7 王都へ行くの!
俺は三月に生まれたのだが、今は八月に入ったところだ。
今、屋敷の中は慌ただしく旅支度が行われ、かなり賑やかだ。
ユリウス兄さんの洗礼式の準備と領内の必要物資を買い付けに行くためにケルンブルク経由で王都に行くのである。
普通は各領に御用商人がいて、衣装だとかなんだとかはすぐに取り寄せ誂えてもらうのだが、何せシュタート領は交通の便が悪すぎる寒村だ。
生活は自給自足で賄えるため必要なものは物々交換がほとんど。
さらに特産品もないために商人が来ても仕入れて帰るものがないので儲けが出ない。
必然的に御用商人なんてものはいない。
秋の収穫が終わると、徴税官が納税分を確認しにくる。
冬前には王都に税を納めに参内しなければいけないので、その時に余剰物資を現金化し、必要な塩や鉄器、家畜などを購入して帰るのがシュタート領の普通である。
貴族の子は五歳の年に、新年早々に王都で洗礼式を行い社交界にお披露目しなければいけない。
お披露目をして初めて貴族の子弟として認められるのでかなり重要な儀式なのだ。
なかなか王都に行けないミュラー家といえどもユリウス兄のために、今回半年前から準備を行いに王都に赴くことになったのだ。
普通は生まれて半年たたない赤子は、王都までの長旅に耐えられないのだが、いささか異常に成長が早くおとなしい俺は、満場一致で王都まで連れて行かれることになった。
家族は父さん、ママン、リーゼ姉さん、ユリウス兄さん、ビアンカ姉さん、俺。
使用人では家宰のオットーとメリザ、王都は初めてだと喜ぶニーナの9人が王都まで行く。
護衛兼荷運びで従士と自警団から十名がケルンブルクまで随行する。
祖母ちゃんとサラはお家でお留守番だ。
祖母ちゃんのお世話はメリザの両親もみてくれる。
メリザの両親は祖母ちゃんと一緒に家宰とメイド長を引退して畑仕事と子守を行なっているのだが、祖母ちゃん同様まだまだ若く、逆に風格がある分よっぽど家宰とメイド長らしい。留守の心配は皆無なのである。
ケルンブルクでは寄り親のケルナー辺境伯にご挨拶し、村から持って行く商品を現金化し、塩、鉄器、家畜などを仕入れて従士たちは一足先に村に帰る。
王都には家族と使用人でいくのだが、さすがに貴族の大所帯となると魔物や野盗が出没する街道は危険なため冒険者を雇って護衛を任すそうだ。
王都では、まず父さんの実家に行って俺のお披露目、知り合いの貴族にご挨拶、ユリウス兄さんの衣装や小物の準備と洗礼式の予約などがメインである。
往復一カ月半もかかるのでのんびりしていると秋がやってきてしまう。かなり強行軍になるだろう。
◇◇◇
王都に向かう出発の朝、普段より二時間早く起こされ、まだ暗いうちにママンに抱かれて箱馬車に乗り込む。
その時気付いたのだが女性陣は誰一人としてスカートを穿いていない。
メイドのメリザとニーナもいつものメイド服ではなく、夏物のブラウスに皮のズボンに皮のロングブーツを身につけ、腰にはナイフか短剣を帯びている。
ママンも夏物のブラウス、ハンティングズボンに皮のブーツ、腰にはロングソードを帯びて髪はいつものゆるふわロングではなく、アップにまとめられ動きやすい銃士の様ないでたちだ。
極めつけは、父さんが軽量の胸周りだけ覆うプレートメイルを装着し、皮の腰帯、革製で腕に鉄のプレートが付いた手甲、ロングブーツを身に纏い、背中には大剣を帯びて完全武装している。
確かに傭兵時代のガッ○のようだ。『百人斬』は伊達じゃなかった。
オットーも父さんと似たような出で立ちで、腰にロングソード、背中にはシールドを背負っていた。
所謂、冒険者の前衛職装備でどう見ても貴族の御一行には見えない出でたちだ。
子供たちは、半そでのシャツに半ズボン、ニーハイのソックスをはいて履き慣れた革靴を履いている。
リーゼ姉とユリウス兄は稽古で使っている木剣を持っていくようだ。
