閑話 メイドは見た。Ⅰ
私はサラと言うメイドです。今年十六歳になります。
実家は王都で普通の商人をしております。
メイド学校に通っていたのですが、卒業してお勤め先が決まっていない十四歳の冬、あちこちの就職面接を受けておりました。
さすがに上流貴族のメイドは無理ですが、三つ四つの就職内定は頂いておりました。王都ではそこそこ名の知られた子爵家からも内定を頂いていたほどです。
そんな時、シュタート男爵のローゼマリー様と御付メイドのメリザ様にお会いしました。
ローゼマリーさまのお美しく品のある立ち居振る舞い。知性のある受け答え。お仕えする主として完璧でした。
さらに御付メイドのメリザ様がすごい!立ち居振る舞いから身のこなし、気配り、お茶の入れ方、お料理までこれまたお見事。
私『ポー』となってしまいました。
聞けば大戦で勝利の立役者になった、あのカールハインツ様が旦那様とのこと。
迷わず就職してしまいました。
ええ私が悪いのです。勤務地がこんな僻地だなんてことを確認しなかった私が…
でも、職場はホントによかったです。優しいご主人様たち。領主様に旦那様はもちろん大奥様のゲルトルーデ様もお優しいのです。
長女のアンジェリーゼ様はしっかりとしたお姉さんで弟妹の良く見てくださいます。
長男のユリウス様もハキハキした。元気のいい坊ちゃんです。幼いのに使用人にも気配りをしてくださいます。
末っ子のビアンカ様はとにかく元気がよくじっとしていないので非常に気を使いますがものすごく愛らしいので許してしまいます。
先輩であるメリザ様はテキパキと仕事をこなし、時には厳しく時には優しく指導してくれます。
お蔭で私のメイドとしてのスキルはどんどん上昇してゆきました。
昨年には後輩のニーナも加わり楽しく暮らしております。
余談ですが毎年秋の終わりになると貴族の皆さまは王都に納税に行かれます。
その時に私も一緒に里帰りさせてもらえます。これてすごく贅沢なことなんですよ!父も母も喜んでくれています。
後で聞いた話ですが、内定を貰っていた子爵の所、旦那がとんでもないセクハラおやじで、その年雇ったメイドを孕ませたそうです。あぶない!あぶない!
今のご主人様たちには、ホントに感謝です。
◇◇◇
最近四人目のお子様が生まれました。
お産の時は大変でした。
一応ビアンカ様が生まれた時に、お手伝いさせて頂いたので流れは分っておりました。
ビアンカさまは予定日通りにお生まれになり、産声も元気で本当に可愛かったのです。
しかし、この度のジークフリード様は違っていました。
まず、予定日を過ぎても陣痛が始まりません。
なんと予定日より二週間も遅れての陣痛です。
ベテランの産婆さんも私たちメイドも大奥様もすごく緊張しました。
この様な時は、母体が持たないか、死産のことが多いのです。
みんな一所懸命です。
そして、無事奥様のお腹よりお子様が出てきました。
奥様が仰るには「かなりすっと出てきて痛みもなかった。」そうです。母体の健康は全く心配いりません。
しかし、出てきた赤ちゃんが産声を上げません。死産なのか?でも動いているようで…
とにかく産婆さんが足を持ってお尻を叩きます。一発、二発、三発。
みんな緊張して見守ります。
「ほぎゃーほぎゃーほぎゃー」
泣き始めました。みんな一安心です。ほっと息を撫でおろします。
しかし、異常はまだ続きます。
赤ちゃんが三回泣いて泣きやんだのです。
みんなあっけにとられました。
ただ、呼吸はしているので慌てず産湯につけて身を清め、布に巻いて奥様の横へ連れて行きます。
奥様も安心して一寝入りされたので、赤ちゃんを赤ちゃん用のベッドに移した時です。
私は見てしまいました。
不意に目を見開き「ひぃふぁぁひぃ、へぇんひょーはぁ。」何かつぶやくのです。
さらに、開いた眼は蒼と薄い茶色(んー金色と言った方がいいのかもしれませんが)で神秘的なのですが…悲しそうな死んだ魚の目の様に濁っているのです。『うるうる。キラキラ』ではなく。
大事なことなので二度言います。『うるうる。キラキラ』ではなく、悲しそうな死んだ魚の目の様に濁っているのです。
生まれたての赤ん坊の目は普通開きません!呟いたりしません!悲しそうな死んだ魚の様な目はしません。
『もしかしてジークフリード様は死産の赤ちゃんに悪魔が乗移ったのでは?』と言う妄想が頭をよぎります。
その後すぐに寝付かれたのでほっと一息入れてこの部屋を後にしました。
◇◇◇
次の日のことです。奥様のお部屋を訪れるとなんだか不安な顔をしている奥様がいらっしゃいます。
詳しくお話を聞くとジークフリード様が泣かないのだそうです。
赤ちゃんは泣くのが仕事です。お腹が減った時、排便の時、眠い時、とにかく泣きます。
泣かなくてもお腹が減っているかもしれないので「お乳を飲ませてみては?」と提案しました。
胸をはだけてお乳を口元に持っていくとジークフリード様の顔が真っ赤になりました。
そして、目つきがなんだかエロいのです。
んーなんといえばいいのでしょう?若い男の子たちが娼館の話をしている時の目つきです。
「もしかしてジークフリード様はインキュバスに憑りつかれている?」またそんな妄想が頭をよぎります。
