44 この異世界の片隅で
翌朝、日の出前から目が覚めたので部屋を出ようとしたらママンに捕まった。
出歩くのならついて行くと言われたので城壁の上に連れて行ってもらう。
街の外の少し離れた所に土魔法で大きな穴を何箇所か掘っておいた。
どの途今日は夕方までする事も無いので少しぐらい魔力を使ってもいいだろうと思ったのだ。
それを見ていたママンは少し呆れていたが、黙って頭を撫でてくれた。
領主館に着くと夜が明けた頃で皆が起き始めていた。
部屋に戻ってママンにお乳を貰って食堂に行きママンと一緒にご飯も食べて出発する。
暗殺部隊が居るとすれば、国王直轄領に入る前なので今夜宿泊予定の宿場町になるはずである。
もしかすると盗賊に扮して途中の村に潜伏している可能性もあるので注意は必要だ。
とにかく午前中は襲撃もないだろうと思い、魔力操作の練習をしてお昼寝をした。
◇◇◇
昼食時に危険な場所を相談し、注意しながら進むことになる。
ちなみに、俺が昼寝をしてる間にCランク以下の魔物に何回か遭遇したがサクッと倒したらしい。
昼食後、出発して小一時間したころ森の中に隠れている人を発見した。
距離は八百メートル先で近くに小さな村がある。
団長に知らせるとヤーコプとイリスが偵察に行く。
三十分もしないうちにイリスが戻ってきて捕まえた見張りの所へ連れて行く。
手足の指を潰され縄で縛られた見張りを見ると、ヤーコプは大分拷問したようだ。この世界にはまだ人権と言う概念はないようだ。
近くの村に七十人近くで潜んでいるらしい。
潜伏場所が分かったので村に行くことにする。
どうも、団長達前衛職と斥候役で村を襲撃するみたいだ。
相手が七十人近くてもお構いなしみたいだ。
村に近づいたらスリープの魔法を団長に許可を貰って使ってみる。
『麗しき闇の精霊よ…我が命に従え、彼の者たちに甘美なる眠りのベールを…スリープ』
敵の四分の三が眠りこけた。
団長達が突入する。
十分後、完全に制圧したようだ。
村の中に入ると死体が転がっていた。
ぶち撒かれた内臓を見た瞬間耐えがたい悪寒と吐き気が襲い、ゲーゲー吐いてしまった。
久しぶりに胃酸が酸っぱい。
そして、家の中に転がった死体と大量の血に、気が遠くなりフラフラする。
魔物の血とか内臓は見慣れているのに…
人の物だと思うと体が自然に反応している。
俺ってやっぱりチキン野郎なのだろうか?
そんな俺の反応を見て周りの皆がニヤニヤしたり、ホッとしたり、意外そうにしたり様々な反応をしている。
ママンは優しく俺を抱っこして、背中をトントンしてくれる。
ママンをギュッとしてしまった。
全員で村の中を確認し、安全を確かめる。
再度集まった時に情報交換をすると、キュプナー子爵の箱馬車と夫妻の死体が見つかったそうだ。
親玉らしき奴を尋問?拷問?するとガイエス辺境伯の旦那に命令されたらしい。
三人程生かして後は全員殺したそうだ。
「生かして放置して逃げられたら後が厄介だ。」ということらしいが、なんだかこの世界のありようを見て空恐ろしくなった。
命の価値の薄さに戦慄を覚えたのだが慣れるしかないのだろうか?
