30 緊急家族会議
親父様が帰ってきて大人たちを集めて実家での話を相談することになった。
曰く、第一王女に懸想したガイエス辺境伯の長男が手柄欲しさに魔獣の森に手を出した。
曰く、兵力千人で討伐に向かった結果獣王に潰されその影響で魔物のスタンピートが起こった。
曰く、周辺の被害が甚大で国軍が出兵されることになった。
曰く、軍務卿からの要請でブラディーグリズリーを倒したカールに従軍してほしい。
曰く、女王陛下の意向もあるということ。
女王陛下の意向をチラつかされたら断りようはないが、余にも話が胡散臭い。
噂を使って厄介なことを押し付ける気満々のようにおもわれる。
被害状況も分らなければ、動員規模も不明である。
この状況で相談もへったくれもない。
「とうさんもう一回じいちゃんところに行って詳しく話を聞いて来て。被害状況や出兵時の動員数。指揮権は誰がとるのか?勝利条件というか魔物をどの程度狩るのか?ガキの使いじゃないんだからちゃんとして貰わなきゃ困るよ!」
甲高い声が結構響くなと思いながら次の言葉を続ける。
「どんな情報が必要なのか分らないのなら答えられる人を連れてきて。じいちゃんでもいいし、おじちゃんでもいい。腹割って話せる人ね。そうじゃないとこの話はなかったことにする。女王陛下の意向とか臭わされただけでビビらない!勅命もらってから動けばいいんだよ!」
◇◇◇
おっさん前世の親父を思い出していた。
貧乏な家の三男に生まれ、都会に出稼ぎに行ってお袋と出会った。
じいちゃんが下手こいて金の無心をされて仕送りをし、兄妹が7人もいるのに癌のじいちゃんの面倒見る者がいなく実家に帰って慣れない土木作業員を始める。
じいちゃんの葬式を出した後、結局足場から転落し後遺症を抱え月の半分を寝て過ごすことを何年も続けた。
そんな状態でも盆と正月に親戚を接待しご馳走でもてなし数万円の出費を繰り返し、隣近所の集まりでは祭りのお世話役などを積極的に行っていた。
子供心に優しくて苦しいながらも一生懸命頑張っていた親父を尊敬していた。
苦しい家計を内職で支えていたお袋を尊敬していた。
しかし、成人して実社会に出て見ると家族のことを考えない外面を気にする、単なる偽善者であることに気付く。
結局自分も親父と同じことをしていることに気付き愕然としたことを思い出していた。
◇◇◇
ユリウス兄は父さんを尊敬しているが、現状俺は尊敬できなかった。
このままではやばいと思った。
だから厳しい言葉を続ける。
「あんたシュタート領の男爵さまでしょう?まず領民第一なんだからフラフラするな!しっかり状況を見極めろ!あんたはミュラー家に婿に来てるんだ!最悪、実家を切る覚悟くらいしておけ!」
おっさん前世を思い出してかなり切れてしまっていた。
フンス!フンス!大きく息を吐きながら甲高い声でわめき散らしてしまっていた。
大人たちは目を丸くして何が起こっているのか理解できていない。
怒りにまかせて他の大人に支持を飛ばす。
「オットー!ギルドに行って情報収集。ギルマスとか知り合いじゃないの?魔物の分布図位出来ているだろうからきっちり貰ってくる。」
「セバスとイルマも知り合いの貴族や商人を使って状況を確認。軍が本当に動くのか兵糧や準備品の納入から確認して…」
「メリザはノーラ叔母さんを直ぐに連れて帰ってきて軍の情報がとにかく欲しい。」
「みんな解っている?『魔物討伐に行きました!囮にされました!死にました!』なんて嫌でしょ?」
「ママンは僕に軍部や派閥のこと、貴族達のレクチャーをして。軍務卿やじいちゃん達の立ち位置。街道や地形の詳しく分かる地図があったら出して説明して。状況を書き込んでいくから使えなくなるけど死ぬよりましだからね。」
ママンを見ながら言うと、あっけにとられてコクコクと頷くだけだった。
「軍部とギルドなら地図位持っているだろうから手に入れてきてね。状況書き込んでもらってくれば言質もとれるからね。」親父とオートーを睨みながら言う。
最後に大人全員の顔を一人一人見つめた後叫ぶ。
「あんたら解ってる?俺たちの命もだけど領民の命も掛かってるんだよ!