しかし、しばらくすると勢いよく胸にしゃぶりついていました。かなりの時間お乳を飲んでいたのでよっぽどお腹が空いていたのでしょう。
満足して寝そうになっています。
そこでツーンとした匂いがします。おしめを見てみるとおしっこをしていました。
やっぱり泣きませんでした。
取り敢えずおしめを換えるとすぐに寝たようです。
その後、起きた時も泣きませんし、お昼になったのでお乳を上げるとおいしそうに食べているそうです。
食べ終わったらおしめを確認すると便をしているそうです。
暫く起きて手足をバタつかせたりして疲れると眠って、起きたらお乳を飲ましておしめを換えて、手足をバタつかせて、を今は繰り返しているそうです。
なんだか訳の解らない赤ちゃんです。
そして、夜泣きもしないそうです。
奥様が気になってふと目を覚ますとジーク様が起きていたのでお乳を飲ましておしめを換えるとスヤスヤ寝始めたそうです。
手の掛からないと言えばそうなのですが普通の赤ちゃんではありえません。
そして、また異変がおきました。
ジーク様がお乳を飲むときマリー様の乳首を弄び始めたのです。
マリー様が思わずなまめかしい声で「あん♡」ともだえると満足そうに「チュウチュウ」と一生懸命食事を始めるのです。
目つきも、舌の動きもとにかくエッチィのです。
側で見ている私も顔は真っ赤です。
なんだかムラムラします。
「もうジーク様の変態」と叫びたいのですが赤ん坊に浴びせる言葉ではありません。
「ジーク様に触ると妊娠させられるのでは…」と後輩のニーナなどは脅えておりました。
私もちょっと思っていたことは内緒です。
◇◇◇
ジーク様の奇行が続く中、ある日寝室で『バッキッ』と大きな音がしました。
寝室に入ると奥様がジーク様を普通にあやしています。しかし赤ちゃん用ベッドの柵がグチャグチャに砕かれているのです。
ニーナとメリザ様もやってきました。
「若奥様何があったのですか?」思わず奥様に詰め寄ってしまいます。
「あらあら、大きな音で目が覚めたらジークが元気に手を振ってたから…ジークがやったのかしらね?大きな魔力も感じたし?」
待ってください奥様!大きな魔力を感じた?それってジーク様が魔力でベッドの手すりを吹っ飛ばしたってことですか?
メイド三人の目が点になっている。うんわかりますみなさんそうなりますよね。
そして、三人一緒にジトーとした目で元凶のジーク様を睨むと唇を尖らせて白々しく目を逸らしています。
『ギルティー!』みんなの心の声がそろいました!
みんながっくり肩を落として疲れています。
とにかく壊れた木片を黙々と集めて部屋を出ることにしました。
寝室を出るときにジーク様を見るとホントに可愛い笑顔で神秘的な瞳を輝かせているのです。それを見て初めてホッコリした気持ちになりました。
なんだかジーク様を変に怖がっていた自分がバカバカしくなってしまいました。
◇◇◇
夕暮れ時、部屋の中が暗くなって来たので燭台に明かりを灯して回ります。
王都の上級貴族様なんかは明かりの魔道具を使われる家もあるそうですが、ここでは蝋燭に炎を灯しています。
今日は私の当番なので人のいる部屋に明かりを灯して回りました。
ジーク様が寝ている寝室に入りジーク様を見ると、一生懸命手足をバタつかせています。
いつも思うのですが、どうして手足をバタつかせているのでしょう?まさか運動を意図的にやってるわけではありませんよね?
「ジークさま、明かりを灯しますね」と話しかけて燭台のそばに行き、初級の生活魔法を使って蝋燭に火を灯しました。
一応メイド学校で生活魔法とか簡単な魔法は習っているのでこれ位は簡単にできます。
「ヒャッフー」
後ろで大きな声が聞こえ、ビックっとして飛び跳ねてしまいました。
後ろを見ると神秘的な瞳をキラキラさせてかわいい顔をしながらこっちを見ているジーク様がいます。
ジーク様の目は蝋燭と私を交互に見比べているのです。
私のことを脅かそうとした?それとも魔法が珍しくて喜んでいる?
キラキラ目を輝かせているのはかわいいんだけど、驚かされたのは恥ずかしいし、悔しいし…
何とも言えない変な気持で睨みつけて釘を刺しておきます。
「もう、脅かさないでくださいよ!」
すると急にジーク様がゴロンゴロン転がり回り始めました。
生まれたばっかで、なんで寝返りうてるのよ?まだまだ先でしょう?
パニックになりかけますが、とにかく奥様に知らせなきゃぁー
「若奥様、ジークさまが寝返りして転がり回ってます。」
と言いながら奥様のもとに飛んで行き報告します。
相変わらずこっちを見てゴロンゴロンして笑っているジーク様。
「あらあら、ジークが寝返りしたの!早すぎるわ!もしかして天才かしら!!うふふ。」
それを見て興奮して喜んでいる奥様に心の中で『天才じゃなくて変態でしょう?』と突っ込んだのは、私だけのひ・み・つ!
その後も色々とジーク様はやらかすのだけど、よく見ているとかなり周りに気を使っているし、神秘的でキラキラ輝いた瞳はかわいいので基本的に許しています。
生まれた時に見せた、悲しげな死んだ魚の目は心配なのだけれど、あれ以来見せていません。
とにかく、今日も優しいミュラー家の皆様に、ご奉仕するのが私のお仕事なので今日も一日頑張ります!
読んでくださってありがとうございます。