あまりの武装具合にこれからの旅路の厳しさにうんざりしてしまった。
◇◇◇
出発後ギラン山脈を川沿いに沿って北に登って行く。
道はあぜ道で馬車はガタガタと揺れ、乗り心地は非常に悪い。
ベビー籠に寝かされていても背中が痛くなりそうだ。
車窓から見える景色は草原だったり、森林だったりしたのだが、昼食のための休憩をはさんだあたりから大きな岩や崖が目立つようになり完全な山道になっていた。
昼食をとったあと、暇なので魔力操作の練習をして、うとうとと眠ってしまっていたのだが、ふと遠くに魔力の反応を感じて目が覚めた。
日は西に傾き三時を過ぎたころだろうか、意識を集中して魔力探知を行うと斜め前方三百メートル位から六つのやばそうな魔力が近づいてくる。
やばいと思い大声で泣き喚く。
父さんが気付いてくれたのか、馬車を止め緊迫した雰囲気で慌てて降りて行った。
注意を促す声とがちゃがちゃと装備を準備する音が聞こえた後、しばらくの静寂がおとずれる。
ふいに岩陰から大きなものが飛び出してくる気配があった。
槍や剣を構えた従士が馬車を守るように取り囲み、その前方に大型犬くらいのオオカミが威嚇をしながら吠えかかり襲ってきた。
騒然とする馬車の周り。馬車の窓にへばりつき外の様子を窺う子供たち。
しかしママンはどっしり落ち着いている。
十分ほど外の喧騒が続いた後、勝鬨が聞こえると父さんが馬車に入ってきた。
「オオカミの魔物が六頭で襲ってきたんだ。幸い気付くのが早かったので怪我人もなく討伐できたよ。今、解体して素材と魔石を回収しているから、しばらく休憩だ!」
ママンと一緒に子供たちが恐る恐る馬車から降りていく。
大人たちがオオカミの死体から皮を剥いでいくのを恐々覗いているのがこの世界の子供の強さだと思う。
「オオカミの肉は食べられないの?」ビアンカ姉がのたまった。
死が身近になかった日本人の俺にはちょっと引いてしまう。
ママンに抱かれて、父さんの近くに行くとママンが父さんに話しかけられた。
「ジークには魔物がいるのが分ったのだろうか?」
「そうね。おとなしいこの子が急にあんなに激しく泣くなんて初めてじゃないかしら?」
「おかげで早めに気付けたのだがちょっと驚いた。」
「でも偶然かもしれないし、あまり気にしなくても大丈夫でしょう?」
「前々から思っていたのだが、ジークは魔力が多いんじゃないか?魔力操作もしている様子もあるし…」
「あらあら、あなたもそう思う?やっぱり天才なのかしら?かわいいし、将来が楽しみね!うふふ」
魔力操作の練習してるのばればれだった!
今後気をつけなきゃ~
「あなた、話は変わるけど村から一日も進んでないのにオオカミの魔物が六頭もいるって異常じゃない?」
「そうだね。普通のオオカミならわかるんだけど魔物化しているからね。北の山奥から移動してきたのかもしれない。ケルンブルグの冒険者ギルドで調査依頼を出した方がいいかもしれないね。」
「そうね!村に何かあってからじゃ遅いものね。」
そんな会話をしていると、オットーから声がかかる。
「旦那様、素材の回収終わりました。早く出発しましょう。もうそろそろ野営の準備もしたいのですが、血の匂いに誘われて魔物が来るとめんどうです。できるだけ距離を取りたいですから…」
「そうだな、あと一時間ぐらい進んだら河原があったと思う。そこで野営の準備をするとしようか?」
「そうですね。あそこだと開けていますし、水場も近いですから野営に最適ですね。ちょっと眠るにはごつごつしていて痛いですけど…」
そんな会話を交わしつつみんなが馬車に乗り込み出発する。
旅の最初からオオカミの魔物に襲われるってどんなムリゲーよ!ついでに赤ん坊だし…
久々に『人生はままならないなぁ』と心の中で愚痴るのだった。
読んでくださってありがとうございます。
最初のエピソードを省きました。