15 今頃走馬灯?
うぅ~体が重い、頭が痛い、腕に力が入らない。でも行かなきゃ。
時計!七時四十五分やばい電話しなきゃ
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
「もしもし畑街です。体調悪くて…少し遅れます。ハイ、三十分から一時間…ハイ…すいません。」
取り敢えず体を起こさなきゃ。
会社行かなきゃ。
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
フンッ両腕に力を込め起きあがる。
あれ、会社の自分の席の前?
正面の席には黒川課長?
「おはようございます。」
「―――」
あ~無視ですか~
遅刻してきた俺が悪いんですが…
云う通りに一億の仕事は取ってきましたよ。
本社から実家があるこの事業所に転勤して一年二カ月。
お金がないって言うから九カ月間、本社で出稼ぎして二倍稼いできたんですが…
無理ですよ!ここじゃこのプロジェクト。
本社なら?できますよ。
だって九カ月で六億の仕事こなしてきたんですから…
死にましたけど…
業者さんとも仲良いし…無理も聞いてくれますし…
でも『この事業所でやれ!』って言うんでしょ?
業績欲しいから…
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
ええみなさんいい人ですよ。人当たりもいいし、易しいし『無理するな』って言ってくれますから…
俺の被害妄想です。
でも、視線が冷たく感じるのです。なんだか浮いているんです。
「三十歳の総合職だからね。すぐ上司になるんでしょ?」
「地元に戻るのに年取り過ぎてるよね。いまさら教えることなんてないし…」
『助けてください。』と言えれば楽になるのでしょうか?
うぅ~胃が…おうぇ吐き気が…
慌ててトイレに駆け込みます。
胃酸が酸っぱいです。
汚れた顔を洗います。タオルも持っています。
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
顔を上げて鏡を見る。
なんで彼女がいるんですか?隣にはお義父さんまで…
「人柄もいいし、高学歴だし、勤めている所も上場企業だし、結婚には賛成なんだがね~
実家がねぇかなり草臥れているよね?
新築にしたりしないのかい?ご両親は元気なんだろ?
幹線道路からよく見えるよね。屋根に草が生えてるのはねぇ…親類への体裁もあるし…
いっそのこと実家を出て家を建てなさい。お金?心配ないすべて援助するから…」
「結婚して子供ができて落ち着くまでは借家で暮らしたいんですが、社宅もありますし…」
「えっダメ!はい、頑張って実家を新築します。」
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
今度は誰?
親父の横に…霊能者の先生?
家の敷地をお祓いしに来てくれた?
えっ家を新築しなきゃダメ?
このままじゃ不幸になる?もう十分不幸だけど…
親父もがんばる?えっ本当に?体調大丈夫?親父を信じていいの?
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
あー建築の契約書に判押しちゃったよ!
ローンの書類に判押しちゃったよ!
前金八百万円渡しちゃったよ!
実家解体しちゃったよ!
えっ?転勤?本社にもどれ?
実家新築してるんですけど!ローン三十年始まるんですけど!
えっ?仕事がない?この事業所に俺、必要ない?
なるほど。分かっていました。転勤します。
本社に転勤が決まったんだ。
家が建ったら予定通り結婚しよう。ついて来てくれるよね。
いや?地元を離れたくない?
最近一緒に遊びにもいってない?
すれ違いで俺のことが分らない?
実家に家も建つんだよ。
えっ今さらそれを言うの?
別れよう。
すいません。また、会社の車で事故してしまいました。
今年二回目です。はい、自家用車合わせると五回です。
抗うつ剤の副作用?
あるかもしれません。
自動車に乗るな?でも仕事に支障が…
うつ病で無理が効かないから使い勝手が悪い?
仰る通りです。
配置転換?
えっ設計の仕事は?
内勤の事務職?
設計の仕事も減っている?
