54 嵐は続く?
すいませが、しばらく不定期更新にさせてもらいます。
どうぞお許しください。
黒檀のテーブルの上には、この国では王族ぐらいしか持っていない白磁のティーセットが置かれ、純金製の物より高価なガラス製のゴブレットには赤いワインが注がれている。
床に敷かれた絨毯は緻密な幾何学模様を織り込まれいかにも高級品ですと主張していた。
壁際には金の装飾が施された飾り棚が置かれ、壁には金の額縁に入った人物画が何枚も飾ってある。
ソファーは魔物の革製で滑らかに光沢を発し、座り心地も最高だが、なんだか部屋全体に統一感がない印象を与えている。
これぞまさに成金貴族と云う印象が拭えない部屋である。
ソファーに座りティーカップを口に着け一口お茶を含んだ後、黒髪で痩せぎすの神経質そうな女性が話しかける。
「とうとう女王から呼び出しが掛かってしまいましたわ。あなたの策ではもうしばらく先ではなかったのかしら?」
苦虫を噛み潰した表情は年齢以上に老けて見える。
目の下のクマや不健康そうな肌の色も老けて見える原因である。
何より眉間に深く刻まれた皺と棘のある表情がなければかなりの美人と思われるのだが…
しかし、家系という見えない鎖に縛られた彼女にはどうすることも出来ないのだろう。
「そう言うな。近衛騎士団団長が動いたのだ。仕方あるまい。」
長い金髪をオールバックにまとめた、鋭い眼光だが頬と顎の肉が弛みきった男が呟いた。
女に負けないくらい苦虫を噛み潰した表情と、淡々と話しているつもりでも、言葉の端々から悔しさをにじませ、さらに非常に貴重なガラス製のゴブレットを力いっぱい握りしめ今にも割ってしまいそうな様子から男がかなり動揺していることが伺える。
日頃の贅沢な食事と、この国では珍しく武芸もたしなんでいないため、丸々と太った体は、乗せているソファーを今にも真っ二つにへし折りそうだ。
「それに忌々しいカールハインツとローゼマリーに名を成さしめてしまいました。この責任はどうとるのです!かわいい坊やを危険な目に合わせてまで取った策ですのに、裏目、裏目ではありませんか?」
悔しさを、地団太を踏んで非常に分り易く表す女。
「うむ、すまぬな。少し予測が甘すぎたようだ。まさかブラックバイソンまであっさりやられた上にキュプフェルトまで無傷とは…しかし報告によるとインフェルノとエクスプロージョンを複数回発動させることが出来る凄腕の魔道士が複数集まるとは思いもよらなかったからな。許せ。」
自分のことを策士だと勘違いしている男が、かなり腑に落ちなさそうに言葉を発した。
「ローゼマリーも炎系の上級魔法が使えるとは思っていませんでしたわ。確かに予想外が多すぎますわね。」
首肯しながら女も答える。
「しかし、キュプナー子爵領を始め中西部穀倉地帯の収穫量は激減するであろう。さらに兵員動員のため兵糧の消費も激しい。各軍にも少なからず被害が出ている。まずは第一段階成功ではないのか?」
ニタニタといやらし笑顔を浮かべながら女に尋ねる。
「あなた、バルトがあげるはずの武勲はどうしたのですか?」
心底忌々しそうに男の質問に質問で答える女。
「そ、それは、無理だ。あっ、あ奴が獣王の咆哮にビビってしまい、魔物討伐隊に加わろうともしないのが悪いのだ。折角ブラディーグリズリーぐらいは倒したことにするはずだったが、それも無理になってしまった。その方からしっかり叱っておいてくれ。」
あたふたと、鼻を鳴らしながら言い訳する男にヒステリックに食って掛かる女
「そんな、かわいそうなことできるはずないでしょう!来年からやっとリーゼロッテ王女と同じ学園に通えると喜んで、武勲を立てると勇んで出陣したと言うのに…武勲も上げられずに汚名を被ることになってしまったんですもの慰めてあげなくては…」
「また、買い与えた奴隷をいたぶり殺さすのか?」
何を思い出したのかにやつく男に、さらに食って掛かる女。
「そんなことありません。あの子は優しい子です。奴隷があの子の言うことを聞かないのが悪いのですわ。それに女奴隷で元々弱っていたか、病気持ちだったかのどちらかでしょう。共和国の商人には嫌味の一つも言って置きませんとね!」
しばしの沈黙の後に男は何とか声を絞り出した。
「甘やかすのもいい加減にしておいた方が良いぞ!碌な大人にならん!」
「いいえ!あの子は次期王配になるんです!全ての者がひれ伏す英雄になるんです!少々無茶なことでも通る立場になるんですから、それにふさわしい言動を覚えさせないと…奴隷の百や二百どう扱おうとも構わないではありませんか?」
さらにヒステリックに叫びたてる女に、とうとう男も耳を両手で塞いで話を変える。
「まあ、奴隷ならばな。今回死んだ者たちも殆ど奴隷兵ばかりだし、主力の兵達には良いレベルアップの機会であったことはたしかだな。」
「それより、女王にどう申し開きをしましょう?」
少し不安そうにする女に対し、余裕の表情で言葉を返す男。
「ありのままでよいではないか。獣王の森にバルトが領民の為に魔物の間引きに行ったら、運悪く獣王に襲われて辛くも九死に一生を得た。あくまで内は被害者なのだと。さすがにキュプナー子爵領を犠牲にして他領に魔物を誘導しようとしたとは云えんだろう?ふっふっふっふ。」
「ブッヒッヒっヒと笑った方が似合うのに。」とは誰もが思うことなのだが生憎夫婦以外誰もいないので仕方が無い。
「それもそうですわね。暗殺部隊を送り込んでいる事もばれてないでしょうし…最悪スタンピートの責任を取らされたとしても,魔獣の森周辺領地を差し出して、しばらく共和国との貿易税の幾らかを王国に渡せば済むことでしょう。最悪は東の辺境伯を通じて教皇様にお願いすれば王家も強くは出られないでしょう?」
こともなげに言ってのける女に男は合いの手を入れる。
「それに冬には帝国が攻め込んでくるからな。それまでのらりくらりと躱せばよかろう。ことが起これば儂らを強く罰することも出来んじゃろうし、攻め込まれて危うくなった北の連中を助けに行って武功を立てれば問題ないじゃろう。くっふっふっふ。」
「それもそうですわね。おっほっほっほ」
夫婦の高笑いがいつまでも響き渡る、ガイエス辺境伯邸の一室であった。
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