69 いい仕事するね。
シロのベーコンを炙って部屋に帰るとなんだかお通夜みたいな雰囲気でママンがメリザに寄り添われて危なげな足取りだ。さっきまでみんなで説教していたのにどうしたんだろう?
少し気になるが長い説教タイムは終わったようだ。ヒルデ小母さんに促され食堂へ行く。やっと食事にありつける。
子供たちはもうご飯は食べ終わって食休みからの就寝時間にさしかかろうとしていた。
俺もなんだか疲れているのでさっさとご飯を食べて寝ることにする。
「ママン大丈夫?」
寝る前に元気のないママンに声をかけた。
「ジークの方こそ大丈夫なの?苦しくないの?何処か体で痛いところとかないの?」
「うん。大丈夫だよ。少しくらい痛いところがあっても死にやしないから。年取ると具合の悪いとこなんて出てきて当り前さ。」
実際、頭痛がある時もあるし、倦怠感があるときもある。骨折した背中や腕がうずく時もある。
でも、そんなもんだ。生きてりゃ何処だか調子が悪くなるもんだ。
前世で実感した真理のひとつだ。赤ちゃんにそれがあるのは可笑しいのかな?
でも、前世の苦痛に比べれば屁でもない。若い体は素晴らしい回復力が全然違う。
今いる幸福感があれば少しくらいの苦しさなんて吹っ飛んでしまうというものだ。
「ちょっと赤ん坊のくせに、何を年寄り臭いこと言ってるいの!」
思わずママンが突っ込んでくる。
照れ隠しに二ヘラと笑ってママンを見ると、本当に心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
そして優しく抱き上げて、優しく抱きしめながら心配そうに呟く。
「いきなり気を失ったりするのはもう嫌よ。気を失って何日も起きないなんてもう耐えられない。ヘルタイガーに押さえつけられたり、ブラックバイソンに食べられたりするのを見るなんてもう真っ平。」
うーん。列挙されると確かに無茶苦茶しているな。ママンとしては生きた心地はしないだろうな。
「大丈夫だよ。気を付けているから。無理はしないから…ね!ママンには孫の顔をちゃんと見せるからね。」
ふと、前世の母親に果たしてあげられなかったことが声に出てしまう。
前世で俺のことが大好きだった母親。子供が好きで子供を見るとニコニコ優しい眼であやしていた母親。俺の子供を抱くことを最後まで楽しみにしていた母親。
全く容姿も雰囲気も違う二人なのになんだかダブってしまう。
ちゃんと親孝行をしなくちゃなぁ。心配かけていちゃいけないなぁ。
そんなことを真剣に考えていると
「ぷっくっくっく。ジークあなたねー赤ちゃんのくせにもう子供作る気?成人するまで何年あると思っているのよ。今はあなたの顔を見て抱っこできるだけで十分…ジークたら孫だなんて…あーもうダメおかしーうっふふふふ。」
うむ、笑われた。遺伝子保存の考えから出てきたんだけど笑われた。
うん。たぶん。いや、絶対この小さな体が悪いんだ。
ちょっと雰囲気が明るくなったママンにちょっと安心しゆっくり眠りにつく。
◇◇◇
朝起きるとシロが傍らで丸くなっていた。
ママンとビアンカ姉とシロを起こさないように裏庭に出て何時もの鍛錬をする。
最近は技単体ではなく流れを作って技を出す。仮想相手はイリスかアストそんなことをしている内に型も出来るだろう。ジークフリード流拳闘術なんてできるかもしれない。
鍛錬が終わって朝飯を食べる。シロの分もきちんと用意してくれたみたいだ。
でっかい肉の丸焼きが置いてあった。シロは嬉々として食べている。すごい食欲だ。そういう俺もいっぱい食べているんだ。早く大きくなりたいな。
食事を終えてモース達を待つ間、メリザが持ってきた鞍や鐙をシロに装着する。
なんか装備に合せてシロが大きさを変化させていた。
便利な犬だ。もとい狼だ!
