしょう?とはついぞ言えなかった。

 そしてそのまま私は、家を出たのだ。

 最後まで秋人には進路を告げなかった。

 そして彼も聞かなかったのを幸いと、私は引っ越すその日まで伝えなかった。

 嘘………伝えようとはしたの。たった一回だったけれど、このままが嫌だったから、伝えようと思って、放課後彼を探した。

 人目のつかない場所で、小柄で私とは正反対の可愛いこと……彼はキスをしていた。

 終わると二人はお互いに嬉しそうに照れ笑い何てするものだから、何も言えなかった。

 家を出るその日、さすがにバレて烈火のごとく怒っていたっけ。

 粗方送ってしまったから、私が持っていくものは当日迄使うもの限定となったけれど、何故か其なりに多くなっていた。

 荷造りしている私に、秋人は入口のドアに背中を預けながら、私とは目を合わさずに、空を見るように上向き


「桜の薄情もの……何で俺に何も言わなかったんだよ」


 とだけ、言った。だから私は


「家族だと思っていたから…言わなかったのうちの兄弟全員、両親以外最近教えたんだもの、まあ、秋人が最後にはなっちゃったけどね」


 と答えた。


「何も……近くの大学で良かっただろ。これから、誰が俺のご飯を作るんだ……」


 彼は部屋の中まで入り私の近くまで近寄って、床に座って作業している私に合わせる様に腰を下ろすと私を射抜く様に見つめるた。


 随分、子供の言い訳みたいな事を言う。


 そう言う彼に、私は、(秋人と彼女が一緒に仲良く通っている姿を何時も見てろって言うの?)

 とは言わなかった。だけど代わりに、


「秋人には、可愛い彼女がいるんだから、今度はその娘に作ってもらいなよ」


 と伝えた。


「!!!………何でお前が知ってるんだよ!?」


 かなり驚いた様だった。

 何故だ?だって、何度私が告白の橋渡しをしたと思っているのか、この男は?


「キスは学校でするなら、見られているかも知れないと思わないと駄目だよ?秋人くん?」


「!!!………お前、見て」

 何をそんなに驚いているのか?

 正直私には解らなかった。


「たまたまね、流石に進路の事を秋人にも言っておこうと思って探してたら、見ちゃったから、ああ話しかけたら悪いと思ってそのまま何も言わずに帰ったんだけど、悪かった?」


 目線を外しながら秋人は言った。


「………話しかけたら良かっただろ」


「………あんた、バカ?……あんたが良くても相手が嫌でしょ!少しは物事考えなさいよ!頭良いくせに!……それと、もう彼女以外の女の部屋に入っちゃ駄目だよ?……」


「女じゃ無くて、桜の部屋だろ!?」


 消え入る声で秋人は呟いた。


「………どんな相手でも、本当の兄弟じゃないなら駄目に決まっているでしょう?……私とあんたが兄弟みたいな者でも、その娘にとっては、近くにいるうざい女としかみないのよ?……私の存在なんて、その娘にとっては嫌な女以外の何者でもないのよ。私からの最後のお小言とでも思って守りなさいよ?その娘が大事ならさ!……じゃあね」


 そう言って、私は秋人と別れた。

 長年一緒にいるのが当たり前だった私の半身と別れたのだ。

 別々に、何より私が前に進むために離れる事を決意した。

 他にも言いたいこと、たくさんあったけれど私は何も言えなかった。秋人が私を家族としてしか見てない事も知っていたから、何も言うべきじゃないと思ったから。

 秋人は何か言いたそうだったけど、何も言わずに、私の部屋からも出ようとはせずに、立ち尽くしていた。


 何で私は、何時も大切な事が言えないのだろう?

 言えていたなら、運命を変える事が出来ただろうか?

 まあ、何を言ったとして、私と秋人の運命の糸は最後まで結ばれる事は無かった事は確かだったと思う。


 私は、多分何でも一人で出来る方だと思う。

 小さい時から、

「お姉ちゃんに任せておけば安心ね」と母から言われて育ってきた。 大家族の長女、それが私だった。兄弟も沢山いたので小さいこの面倒を見ることは得意としていたし、苦痛でもなかった。

 勿論、家も裕福な方じゃ無かったから欲しいものを我慢する癖が骨の髄まで染み込んでしまって、同級生の男の子からは《老けてるね》とか、《所帯染みてる》とか、そんな事ばかり言われていた。

 それでも良かった。大切なのは家族だし、今は外側を磨く時じゃなく、内面を磨くときだと自分に言い聞かせてきた。

 何時だって綺麗に見て欲しいのは1人だけだもの。

 子どもは好きだし、弟たちを見ることも嬉しかったのだ。

 だから、大学入学を期に家を離れるのは寂しかった。


 そう、私は元々秋人との事さえ無ければ家を離れる気なんて無かったし、大学に進むつもりなんて無かった。

 大変な両親を助けるべく高校を卒業したら働くつもりでいたのだ。

 でも大学に行きたいのに我慢なんてしなくても良いと、今までいっぱい我慢していたのだから……と言ってくれた両親と恋愛心中から来る逃げ心とで結局私は家から遠い県にある大学に進むことにしたのだから……自分で自分がやるせなくなってくる。


