5 教えってアンジェリーゼ先生
リーゼ姉さんが午前のお勉強を終えると、復習もかねてユリウス兄さんや、ビアンカ姉さんに話して聞かせている。
どういうわけは俺のベッドまで来て俺を囲んでお話会を開いてくれるのだ。
「この村はね、ルンベルク王国の西南の果てにあってね、北と東をとても大きな山々に囲まれているの。西と南はね魔物の森に囲まれていてね。山にも森にも魔物がいるから子供だけで村の外には決して出てはいけないのよ。」
リーゼ姉さんが話して聞かせると、ユリウス兄さんがすくっと立ち上がり。
「この僕がすべての魔物を倒して、みんなが住みよい村にしてやるさ!」と大口をたたく。
「あたちも、まものたおすの!」とそれに負けないとビアンカ姉さんが続く。
「あらあら、二人とも勇ましいわね!しっかり剣の修行をして大きくなったらみんなを守ってね!」
とリーゼ姉さんは優しい笑顔で話をまとめた。
シュタート男爵領はルンベルク王国の西南の辺境にあり、北と東を峻険な山々に、西と南を魔物の森に囲まれた開拓地である。
◇◇◇
今日のリーゼ先生のお話は
「だいたい百年前に帝国と大きな戦争をしたの。その時に敵の騎士を百人以上倒した古いお爺様がいてね、百人斬と言う二つ名をもらったの。そして褒美として男爵の爵位をもらい。南西辺境のこの村を開墾するように女王様に申し付かって、苦労の末に無事村を作ることができたの。始めは四十人で入植されたそうだけど、今の大きさまでにするなんてご苦労も多かったことでしょう。ですから私たちも精いっぱい領地を豊かにできるように努力しなければいけないの!」
リーゼ姉さんが話してきかす。
「ぼくも騎士団に入って敵を百人倒して百人斬の二つ名を貰うんだ!」ユリウス兄さんは喚いている。
「がんばるの!」ビアンカ姉さんは何をがんばるんだろうか?微笑ましい。
広大な未開地をあたえられ、開拓することができれば伯爵にもなれるそうだ。
ただ、交通の便があまりにも悪く、さらに広大な魔の森が広がっているために、開拓が遅々として進まない。
◇◇◇
リーゼ先生がまた話してくれる。
「曾お婆様が領主の時に、ケルナー辺境伯の旦那様が開発を手伝てくださるとおっしゃって、南の魔の森に兵隊千人で探索に行かれたの。内の領内からも六十人が道案内で同行したらしいの。でも帰ってきたのは内の従士三十人だけで他は全滅したようなの。何とか帰還した人の話では、大きなドラゴンに皆やられたって話なの。それ以来南の魔の森は竜の森と言うそうよ」
「ドラゴンを倒して『ドラゴンスレイヤー』の二つ名ゲットだぜ!」うんユリウス兄さんだ。
「わたしもわたしも」うん、ビアンカ姉さんだ。
曾祖母の代に寄り親である当時のケルナー辺境伯の旦那がごり押しして、辺境伯軍千人の大部隊で南の魔の森を探索したことがある。
残念ながら探索隊は全滅に終わり辺境伯軍に同行した辺境伯の旦那も含め一兵も帰ることはなかった。
その時、シュタート男爵領からも道案内の名目で六十人の従士隊が派遣されたのだが魔の森への深入りを避けたため犠牲者は半数の三十人だった。
しかし、労働人口の一割であり、種馬の男ばかりの損失である。村に与えた影響は計り知れない。
さらに不安定になった魔の森から魔物が現れ、討伐するのに住民総出でかかりきりになった。
本当に村の存続の危機まで追い込まれたのである。
責任を感じた辺境伯は賠償として幾何かの賠償金と被害者への見舞金を支払ってくれた。
さらにケルンブルクで購入する塩の価格は原価にて据え置き。
あと年に二回ほどケルナー辺境伯の依頼で冒険者による魔物討伐と調査も行われる様になった。
十分すぎる支援に感激してシュタート男爵家はケルナー辺境伯にゾッコンLOVEらしい。
父さん談なので…
シュタート男爵領内の自然は豊かで気候も一年を通して温暖である。
また非常に豊かな土地だ。
そんな土地だから他の貴族から色々とちょっかいを掛けられる。
その中でもっとも期待されているのが、南西航路の中継地としての港づくりだ。
シュタート男爵領の南と西の魔の森を超えると海にたどり着くと言われている。
海側からシュタート男爵領の開発を行なおうと、王国や一部の貴族から意見が上がったが沿岸部から上陸もできていないので頓挫している。
この世界では海路は海棲の魔物により遠洋航路は未開である。
また、王国の西と南には港はあるが、大型の魔物を避け沿岸部を通り、王国や一部の上流貴族が帝国や共和国と交易を行っている。
ただし、西南の航路は、何度か王国や上位貴族が、調査隊・遠征隊を組織しているがすべて失敗に終わり、沿岸航路も発見されていない。
特に王国の南に位置するガイエス辺境伯は、港を使った交易の旨みを知っているせいか、陰でこそこそ動いているそうだ。
ママンとメリザ姉さんの秘密のおしゃべりだから…
◇◇◇
リーゼ先生の話は続く。
「竜の森を超えると海に出ると言われているわ。そこに港ができると色んな所と取引出来て裕福になるらしいの。でもね、魔の森までは大分距離もあるし、この村の周りは獣も多くて狩りをすればお肉もたくさん食べられる。薬草や、木の実もいっぱいあるの。焦らず開墾していけばいいのですの。」
「ふーん、そんなもんか?」ちょっと納得していないユリウス兄さん。
「わかったの!」ビアンカ姉さんは素直だ。
魔の森までは数十キロに亘る緩衝領域があるため、村の近くは比較的普通の獣の生息地になる。熊、オオカミ、猪、鹿、野兎、野鳥etc。
また、薬草、木の実、山菜、果実なども自生し、豊かな生態系を持っている。
そのため村には自然の恵みが豊富にもたらされ、贅沢をしなければのんびりとしたスローライフを送れるのだ。
ただ、魔の森から魔物がしばしば現れては討伐隊を編成し対処しているため、防衛手段として自警団が組織されている。
命の危険はついて回るのだが、それでもこの世界は大なり小なり物騒なことがあり、辺境の田舎としては敵対国家に隣接していないだけ十分に平和な農村なのだ。
こんな調子で、リーゼ姉さんが色々話してくれるので状況がよくわかって非常に助かっている。
『やっぱりリーゼ姉さんは天使だね!』といつも感心してしまう。
ママンは執務に俺を連れて行ってくれるし、リーゼ姉さんも勉強したことを話してくれるので、聞き耳を立てていればそれなりに情報を得られ、言葉も覚えられる。
しかし、魔法の話は全然出てこない。魔法を詳しく学べないことが残念だ。
生まれてまだ二カ月経ってないくらいなのだし、しっかり体を動かしハイハイできるようになってから頑張るとするとしよう。
読んでくださってありがとうございます。
前半の領内運営会議を削除しました。