調子を見たいので早速転移門を開いて昨日到着した場所に移ってシロに騎乗する。
もっふもふで気持ちがいい。ほほをスリスリ毛並みに擦り付けて堪能していると、
「えい、気持ちが悪いわい。さっさと出発の準備をせい。」
急かされて、さっさと準備をする。
絶対振り落とされないように念のためベルトと鞍を革ひもで繋ぎ合わせて手綱を握るとシロが走り始める。加速感が半端ない。
「ヒャッフ―なんかバイクに乗っているみたいで気持ちいい。」
「ならもっとスピードを上げるぞ!」
「OK全然大丈夫!」
時速百二十キロぐらい出ているのかなぁ。
街道を走っていると馬車をあっという間に追い越していく。
絶対見られているが、これだけ早ければ判断がつかないだろう。
噂にはなるかもしれないが実害がなければいいや。
三十分ぐらい走ると次の街が見えてきたので止まってもらう。
今日一日の行程を走破してしまった。
「さすが神獣いい仕事するね!」
「ふっふん。当たり前だ。」
すました声で答えるが尻尾はブンブン揺れている。
結構分かり易い奴だ。
街の外の森の中で転移門を辺境伯邸の裏庭に繋ぐとノーラ姉さんを始めモース達が待っていた。
「ちょっとどこ行っていたのよ?私たちはあんたのお目付け役よ!勝手に動かれると困るんだけど…」
「シロの乗り具合を見に行っていたんだけどね。今日の予定終わっちゃった。」
「どんだけフェンリル速いのよ!」
「下手したら半日あればシュタート領につけるかも?」
「「「「「「………」」」」」」
「ジーク君そんなに早く走って大丈夫なの?」
イリスが心配そうに聞いてくる。
「気持ちいいよ!」
「ちょっと乗せて貰ってもいい?」
ノーラ姉が興味津々に聞いてきた。
「シロいいか?」
「おう。いいぞ。」
「いいらしいよ。ノーラ姉さん。でも、とりあえず移動してからね。」
全員で転移門を潜って森の中にでる。
シロからおりてノーラ姉さんと替わるとシロが確認する。
「振り落とされないようにしっかり捕まっておれよ!」
そう言って徐々に速度を上げて走り去ってしまった。
遠くの方から悲鳴が聞こえ三分しないうちに帰って来た。
ノーラ姉さんは息も絶え絶えでシロの首にしがみついてシロが止まるなり転がり落ちた。
「ぜぇぜぇぜぇ、どんなに早いのよ、このフェンリル。死ぬかと思った。」
「むむ、ジークが乗った時の半分もスピード出してないぞ!」
「そんな遅かったの?馬と同じぐらいのスピードじゃない?」
「何言っているの、馬より断然早いわよ!あんなに早く加速して、あんなに早く急に曲がれる馬なんていやしないわ。」
なるほど加速と旋回能力な訳ね。納得した。ジェットコースターが怖いのと一緒だ。
「他に試してみたい人いる?」
全員がぶんぶんと首を横に振る。
馬と一緒に移動するのも効率が悪いので、この場所で待機してもらう人、街に情報を集めに言って貰う人に分かれてもらって、俺とシロで国境近くの町まで移動してから転移門でここまで戻ってくることになった。
それからの旅はのんびりしたもので高速で流れている景色を眺めながら魔物にだけ気を付けて進んだ。探知を使って採取物や資源を確認しようとしたけど、速すぎて認識できないのであきらめた。
懐かしきWRXでいろは坂をかっ飛ばす感じ?さらに目的地までナビ付の自動運転だ。
街道を外れて森の中を走る時は、リアルスター○ォーズ、エピソード6のエン○アのエアバイクシーンを彷彿とさせる眺めに興奮しまくった。
偶に食べられる魔物を見つけると寄り道してサクッと仕留めて血抜きをして収納する。
それでも、昼前にはメンフィス子爵領の領都メンフィスベルに到着した。
早速街の外で転移門を開きノーラ姉さんとモース達の所へ戻る。
一通り情報収集を終えたモースとエリザが情報を話そうととするが、次のメンフィスベルの情報収集があるのでケルナー邸に帰って保護者同伴で話を聞くことにする。
二回も同じ報告するなんて面倒くさいし時間の無駄だ。
取り急ぎメンフィスベルの街に入って飯を食べよう。
読んでくださってありがとうございます。




