43 酒場アバンチー
目が覚めると団長さん達は街の外で魔物を蹴散らしていた。
エルザとピルネの二人の魔法使いは怪我をした領兵の治療をしている。
そんなに被害は多くないが魔物の数が多いのでそれなりに死傷者も出ているようだ。
北門と南門から魔物を追い立てているせいか西門を攻撃している魔物が多い。
ママンに抱っこしてもらって西門に行ってインフェルノで魔物を燃やす。門の前でトルネードを使うことも忘れない。
ママンもウォーターを使って爆風をまき散らしている。
西門を一掃したころ、騎兵が一度引き上げてきたので顔を見せた。
団長がやってきて勝手なことをするなと怒られた。
さらに自重しろとも言われたので「はーい」と生返事をしておいた。
東門は粗方片付いたので、休憩を入れたら今度は西門から出るそうだ。頑張ってほしい。
怪我人の治療でもしようかと思ってエルザ達の所に行ったら大人しくしていろと追い返された。
取り敢えずもう一度城壁の上に登って街の外の様子を見ると、ゴブリンやコボルドなどの弱い魔物が草原や森に向かって逃げている。
兵士は残っている魔物を倒しているが、冒険者達や街の住人らしき人達が魔石や魔物の素材の回収を行なっている。
領主もいないので好き勝手し、やりたい放題なのだろう。
なんだか馬鹿らしくなり、領主館で魔法の本を読むことにした。
三時過ぎには殆ど魔物はいなくなり、魔石や素材を回収する者がほとんどになった。
領兵は魔物の死骸を埋めるための穴掘りを始めていた。
血の臭いを嗅いで新しい魔物がやってくるのでこの作業が一番大変そうだ。
とにかく明日出発するのでヤーコプさんやオットー、モース達は忙しそうに準備をしていた。
夕食も特に変わりなく終わりのんびり過ごして、その夜は眠りに着いた。
◇◇◇
キュプフェルトの酒場アバンチー。
昨日まではお通夜みたいに黙々と酒を煽るか。くだを巻いて喧嘩してる連中がいるか。どちらにせよ禄でもない雰囲気だった。
今日は浮かれた笑い声が聞こえ、倒した魔物の自慢をする者、素材の売値を皮算用して浮かれているもの。うって変わってお祭り騒ぎである。
酒場の主人も物資がない中どっから手に入れて来たか分らない安酒と出所の解っている肉料理を冒険者に振る舞っていた。
もちろん有料で、相場より高い値段でだ。
「はーい、ジェイク。いつもの」「教授、畏まりました。」バーテンのジェイクがいつものエールをジョッキに入れて持ってきてくれた。
そんな中ケルンブルグ所属の五人組み冒険者がテーブルを囲んで何か話している。
面白そうな話をしているみたいなので近くに行って聞き耳を…
「カラン、カラン…」何故だかグラスを転がる氷の音が響いた。
エリザ:「イリス、ピルネ、今日の首狩り見たでしょ?」
ピルネ:「呆然自失!」
イリス:「すごかったわね!ってその一匹私が狩ったんだけど!」
モース:「そんなすごかったのか?」
イリス:「ジーク君が触っているだけで、ヤーコプさんと私が五百メートル先の魔物の頭部に一発で普通の矢を貫通さすんだよ!解る?どんなにすごい神業か!」
アスト:「分らん。すごいことは分るが想像が出来ん!」
ピルネ:「その後、煉獄地獄。鬼の所業。」
アスト:「ピルネいつもより言葉が多いじゃねーか?」
ピルネ:「ん!煉獄地獄からのエクスプロージョン。鬼畜!」
エリザ:「通訳するとインフェルノからさらにエクスプロ―ジョンを発動さすなんて魔王でもない限り無理って事!」
モース:「それを坊主は易々とやっているってか?」
エルザ:「実際にはエクスプロージョン使っているのは私達なんだけど…」
アスト:「そりゃあーすげーじゃないか!おめーらも大魔道士様ってことだ!」
ピルネ:「否、初級魔法使いで可」
アスト:「なに?どういうことだ?」
エルザ:「あのね。インフェルノさえ発動させればウォーターの魔力操作がきちんとできればエクスプロージョンを発動させられるの!こんな運用の仕方始めてよ!」
モース:「マジかよ!そんなにすごいことしていたのか?頭痛くなるな。」
エルザ:「絶対よそに漏らしちゃ駄目よ!戦争の人死にの桁が変わっちゃう。」
アスト:「おめーらもインフェルノ?だっけ、使えるのか?」
エルザ:「ちょっと無理ね。炎系の魔法を使いまくれば、使えるようになるかもだけど魔力量が足りないわ。」
ピリス:「煉獄地獄は無理。トルネードは打てた!あの方法使って!」
エルザ:「えっトルネード打てたの?あの方法ってまさか魔石握りこむやつ?」
ピリス:「ん!」
アスト:「何わかんねーこと言ってんだぁ!俺にも詳しく説明しろ!」
イリス:「あのね。ジーク君が魔石欲しがっていたでしょう?」