すいません。ご迷惑おかけします。
また、設計部署に戻れるように頑張ります。
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ…』
あ~生きるの辛いなぁ~
ローンあるしなぁ~
結婚できないしなぁ~
仕事くびになるしなぁ~
母さんに孫抱かせてやりたかったなぁ~
もう四十歳越えちゃったよ~
えっ母さんが痴ほう症?
母さん苦しいよね。
大きな癌がお腹にいっぱいだもんね。
三週間、水も口に入れてないもんね。
先生、モルヒネとかで苦痛とれないんですか?
血圧が下がるからダメ。
こんなに苦しんでるいのに?
本人の意思が分らない?
だって痴呆症でそんなの無理でしょ?
神様、俺の命使って母さんの苦痛をとってください。
おねがいします。どうか!どうか!
ごめんね。母さんに孫を抱かせてあげられなくて…
ごめんね。親不孝ばかりで…
ごめんね。看病も碌にしないで…
ごめんね。家族とけんかして…
ごめんね。生まれてきて…
ごめんね。
でも、大好きだよ。ありがとう。
あ~母さん逝っちゃった。
なんだ。涙も出ないや。
お葬式で、親戚に愛想笑いし…
四十九日も愛想笑いで終わって…
お墓の手配も終わって…
あ~もう無理!!
スキーでも行くかな。
◇◇◇
あ~走馬灯か~
いい思い出が全然ないじゃん。
いい思い出もいっぱいあったはずなのになぁ~
仕方ないか…
◇◇◇
「しらないてんじょうだ。」
目じりから涙が一滴垂れていた。
死んだんじゃなかったのかな?
走馬灯もみたし…
手を持ち上げて確認する。
手は赤ん坊?
あ~生まれ変わっていたんだ。うっかりしてた。
なんだか、順番違うよね?
ママン大丈夫かな?母さんみたいな思いはさせたくないな。
いや絶対させない。
所で、ここはどこ?
周りを見回すとニーナが椅子に座ってコックリしていた。
合流できたんだね。一安心。
周りを確認すると部屋の中だった。
窓が開いているし日も差してるので昼間だろう。
「ニーナ!お・き・て!」
ガバッと音をたてて飛び起きたニーナ
こっちを見る。一瞬、間が開く。
また、ガバッと音をたてて俺に抱きついた。
「ジーク様ぁー」「よかったぁー。よかったぁー」を繰り返す。
「若奥様に知らせなきゃぁ」
またガバッと音をたてて部屋の外に出て行く。
「若奥様ぁ、ジーク様が、目覚めましたぁー」遠くの方でニーナの叫び声が聞こえた。
ドタドタといくつもの足音が響く。
あ、ママンが来た。顔を見た。目があった。
ママンの瞳から涙が零れ落ちる。
「ジークー」叫んで抱き上げられた。
メリザにニーナ、リーゼ姉とビアンカ姉もいる。
皆の顔を見回して目が合うと一様にほっとしたようだ。
メリザとリーゼ姉は涙ぐんでいる。
「本当にジークが目覚めて良かったわ!熱をだすし、眠ったままでうなされているし…あれから五日も経つのですからね!もう目を覚まさないのではないかと心配で、心配で…でもよかった~目が覚めて…」
ママンが一気に捲し立てる。
あ~戻ってこれてよかった。
そうか~五日も寝ていたのか~
緊張して熟睡してなかったしな~
魔力も使いまくって大分無理したしな~
まだ赤ん坊なのになぁ~
自重しなきゃなぁ~
お腹すいたなぁ~
「ママン、まんま」呟くと、メリザがプっと吹き出した。
つられて回りも笑い始める。
リーゼ姉が「ジークらしいですわ。」と肩をすくめて呆れている。
だってしかたないじゃん
あれだけ頑張って、その後五日も寝てたんでしょ…
でも、お腹がすくっていいかもしれない。生きてるっていいかもしれない。
「あ~でも、人生ままならないからなぁ~」
読んでくださってありがとうございます。