 だから……後悔ばかりが自分を浸食していく。

 両親に説得され電車に乗った自分と、私を皆で駅まで送り帰った家族。 もう2度と会えなくなるなんて考えても見なかった。

 私を送った帰り道、家族は飲酒運転の車に巻き込まれ2度会うことが出来なくなった。

 正直、正気じゃ無かったからそれからの日々をどう過ごしていたのかも覚えていない。

 お葬式に来てくれていた秋人の存在もどうでも良くなるほど、私は心が壊れていた。

 親戚の叔母さんが葬儀やら手続きやらを手伝ってくれていたのはかろうじて覚えている。

「あんなにしっかりしていた桜ちゃんだったのに…やっぱり、相当堪えたのね、無理もない話よね。だって、とても仲の良い家族だったもの」

 そんな言葉が聴こえてきた様な気がしたけれど、それさえもどうでも良かった。

 ただ、誰でも良いから、何でも良いから、この状況から解放して欲しい。

 そればかりをあの頃は願っていたのだ。

 秋人から何度か電話が掛かって来たけれど、私は一度も出なかった。

 私は大学に通う為にかりたアパートに戻り……気が付けば季節は雪解けの季節から秋になろうとしていた。

 痛みだけの日々と何も感じない日々。

 果たしてどちらが幸せなのだろう?……そんな答えのない問題ばかりを考えていた気がする。


 飲食店でのバイトが終わり、終電にはまだ早い時間帯を駅へと私は歩いていた。

 この辺は大学に近い場所だから、夜と言ってもまだ人通りは多い方だ。 アパートに帰っても、何処に帰っても、お帰りの言葉なんてないから、私は帰りたいのか、帰りたくないのかそれすらも解らずに足だけを動かしていた。

 そんな時、ふと路地裏に何か光っている物を見付けた。

 いつもなら、そのまま無視して帰ってしまうところだが、この日の私は無性に、独りのアパートには帰りたく無かったのだ。

 危ないと思いながらも人通りのない路地裏へと足を進める。

 あまり綺麗とは言い難い通路の様な道を歩いていると、直ぐに目的の光る物体にたどり着いた。 それは何か大きな光るボールの様でて、それ以外の様な見たことがない物だった。

 そんな得たいの知れないもの、何時もなら触れて見ようなんて絶対に思わないだろう。

 でもこの時の私は、正気じゃ無かったし正直この訳のわからない暖かそうな物体に魅せられていたのだ。

 私は迷わずその物体に触れてみた。

 右手を翳すと、その物体は光を強く放ち辺りを照らした。

 あまりの眩さに一瞬視界がゼロになった。

 ただ不思議と恐れはない。 だんだんと視界が戻るなかで、球体だった目の前の物体は、人形をなして地べたに座っている。

 大きさからして、5、6歳位の男の子だろうか?

 いや、顔だけ見てると女の子のようにも思える。

 決定だとなったのは、その子は何も着用してはいなかった為、そう、下を見て解ったのだ。

 私は取り敢えず声を掛けてみた。

 髪の毛はプラチナブロンドだ。 下手したら言葉が通じない可能性が強かった。


「……ねえ、僕?……こんな場所に一人でどうしたの?……パパとママは?」


「………??」



 その子は案の定言葉が通じないらしくきょとんとしている。

 さて、どうしようかと考えていたら、その子が私の服をツンツンと引っ張った。

 私はその子の目線まで腰を下ろすと、予想だにしない状況が私を襲った。

 私は、その子に唇を奪われたのだ。

 名誉の為、そして何より捕まらないため言っておくが、私からしたのではない。

 小さな両手でしっかりと私の顔をホールドすると、確かに唇に唇をくっ付けた。


「なっ!?…」


 言葉を失うとはまさにこの事だった。


「ごめんね?……言葉が通じないから、仕方なくね」


 子供らしからぬ言い方に、私はもっと言葉を失ってしまった。

 ええ、確かに言葉が通じる様にはなりましたよ?

 でも、疑問点は何一つ解決していないばかりか、わからない事が増えてしまった。

 何故にキスひとつで言葉が通じる様になるのか!

 いや、私にとってはファーストキスなのだから一大事なのだが、そこは今は置いておこう。


「貴方は、何者なの?……」


 小さな目の前の子供に聞きながら、私は羽織っていたシャツをその子に着せた。


「優しいね、お姉さんは」


 まるで天使の様な顔でその子は言った。


「君のお母さんかお父さんは?……君はどうやってここまで来て、何で何も着てないの?」


 当然の疑問だろうと思う。

 この子が答えられるかは別だけど。


「僕の住んでいたところは戦火です。だから、僕の両親は僕をここに逃がしました。信じて貰えるか解らないけれど、魔法で」


 言っている事は、電波だけれど、嘘をついてるとはどうしても思えず、私は取り敢えず自分のアパートに連れ帰る事にした。

 電車に乗せるにはひどい格好だったから、一駅分をその子をおぶって帰ることになった。

 幸い兄弟が多かったから、おんぶはお手の物。

 全然苦にはならなかった。

 寧ろ背中の重みと温かさが、一人じゃないと言ってもらえている様で有り難かった。

 何より、やっぱり、独りのアパートには帰りたくなかったから怪しいだけの子供でも置いて帰ろうとはどうしても思えなかった。

 孤独は辛い。それは大人でも子供でもだ。


 背中におぶりながら、私は質問していく。


「………貴方、名前は何て言うの?」


「リュート」


「此方に頼れる人達はいるの?」


「………いない、ここに来たのも初めてだから」


 背負っているから表情は解らないけれど、声はワントーン下がり、控えめに聞いても辛そうだった。

 それもそうだろう。

 この子の住んでいる場所は戦場で、両親は未だに戦火に巻き込まれているのだから、辛く無いわけがない。

 ああ、この子も一人なのだ。

 どうやってここまできたのかはおいおい聞いていくとしても、これも縁かも知れないと私は思った。

 だって、弟を見ている様でほっとけない。

 亡くした者が戻ってきてくれた様で、心の穴が少し塞がってくれたのかも知れない。

 完全に塞がる事は無いのかも知れないけれど、この子の存在は瘡蓋にはなってくれた様だ。

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