魔物に襲われ死にかけたのはこないだなんだよ!しっかりしてよ!」
バーン。と机をたたいて怒りを見せつけた。ちょっと手が痛い。
「集合は二時間後の六時ね!時間厳守で!飯食った後作戦会議するからね。ペトラはニーナと一緒に食事の準備。堅パンと野菜スープでいいや!もうここは戦場なんだからね!気合い入れて!」
あっけにとられて唖然としている大人たち。
動く気配が見えないのでもう一度机をたたく。
バンバン。
「時間は有限なんだよ!さっさと動く!解散!」
甲高い声が響くと全員がハッとして正気に戻り何か言いたそうにしながらもママンを残して全員が外に出て行った。
フンス、フンスと怒りが収まらないので全身を使って椅子を降りてトテトテと調理場へ向かいお茶を一杯ペトラに入れてもらう。
「ふーふー」しながら飲むと少し落ち着いたのでママンのもとへ行く。
ママンが心配そうな、困ったような、眉間にしわを寄せて目尻を下げて口を引き結んで泣きそうな表情で俺を見つめる。
「どうしちゃったの?ジーク」
「ごめんなさい。父さんに切れちゃった。」
「見てたら解るけどいつも冷静なジークが…」
「従軍したら囮として使い潰されてみんな死んじゃうよ!」
「ブラッディ―グリズリーを倒したのは父さんじゃないんだ!それを理解しないで突っ込む馬鹿だから…リーゼ姉もユリウス兄もビアンカ姉も父さんのこと尊敬しているんだ。英雄なんだよ?それを裏切るようなことは許さない。みんなが成人するまできっちり生きて責任を果たさせてやる。」
ママンは難しい顔をして
「心配かけさせてごめんなさい。きっちり手綱を握ります。」
そう言ってガックリ肩を落とした。
◇◇◇
ママンに現状を確認すると王国は大きく分けて三派閥に分類される。
北方貴族を中心にした女王派。
ガイエス辺境伯を中心にした南方貴族派。
それ以外の中立派というか事なかれ派。
女王派は、帝国との歯止めである北方貴族とのつながりがどうしても強くなってしまう。
現女王の夫も北の辺境伯家の長男だ。軍部とのつながりも大きい。
そこに勢力を伸ばしてきたのが南のガイエス辺境伯である。
共和国との交易による富を利用して中央貴族を懐柔、王国を蝕む腐敗構造を作り出そうとしている。
三つ目は西のケルナー辺境伯、東の辺境伯を含めた中立派。
自領の発展を最優先に中央の利権を虎視眈々と狙うハイエナ的勢力。
といっても実情は帝国との戦で軍功も上げにくい。しかし多少なりとも帝国と接しているため軍費も掛かかる。交易相手も他領がメインなので大きな稼ぎもない。中央での力もないから、数で勝負するということらしい。
中央の軍部は女王派が占めていたのだが、帝国との小康状態が長く続き影響力が弱まっている。
そこへガイエス辺境伯からの実弾投入で国軍の第一師団長が懐柔され大きく影響力をました。
そのため脳筋の上に欲の皮の突っ張った豚貴族が第一師団の幹部の大半を占めてしまっている。
第一師団は二万人規模の兵力を持ち王都周辺の軍務を行う。
第二師団は北方との中間地点の要塞に配備され北の有事に即応できる予備戦力を想定。
第三師団は北方の最前線に陣取り帝国に睨みを利かせている。
当然王都での影響力は第一師団長が大きくなる。
ここで問題になるのは父さんの実家のバルト男爵家。騎士の家系でイェーガー侯爵家の寄り子になる。
イェーガー侯爵家は現在軍務卿を務める女王派なのだが、第一師団の実権は南派閥に握られているため、王都から軍を派兵するにも容易ではない。
ちょうど其処に西から実績をぶら下げた自派閥の末席に位置するカールが来たからこれ幸いと少ない戦力で無茶ブリをしようとしている。
南辺境伯としてもこの度の騒動で第一師団の戦力は自領の予備兵力として確保したい。
さらに西で手柄を上げたカールは邪魔なので魔物討伐で死んでくれれば儲けものもの。退却しても名声に傷がつく。
戦果を挙げようとしても包囲殲滅するには範囲が広すぎてどうしようもない。
遠征は失敗に終わるだろうと黙認するはずだ。
ママンとの話で貴族間の力関係がぼんやりと見えてきた。
あとは情報収集組が帰ってくるのを待つだけだ。
地理についてはその時で良いや。
「ママン、従軍する時は僕も行くからね!」
ママンがあわあわしてた。
『ママン、人生はままならないんだよ』
読んでくださってありがとうございます。




