39 ブラックバイソン 後編
皆の叫びが聞こえる中アストは必死に飛び上がり何とか全身を締め付けられるのは回避した。
一瞬俺を助けようと身構えた分、反応が遅くなり左足が潰されてしまっている。
欠損はしていないが一刻も早く手当てが必要な状態だ。
ズリズリとノーラ姉さんとエリザに引きずられ馬車の所まで引くみたいだ。
俺?俺はというと締め付けられる前にイリスに貰った苦無をそばにあった木の枝に投げつけ紐を手繰って木の上に退避した。
締め付けと同時に木の幹は砕かれ、木が倒れたはずみに地面に投げ出されコロコロ転がっているところをオットーに抱き上げられた。
「ママーン、大丈夫!」
大声で叫ぶと戦いのさなかに泣き崩れたママンが飛び跳ねてこちらに向かってくる。
油断したとは思わないがブラックバイソンにやられてしまった。
攻撃をよける時にエアサンダーを解除してしまったのだ。
せっかく奴の鱗で切れ味が上がってきたのにまた始めからやり直しだ。
悔しさが込み上がる。
ブラックバイソンは蜷局を巻いて牙を剝いてシャァ――と威嚇しながら様子を窺っている。
前衛の団長と父さんと祖父ちゃんが牽制しながら何とか切り込もうとするが頭をもたげて噛みついてくる。
そうしているとママンが側に来て俺を抱きしめる。
俺を庇った時にダメージを受けたみたいで頭から血を流している。
治癒魔法を使ってママンの治療をしているとまた後衛に向けて飛びつき攻撃を仕掛けてきた。
今度は後衛も大分距離を取っているので十分回避できる。
着地後の隙をついて前衛が切りつけに行くが取り囲まれるのを警戒して深追いが出来ない。
じりじりと時間が過ぎていく。
ママンの傷を治療し、抱きしめられる力が緩むのを待ってママンにお願いする。
「ママン後ろに下がって…」
イヤイヤと首を振って抗議するママン。
「ママンは領主なんだから…」
それでもイヤイヤをするママン。
どっちが子供なんだか。と思いながらしかたないので側にいてもらうことにする。
「ママン、下ろして攻撃が出来ない。」そう言って強引に地面に立つ。
今ほど思うように動けない小さな体が憎らしい。
「まっ仕方がないんだけどね!」
自分に言い聞かせるように呟いてオットーの側に行きちょいちょいと手招きする。
顔を近づけてきたオットーに囁く。
「何かあったら絶対にママンを庇うように、俺じゃなく、ママンね!」
オットーも解っているようにコクリと頷いた。
さて第二ラウンドと行きましょうか!バイソンちゃん。
不敵に笑って奴を睨みつけエアサンダーを発動する当然その辺に散らばっている奴の鱗も回収する。
こういう時に錬金術って便利がいいらしい。物質の分離、分解、合成、再構築を、魔力を使って行えるらしいのだ。本は読んだけど材料や、器具がなくて、手を出していない。
自分の未熟さが嘆かわしい。まだ赤ん坊なんだけど…
エアサンダーを発動するとブラックバイソンの動きに変化が出た。
明らかに何かを探している。そしてこちらを見つける。奴と目があった。
キシャ――キシャキシャァ――――いつもより長い威嚇音
奴にエアーサンダーをお見舞いする。首元じゃなく胴体にだ。
鱗を砕いて補充を優先する。
奴も身を捻って避ける。素早い動きで森を這いずり廻り機動力を生かし始める。
すごく厄介だ。胴がズリズリ動いて頭が何処かわからない。
モースとオットーが盾を構え、イリスとヤーコプが身軽さを使って木の上から頭の位置を知らせている。
エアーサンダーで胴を斬り付け、鱗の破片を吸収して切れ味をあげてゆく。
キシャ――奴の頭が後ろから飛んできた。
モースとオットーが盾を構える。
俺はエアーサンダーで奴が開けた大口を真っ二つに刻みにゆく。
キュイィィ―――ン
一秒か二秒か?バイソンとエアーサンダーが拮抗する。
魔法が霧散し、バイソンの頭が飛び出した。
大きな牙と口が俺に向かって迫ってくる。
モースとオットーが盾で防ごうとするがかなわない。
ママンが抱きついて庇おうとする。
しかしオットーがそれを許さない。ママンを庇って退避するオットー
「ジィークゥ―」ママンの叫びが遠くに聞こえる。
体をプロテクトで覆う。ついでにエアシールドも使う。