そんなことを考えていると出発になった。
次の宿場町まで馬を歩ませる。
捕虜を乗せた馬車は危険と言うことで急遽馬車に乗る者が代えられた。
今はモースとアストが馬車に乗っている。
◇◇◇
馬に揺られて夕暮れ前に宿場町に到着した。
宿を取って夕食を食べ直ぐに眠った。
団長達は念のため交代で見張りに着くらしい。
「今夜は襲撃があるのだろうか?」とか「今日の殺した賊の死体」のことを考えると怖くて眠れないんじゃないかと思っていたがあっという間に眠りこけた。
意外に俺の神経は図太くなっているみたいだ。前世なら一睡もできなかっただろう。
夜中にふと目が覚める。なんだか気になって宿の周りを索敵すると、二十人から三十人の人が宿を取り囲んでいる。
父さんを起こそうとするともう起きていた。きっちり装備を着けている。
今の父さんはかっこいいと思う。
俺は外の連中が押し入ろうとした瞬間にスリプルを発動する。
あっという間に四分の一に戦力を低下させた敵は、待ち構えていたパーティメンバーに殺されるか取り押さえられるかされた。
慌てて起きた宿の主人が官吏を呼びに行く。
官吏が来るまでは尋問タイムだ。
吐かせた結果は官吏までグルだと言うこと。
慌てて荷物を纏めて町を後にする。
当たり前だが賊は全員殺した。眠らせた者もだ。
なんだか自分たちが賊になった気分になる。
町を出る時、十五名ぐらいの民兵に捕まった。
いきなり武器を持って攻撃してくる。
初めて人同士の殺し合いを見た。
容赦なく剣を振るい相手を殺していく、団長や祖父ちゃんや父さんやオットーが怖かった。
ノーラ姉もヴィアさんもモースもアストもためらいがない。
俺はママンに抱きついて只々涙を流して震えながらしがみ付いていた。
ただ、目は逸らさずに涙で滲んだ血飛沫を見つめていた。
いつかは浴びるかもしれない人の血飛沫を…
明日浴びるかもしれない人の血飛沫を…
いつ流すかもしれない自分と家族の血飛沫を思って…
いつの間にか気を失っていた。
◇◇◇
目覚めたのは翌朝になってからだ。
全員が俺の方を、首を傾げながら見つめている。
ママンが食べさせてくれる朝ごはんを、首を振って食べないからだ。
お乳も今朝は吸ってない。
食欲がないのだ。
よっぽど昨夜のことがショックだったのだろう。
自分のことながら良く分っていない。
朝食が終わったら出発することになった。
◇◇◇
朝食を食べながらモース達冒険者は、取り留めのない話をしていた。
イリス:「ねえねえ、キュプフェルト出てからジーク君元気ないね。」
ピルネ:「今朝、食事取ってない。」
エルザ:「大分きてるわね?」
アスト:「何が来てるんだ?」
エルザ:「あぁこれだから脳筋は!ジークが精神的に参っているってこと。」
アスト:「馬鹿なあのジークがそんな玉かよ!」
ピルネ:「吐いてた!震えてた!泣いてた!最後気絶した!」
イスト:「嘘!そんなことあったの?」
エルザ:「賊の潜んでいた村を討伐した時に、死んで内臓ぶち撒けた死体を見て吐いていたよ。あと昨夜の民兵との殺し合いしているときに、マリーさんに抱きついてブルブル震えて、涙ぼろぼろ零しながら必死で見ていたよ。そして気絶したの。」
モース:「坊主でも人死には堪えたか?特に人同士の殺し合いは初めてだったのか?」
ピルネ:「ジーク、人死に嫌がる!」
イリス:「そういや。団長が「賊の奴ら皆殺しにしろ。」って言った時、ものすごく嫌そうに何か言いたそうにしていたよ。」
アスト:「やっぱり甘ちゃんなわけだ!」
エルザ:「あのねアスト!甘ちゃんとかいう前にジークはまだ赤ん坊なの!」
アスト:「でもよぉ。この世界じゃそんなの何処でもあることだぜ!今更な話だけどよぉ。油断したら寝首掻かれるのは自分の方なんだぜ。」
エルザ:「そうなのよね。悲しいけど、この世界の片隅でいつも繰り返されるありふれたことなのよね。」
イリス:「そうなんだけど、そこまではまだ飲みこめないってことじゃないの?少し安心したよ!敵や賊とはいえ冷たい目で淡々と人が死ぬのを見ているのなんてジーク君らしくないよ!」
モース:「イリスは坊主に大分入れ込んじまっているなぁ。気持ちは判るがな。」
エルザ:「イリス大丈夫よ!いつもマリー様がついているから。王都に帰ればメリザさんもいるし…」
イリス:「それはそれで、寂しいんだよなぁ~」
エルザ:「………」
読んでくださってありがとうございます。
評価、ブックマークいただけると嬉しいです。




