4 ママンは超武闘派?
俺が朝食の内容を見て内政チートで食生活の向上を心に誓っていたころ、和やかな家族の団欒を送っている食卓では今日の予定が話されていた。
「ねえ、あなた、私も朝食の後久しぶりに体を動かすわ!」ママンが父さんに稽古への参加を告げる。
ミュラー家は食事の後子供たちも一緒に剣の稽古をしている。ママンは産後ということもあり、今日まで稽古は控えていたみたいだ。
「おいおい、体調の方は大丈夫なのかい?まだ、早いのではないかい?」
「大丈夫よ、調子はいいの!あと、早めに体を動かさないと剣も体もなまっちゃうから。」
父さんがママンを心配するが当の本人はどこ吹く風みたいだ。
「軽く剣を振る程度にしといてくれよ」
「あらあら、リーゼやユリウス達の稽古も見たいし、あなたの凛々しい所も久しぶりに見たいのよ。うふふ」
一応釘を刺す父さんに、ママンは子供たちをダシにし、さらに父さんを持ち上げた。
父さんの顔がにやける。
「ビアンカとジークの面倒は、メリザお願いできるかい?」
「畏まりました。旦那様。お二人と一緒に見学いたします。」
すると子供たちがにわかに浮かれ始める。
「久しぶりにお母様に稽古を見てもらえますわ!」
「母上!掛稽古のお相手をお願いします!」
「ママン、ビアンカも素振りするの!!」
リーゼ姉さん、ユリウス兄さん、ビアンカ姉さんが猛アピールし始めた。
朝食後ママンも含めた家族みんなで剣の修練をすることになり。俺とビアンカ姉さんは見学することになった。
俺はきれいで優しいママンが剣を振ることに、違和感を覚え非常に驚いた。
◇◇◇
家族そろって和やかに朝食をとっている間、会話を聞き取り、周りを観察するために普段から目や耳には魔力を纏っている。
そのためにかなり疲労するのだが、使えば使うだけ魔力の総量が増え、緻密な魔力操作もできるようになるみたいなので、暇なときは眠くなるまで夢中で魔力操作を行なっている。
いつもは早々に眠くなるのだが、今日はママンが剣を振るうというのでちょっと休憩をはさみながら会話の聞き取りをした。
◇◇◇
みんな食事が終わったみたいでテーブルを離れ、鍛錬用の服に着替えるために各々の部屋に戻ったり、準備をしに庭先に出て行ったりした。
鍛錬用の服は基本汗をかいてもすぐ着替えられる普段着に、皮の鎧、皮の手甲、皮の帽子などを装着したものでダメージを幾分軽減してくれる。攻撃が当たるとかなり痛いので必死になる。剣は基本重さを調節した木剣を用いる。
メリザは食事の後片付けをしていて、まだ庭にはいかないみたいだ。
その間ビアンカ姉さんはルーデ祖母ちゃんの膝の上に座って、剣を振る真似をしている。
「ばばさま、あたち、けんのおけいこ大好きなの!ちわきにくおどるなの!」
「あら、ビアンカは難しい言葉を知っているのね!」
「まえに、ニーナがいってたの」
「そうなの!ちょっとニーナにお話ししないといけないかしら?」
とんだ流れ弾がニーナに飛んで行ったみたいだ。
そんな会話を俺はベビーカーならぬベビー籠のなかで聞きながら時間をつぶした。
メリザはあっという間に片づけを終わらせて、俺を抱き上げ庭先まで連れて行ってくれた。
ビアンカ姉さんはリーデ祖母ちゃんに手をつないでもらって庭に行くようだ。
庭先につくと鍛錬をする四人が、腕や足の筋を伸ばして体をほぐしていた。
「そろそろ始めるよ!」
カール父さんが声をかけると、
「「「はい」」」
皆は木剣を構え、素振りをはじめた。
袈裟切り、薙ぎ払い、切上げ、突きを組み合わせ色々な型を繰り返す。
