79 冒険者達の苦労
王都の辺境伯邸に転移すると、辺境伯がソファーに座っていた。
「今回の依頼について説明するわ。立ち話もなんだから座ってくれる?」
俺達は辺境伯の進めるままにソファーに腰を掛ける。
「お茶も出さずにごめんなさい。この部屋は関係者以外立ち入り禁止にしてあるの。うちの使用人でも入室を控えさせているわ。」
そういって俺たち全員を見渡す。
「あなた達は多くのことを知りすぎてしまったの。自由な冒険者の立場で居たいのは解るんだけど、そうもいかなくなってしまった。申し訳ないけどシュタート家かうちの従士扱いになってもらうわ。ごめんなさいね。」
そう言うと辺境伯が頭を下げた。俺は慌ててそれを遮る。
「やめてくだせい。辺境伯様。俺達も覚悟は一応決めてますんで辺境伯様に頭を下げさすようなことではありません。どうかご容赦を…」
辺境伯は一つ溜息を吐くと言葉を続けた。
「そう、よかったわ。あなた達もよく知っている通り、いえ、あなた達の方がよく知っているのかしら?シュタート家の次男坊はとんでもないバケモノです。今のところ人畜無害な、いえ、英雄的なことをしているのですが、かわいそうなことにあまりにも年が若すぎます。さらに今、帝国により王国は非常に危険な状態です。彼の手を借りなければ王国は大打撃を被ることでしょう。そんな状況下では誰かが彼を庇わなければ早々に命を落とすことになるでしょう。もちろん私も全力を尽くしますが、どうかあなた達もあの子を守るために手を貸して欲しいのです。」
再び頭を下げる辺境伯。
今度は俺より早くエリザが慌てて辺境伯に声を掛ける。
「辺境伯様、頭をお上げください。思いは私達も一緒です。ジークを守るのは私たちの役目です。」
「そうですぜ。俺たちゃ、坊主にはたくさんの借りがある。まずその借りを返さないことには気持ち悪くて仕方がねーんです。」
珍しくアストも声を上げる。
「分ったわ。それではここからはいつもの辺境伯に戻ります。」
なんだか雰囲気がガラッと変わった。
「情報収集の結果、今回の帝国の侵攻は西部国境になる可能性が出てきたのはあなた達も知っているわね。王国は現状、何の手立ても打てていません。これから急いで対策するに当たり、ジークの転移門は現地との行き来を可能にする非常に有効な手段です。昨日女王陛下自ら転移門の設置を要請されました。この部屋が転移部屋として王城、ノルトシュタット、各領地と繋がることになります。当然ジークが繋ぐのですが、多数の者が行き来します。なんとしてもジークの存在を秘匿せねばなりません。そこで先のスタンピートで有名な二人の魔導師とマリー、あと家の筆頭魔導師をこの部屋に常駐させ偽装します。当然女王陛下を始め宰相など王国の重鎮が行き来しますので心してください。ここまではよろしくて?」
エリザとピルネが絶句している。しかたないよな。女王陛下となんて会いたくもねぇ。魔道士じゃない俺達はどうすりゃいいんだ?一緒にいるなんて真平だぜ!
聞こうとしたら辺境伯が告げた
「他の三人はこの部屋にいるのは嫌でしょう?女王陛下や国の重鎮に会うのは真平だって顔に書いてあるわ。でもこれからは慣れないとだめね!しかし、今のあなた達をここに置いとくのも不安なので別室で教育を受けてもらいます。なーに、家のヨーゼスやミュラー家のリーゼが習っている程度から始めますから心配いりません。でも貴族の意義を知るのにはちょうどいいかもしれませんね。」
フッと素敵な笑みを見せる辺境伯が無茶苦茶危険だ。Bランク魔物のレッドグリズリーを相手にするより恐怖を感じる。他の二人も同じことを思っているのが見え見えだ。しかし逃げらんねぇ。
「分りました。」
ぼそりと呟くしか手がなかった。
「それでは魔導師以外の三人は、ついて来てください。」
黙って立ち上がる俺達に魔道士二人の反応はない。まだこの部屋でのことを考えて、固まっているようだ。
辺境伯に連れられて別室に行くと執事服をきっちり着こなした初老の男がいた。
これから俺達の指導をしてくれるそうだが手には細長い棒を持っている。
「ヒィー」ピルネが短い悲鳴をあげる。
男はニッコリ笑って優しく言葉を発した。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。高々学園に入る前の子供のための一般教養です。奥様が王都にお帰りになるまでに終わりますからね。」
再度ニコリと微笑む男に背筋が凍りついた。
俺達はこれから二週間、地獄を見るのだが、この時点ではそんなこと思いもよらないのだった。
◇◇◇
ヒルデ小母さんとモース達を送り出し、転移門を閉じて宿に入ると辺境伯家の執事さんとメリザが待っていた。
「ジーク荷物の積みこみお願いします。」
メリザに言われ頷くと執事さんを先頭に幌馬車に連れて行かれた。
メリザの指示通りに収納していく。
シュタート領を出る時に経験しているのでお互いに慣れたものだ。思っていたより早く収納し終えてしまった。
荷物の収納を終えるとメリザはママンの準備の手伝いをしてくると言って寝室に向かった。
俺は宿の食堂で二十分ぐらい待たされたのかな?ちょっとウトウト船を漕ぎはじめていたら、ママン、ノーラ姉さん、祖母ちゃんが現れる。
「それじゃあ、あなた達気を付けて行ってらっしゃい。孫のことは任せといとくれ!」
祖母ちゃんがドンと胸を叩いてママンに声を掛ける。
「母さん悪いんだけどよろしくね。できるだけ早く帰ってくるようにするから…」
「夜には会えるんだから大丈夫さね。」
ママンと祖母ちゃんはやり取りを終えると俺の方にやってきた。
「じゃあジーク、王都へ転移お願いね。」
ママンに言われた通り王都の辺境伯邸に転移門を開く。
ママン、ノーラ姉さん、そしてなんとメリザまで転移門をくぐって行った。
門を潜ろうとすると祖母ちゃんに声を掛けられた。
「ジーク。無理をしなくていいからね。女王には王都であった時にきついお灸をすえるから自分のペースで進めなさい。」
「祖母ちゃん心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。適当に手を抜くから…」
そう言って手を振って転移門を通り王都の辺境伯邸に転移した。
読んでくださってありがとうございます。




