75 帝国の動向
遅くなって申し訳ありません。
今日は、ヒルデ小母さんを転移門で王都に送って、その後はノルトシュタットを見学する。
かなり気合が入っていたが、ノルトシュタットの城門をくぐる前になって気が付いた。街の中の行動は全く身動きが取れない。赤ん坊を抱いたノーラ姉さんが同期や知り合いの騎士を訪ねて回ったら、どんな噂が流れるやら…
ノーラ姉さんの婚活の邪魔をする訳に行かないので、結局、何時ものようにノルトシュタット近くの森で別れて俺とシロは東の国境まで行ってみることにする。
東に進むにしたがって魔物の数が増えている。森も深くなっている感じかな?国境沿いを進んでいるが帝国側の方が魔物の密度が多そうだ。前に東は不毛の大地と聞いていた。やっぱり魔物優位なのだろう。こんなに顕著に表れるとは思ってもみなかった。東の進軍ルートは魔物対策が重要そうだ。
そうこうしている内に昼になったのでノルトシュタットに戻る。エリザ、ピルネ、イリスの女の子?三人組が待っていてくれた。
抱っこされてノルトシュタット街門をくぐる。かなり賑やかだ。常時二万の騎士、兵士が駐留しているのだ。食糧を始め一大消費地であるに違いない。また兵力二万を支えるのにその何倍の人は必要だろう?家族もいるだろうし、兵士なんて若い男がほとんどだ。下手に溜められると犯罪率も上がるので娼館やカジノなどの遊興施設も充実しているはずだよね。
そんなことを考えながらノーラ姉さんやモース達との待ち合わせの飯屋に抱っこされてついた。
「流石に兵士が二万もいると賑やかだね。」
待ち合わせの飯屋、もとい酒場について待っていたノーラ姉さんに開口一番驚嘆をあらわしたら一瞬目をぱちくりされて、その後呆れられた。
「この街に兵士が二万も居る訳ないでしょう。食糧集めるだけで大変なのに…直ぐにこの街が干上がっちゃうよ。それにそんなに大人数で演習なんてどれだけ手間がかかることやら…この砦の近くの一、二日の移動距離に国境警備の駐屯地や演習施設が結構あるんだよ。有事の時は最悪この砦に立てこもって防衛戦を行い第二師団や他領からの援軍を待つってことさ。」
ノーラ姉さんの説明を聞いて納得した。ノーラ姉さんは続けてくれた。
「ここは、帝国との防衛線の本部みたいなところなのよ。情報もここと北辺境伯の所に集約されて対策が逐一決定される。だから、帝国とのことはここで情報収集するのが一番なの。ちょうど情報通が来てくれたみたい。ジークは赤ん坊の振りね。」
そう言ってノーラ姉さんは、扉から入ってきた軍服を着た女性の方に手を振りながら歩いて行った。
「彼女は私の友人で同期のスーザン・フォン・バルザー。第三師団長の副官よ。すごいでしょう。それでこっちが、私の護衛兼お目付け役の冒険者よ。」
ノーラ姉さんが紹介したのはスラッとした長身の眼鏡女子。お約束通り女教師風に黒髪を後ろでまとめている。一言でいうと『女王様と御呼び!』的な風貌だ。
「あ~の~ノーラから紹介に預かりました。スーザン・フォン・バルザーですぅ~参謀長の副官なんてもってのほかですぅ~お茶を入れたり~メモを取ったり~お世話をさせてもらっているだけですので~間違わないでくださいねぇ~」
言葉遣いはおっとり系だった。
「ところで、スーザン!今回の帝国出兵は本当なの?」
「ええ本当ですよ。いま王都から二万の兵がノルトシュタットに向けて進軍しています。かなりゆっくりですけどね。ここに着くのは年が明けてしばらくしてからですね。」
口調がおっとり系から普通になった。
「四万じゃなかったの?」
「それがですね。帝国軍も久々の出兵でやっちゃったみたいで…魔物の領域に踏み込んでスタンピートを起こしてしまったみたいなんです。対応している帝国西部の傭兵ギルドが混乱していまして、二万を西部地区に振り分けたみたいなのです。結果、ノルトシュタットに派遣される兵数は、帝都方面からの二万と南部領主軍の一万を合わせた三万になると分析されています。」
「とんだへまこいたってわけだ!いっそのこと派兵をやめろよな。皇帝!」
アストが思わず口をはさんでしまう。
丁寧にスーザンさんが答えてくれた。
「実はですね。現皇帝は半年前に即位したばかりなのです。先代皇帝が崩御してから兄と帝位を一年間争っていまして、謀略を用いて帝位についたともっぱらの噂です。今回の出兵は皇帝になって初出兵になり、力を見せる意味でも一当てして勝利するか、王国内でそれなりの物資を略奪しないといけないのです。さらに悪いことに皇帝の親征を発表してしまったみたいで引くに引けない状況だとか…」
「あちゃー馬鹿皇帝がやっちゃったってわけか?」
「それじゃあ、王国も大丈夫だね。そんな皇帝に率いられているんじゃ軍隊としてたいしたことないんじゃないの?」
アストが歯に衣着せぬ言い様で皇帝をこけ下ろし、イストも楽観論を口にする。
ノーラ姉さん始め他のみんなも同じ意見のようで一緒に頷いている。
「ところがですね。帝国は王国より魔物に慣れているのですよ。皇帝の初親征に魔物のスタンピートなんて不始末起こしますかね?だって、魔物討伐を皇帝自ら行うために帝都を東の最前線に置いているような国ですよ!ちょっと話が胡散臭いのですよね。」
「それじゃあ、スタンピートは兵を分ける偽装で実の狙いは西ってこと?」
「それも妙なのですよ。ノーラも判るでしょう?兵力分散の愚を…三万で攻めてきたら王国は四万で押し返すわよね。逆進行されて西部の補給線を断たれたら西に侵攻した二万の軍は犬死ですよ。」
「やっぱり、皇帝が馬鹿なんじゃないですか?」
冒険者パーティの知恵袋エリザでさえこの言い草だ。皇帝様も大変だね。
しかし、スーザンはまだ折れなかった。
「ただ、皇帝への即位の仕方が問題なのですよ。通常、皇帝には帝国で一番強いものがなるんです。実際に追い落とした現皇帝の兄は、王国の近衛騎士団長クラスの化け物で帝国最強の名を欲しいままにしていました。しかし、素行が粗野で知性に欠け、重臣の多くから帝国を治める器量なしと判断されていたのです。如何せん選定基準が基準だけにどうしようもなく、即位を遅らせていたそうです。そこに現皇帝が現れ、謀略を持って兄を追い落とし即位しました。そのような経緯を考慮すると現皇帝が愚者と判断するには早計過ぎると思うのです。しかし軍内部でも私の考えは少数派でして…」
「帝国与し易しって考えが主流ってことね?」
ノーラ姉さんがなんだか難しい言葉を使って悦に入っている。
「ふーそうなのよ~だからねぇ~ちょっとうんざりしているのよねぇ~こういうことは~備えて置くに越したことないのにぃ~ちょっとわたしオコなのよぉ~」
あれ?言葉遣いがおっとり系に戻った。
そして、ジョッキに注がれたエールを一気に飲み干し、
「お~か~わ~り~♡」なんて叫んでいる。
よっぽどストレスが溜まっているのだろう。ぐびぐびとエールを飲んで、つまみを親の敵とでもいうように一心不乱に口に入れ始めた。
あーこんなところにもいたよ。
『人生ままならない人が…』
読んでくださってありがとうございます。
私事により投稿が不定期になります。
どうかお許しください。