たまに父さんやママンが、リーゼ姉さんやユリウス兄さんの手を取って教えている。
いつの間にかビアンカ姉さんも小さな木を持ってきて振り回し始めていた。
三十分ぐらい型稽古を行った後、ママンが呟いた。
「あなた、そろそろ始めましょうか?」
「無理しない程度にね!」
気遣いながら父さんが了承すると、二人は向き合って間合いを取って剣をかまえた。
ママンは鋭い踏み込みで上段から木剣を叩き込む。
父さんは剣で受け流し、あいた胴を剣で払いにゆく。
、
ママンは慌てずかわして間合いを取ったところから、
素早く振り向きざまに踏み込んで、二段突きを放つ。
カン、カン、カン、カン。動作毎に確かめるように剣を合わせていく。
さすが『剣と魔法の異世界貴族』と感心していると、剣速がどんどん加速していく。
いつの間にか二人の姿が目で追え難くなる。
ママンが一瞬にして間合いを詰めて喉元に三段突き。
とうさんが首を捻ってかわす。あっ剣先がかすって首の皮が少し切れた。
慌てた父さん、剣の柄で剣を払い上げ、一気に詰めて鍔迫り合いからママンを吹き飛ばす。
ママンも力ではかなわないので自分で飛んでバランスを崩すことなく着地し剣を正眼に構える。
今度は父さんが上段から必殺の一撃をママン向かって振り下ろす。
必死で剣で受け流そうとするが剣戟が強すぎる。
あわやと思った瞬間剣を捨て身を沈めるママン。
父さんの踏み出した足が地に着く前に足払いを放ち父さんが転倒する。
ママンがマウントポジションを取ろうとするが転がって逃げる父さん。
慌てて剣を拾って構えなおすママン。
その後も、カカカカカッカカッカーン木剣の合わさる音が響きわたる。
ママンが上段から振り下ろした木剣を、父さんが剣で受け止めた。
また、ママンが剣を捨てその勢いで踏み込んで鳩尾に肘を叩き込む。
防具をつけているので効かないはずなのだが父さんが崩れ落ちる。
勝負がついたみたいだ。
うん、緊迫する。正直怖い。武術なんてやったことない俺は固まっていた。
「組打術まで使ってくるとわねぇ。こんなものでいいかい?」父さんが呆れ気味に聞くと
「あらあら、もう少しやってもいいのよ。うふふ」
ママンが物足りなそうに言葉を返す。
あわてて父が言い返す。
「勘弁してくれよぉ~執務で忙しいし、ここで疲れるわけには……」
「そうね!久しぶりにすっきりしたわ」
ママンがにこやかにほほ笑みながら頷く。
凄まじく男前なママンである。惚れ直してしまった。
三人の子供たちはキラキラと目を輝かせながらママン達を見つめていた。
「ユリウス、掛稽古よろしくて?」
「はい、リーゼ姉さん手加減しませんよ!」
「あたちも、けんをあわせるの!」
完全に前のめりに突っ込んでいく子供たち。
「ちょっと、お待ちなさい!」
ルーゼ祖母ちゃんが喝を入れた。
「カールはユリウスを、マリーはリーゼを、私はビアンカを見ることにします。」
さすが年の功、子供同士の稽古は怪我をすると思ったのだろう。大人と子供の掛稽古に切り替えた。
当然父さんもママンも異論はない。
ちょっと伏し目がちにしているのは、二人の世界に入ってしまい、子供の事を考えずに稽古を楽しんだことを反省しているのだろう。
俺は、この後も嬉々として稽古を行う家族を唖然として見守ることしかできなかった。
『まじで、武闘派の家族やだぁ~』
理論派の俺は心の中でつぶやくのだった。
『やっぱり人生はままならない。』
読んでいただいてありがとうございます。
食堂でのオットーとのやり取りを削りママンと父さんの掛稽古を盛りました。