アスト:「あ~町に入る時から魔石欲しがっていたな。」
イスト:「あれね、手に魔石を握りこんで魔力を魔石から補充していたんだ!」
モース:「そんな事できるのか?」
ピリス:「可能!コツがいるが実践済み」
アスト:「魔石握りこんでトルネード打ったのか?」
ピリス:「正解!」
エルザ:「何てことしてんのよ!これも他言無用よ!」
エルザ:「ピリス!今私たちがどういう立場にいるか知っている?」
ピリス:「ん?」
イリス:「エルザとピリスとマリー様三人でインフェルノを使って魔物を殲滅したことになっているんだよ!」
ピリス:「ほぎゃ!馬鹿な!全てジークが――」
イリス:「普通の人は赤ん坊が魔法使うなんて信じない!」
ピリス:「うぎゃーはめられた!」
エルザ:「ピリス、私達多分有名人よ!覚悟しなさい!」
ピリス:「―――」
アスト:「今日の団長さんすごかったな!」
モース:「鬼気迫る勢いで魔物を蹴散らしていた。」
イスト:「それもジーク君のせいだって。ヤーコプさん言ってた。」
モース:「あ~やっぱ坊主がらみか。」
イスト:「ヤーコプさんの話じゃね。オーガキングは団長自らが騎兵百率いて倒すつもりだったんだって。それを領軍と作戦会議している間にジーク君が首狩りやっちゃって…」
アスト:「自分の獲物取られたんじゃー団長も納得いかんわなぁ」
イリス:「でもね、手柄立てたの、ヤーコプさんだよ!オーガキングとオークキング射倒したの。ハイ・コボルドは私だし、ゴブリンキングはマリー様。すごく配慮された倒し方だと思わない?」
モース:「そこなんだよ!全部ジークの段取りで被害も少なく最大の戦果を挙げているんだ。馬鹿なお偉いさんだとこの戦果が自分のお蔭だと勘違いして偉そうになるんだが…」
エルザ:「団長さんはジークのお膳立てに、戦果を譲られたみたいで悔しいのね。プライドを傷つけられたみたいで…」
モース:「それも生まれて半年の赤ん坊にだ!魔物にでも当たんないとやってらんねーわな。」
エルザ:「騎士って、男って面倒臭いわね。」
ピルネ:「ジーク元気なかった。」
エルザ:「怪我人の治療の応援に来たときね。」
モース:「珍しいな坊主が元気ないなんて…」
エルザ:「折角ね、怪我人の治療に来てくれたんだけど、私が追い返しちゃったのよ。流石にさ、人の目があり過ぎるからね…ジークが治療すれば助かった人もいるかもしれないけど…」
モース:「そうだな。しかたねえな。ジークが治療しているのが知られたらどんな騒ぎになったか、想像するだけで恐ろしいや。」
イスト:「それにね。夕方、ジーク君が城壁から外の様子見ていたんだけど、我先に魔物の素材に群がる冒険者や街の住人見てね、悲しそうな顔していたんだ。」
アスト:「必死で救った街の奴らが欲に塗れているのは、見たくねーってか?」
モース:「なんでも見えちまう坊主だからな!その上救えねえほどお人好しだ。」
イスト:「そうなんだよぉーバイソン戦でも最悪自分がバイソンに食べられること想定してたんだよ!」
アスト:「あの状況を最初から想定してたって?そんな馬鹿なことあるかよ!」
イスト:「バイソンの口の中から助けた時の装備ね。私がジーク君に頼まれた装備ばかりだよ!多分あれがなければジーク君死んでたね。あっても危なかったけど…」
モース:「マジかよ!そこまで考えてんのかよ!あの坊主は!危なっかしいなぁ。自分の命、簡単に掛け過ぎだろう?」
イスト:「そうなのよぉ。家族や仲間守るためとはいえ、危なっかしくて…」
アスト:「私が守ってあげないと、ってかイリス?」
イリス:「何茶化してんのよ!潰すわよ!」
アスト:「なーに赤くなってんだよぉ。イリスちゃんにも春が来たかい?」
イリス:「キーぶっ殺す!」
エルザ:「アスト。いい加減にしなさい!イリスも。とにかく私たちのリーダーは人一倍お人好しだから危なっかしいの!私たちはあの子に守られているけど、きちっと守ってあげましょう。色んなものから。特に人の悪意とかね。」
モース:「エルザもいい加減甘ちゃんだが言っていることはその通りだ。明日以降は特に対人戦があるかもしんねぇ。特に気を使うからな。お互い注意しようぜ!」
「そうだな」「「そうだね」」「ん!」
大変面白いお話が伺えましたね。領主代行の立場としましては無事に王都に帰還して貰わなければ困るのですが…
いやはやどうなることやら…
それでは私も次の店に向かいますかね。
「それじゃジェイク」「いってらっしゃいませ。」
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