ゆっくりバイソンの口が迫る。牙が迫る。飛んで躱そうとしたところをバックん。
俺はバイソンに食われてしまった。
◇◇◇
「ジークゥ―――」マリーの絶叫が木霊する。
今まで冷静に立ち回っていたカールが大剣を振りかぶりバイソン目掛け突進する。
騎士団長も剣を半身に構え疾走し、体ごとぶち当たる様に大剣を真っ直ぐバイソンに突き立てる。
切っ先が二十センチほど突き立つがそれ以上奥に進まない。
カールの大剣がバイソンの傷を負った頭に炸裂するが首を振って逆にカールが弾き飛ばされる。
ヴィアの槍が目を穿とうとするが首を振られて弾き飛ばされる。
マリーの放つ氷の槍がバイソンを穿とうとするが雨にでも当たる様にうっとうしそうに頭を振るだけだ。
最大の敵を飲みこんで消化するために口を閉じたままゆっくりと移動するブラックバイソン。
鎌首を擡げ威嚇音を発し、牙を剝いていた姿がうそのようだ。
しかし、しばらくすると尻尾を豪快に振り回し始める。
執拗に武器を突き立てるオイゲンに、団長に、カールに、ヴィアに、ヤーコプに、ノーラに、イリス。
バイソンはうっとうしそうにし尻尾をビタンビタンと叩きつける。
寸でのところをオットー達盾役が受け流す。
魔道士たちは自分の得意な魔法で飽和攻撃している。氷の槍が降り注ぎ、風の刃がブラックバイソンを切り刻もうとする。
それに抗うように首を、頭を振っりまわすバイソン。
暫くそんな状況が続いていたかと思うと急にバイソンの胴がうねり、捻じれぐねぐねとのたうち回り始める。
体を球状に丸め絡まって防御行動を取ろうとする。
不意に頭をもたげるとそこから全身に稲妻が走り、焦げた匂いがして頭は動かなくなった。
それに反して尻尾や胴はビタンビタンと動き回る。
何が起こっているかも分らないまま一同は攻撃を続け、腹を突き刺し、魔法を叩き込んでダメージを与えていく。
十分もした頃だろうかやっとブラックバイソンの体が動かなくなる。
ところどころの筋肉が痙攣しているが男達一同は腹のあたりに集まる。
カールが大剣を腹に突き立て必死で腹を裂こうとする。
団長も、オイゲンも交代で分厚い腹に剣を突き立て徐々に腹を引き裂き内臓を抜き出す。胃と思しき袋が出てきた。
蛇は口に入れたものは飲みこんでゆっくりと消化してゆく牙で即死さえしていなければ腹の中でジークが生きているかもしれないのだ。
男たちが必死で腹を裂いている時、イリスはマリーとノーラとヴィアを伴って大きなブラックバイソンの口をこじ開けようとしていた。槍をねじ込んで、その隙間から魔法を発動させ氷旬や石筍を口の中で作って口をこじ開けていく。
こじ開けられた口の中には、焼け焦げた口腔とチロチロと鬱陶しかった舌が斬られた痕、上顎には刺さった短剣がねじ込まれ、何かで穿たれた穴が無数に開いている。歯茎に突き刺さった二本の苦無が残っていた。
イリスがジークに渡した装備だ。
苦無には紐が取り付けられており、その紐を手繰り寄せると喉の奥から焼け焦げた
布の包みが出てきた。
必死で布を剥ぎ取るマリー「ジーク、ジーク」と呼びかけながら涙が零れ落ち目が血走っている。
そして布を剥ぎ取るとにっこり微笑んでいるジークの顔が出てきた。
「ジィークゥー」と泣きながら抱きしめようとするマリーをノーラとヴィアが押さえつけ、エリザがジークの状態を診断する。
呼吸はあり、心臓も動いている。全身に火傷の跡はあるが致命傷ではない。
多分魔力枯渇により意識を失っているだけだろうと診断される。
ジークを抱きしめ泣き崩れるマリーその二人を強く抱きしめるカール。
オイゲンやノーラの目にも涙がにじんでいる。
激闘にへたり込むもの、治療に忙しなく動くもの。馬車や馬を取りに行くもの。
とにかくブラックバイソンの亡骸をそばにその日は野営することになるのだった。
ただ、必死でさばいた胃袋が臭くて仕方ないので男たちは必死で腹の中を掃除し魔法使いに水を出してもらい。胃袋の中身を土魔法で掘ってもらった穴の中に埋めるという重労働をしなければいけないのであった。
当然解体の基本の血抜きもするのだが蛇の血は滋養強壮の薬になるので余っていた何個かの樽の中に採取出来るだけ採取したのは冒険者として当たり前のことである。
読んでくださってありがとうございます。




