14 小さな勇姿
流れて伸びきった熊の魔物の右腕が父さんの前に…
「うおおおおおぉー」
大きな雄叫びをあげて、気合いもろとも振り上げた剣を右腕に叩きつけた。
「ガッキーン」
大剣が右腕を切り飛ばす、はずだった。
音からすると骨まで届いた?
父さんは剣に魔力を纏わせている。
大岩も真っ二つにする威力なのに…
それでも右腕は切り飛ばせない肉は抉れているが…
熊の魔物も右腕に魔力を纏わせていた。
いや、膨大な魔力を全身に纏わせている!
父さんの渾身の一撃に耐えた熊の魔物は、攻撃の後の隙を突くように左前脚を父さんに振り下ろそうとする。
その瞬間を狙ってママンとメリザが顔に向けて気合い一閃矢を放つ。
「「シッ」」
左前足を戻して矢を払いのける。
父さんはその間に体勢を立て直し、さらに熊の魔物の右側に周り込み右足に切りつける。
毛皮を切り裂き、皮を抉るが何の痛痒も見せない熊の魔物。
散開した従士も投擲槍を父さんがつけた傷めがけて投げつける。
数本刺さるがあまりダメージは見られない。
「グァオォー」
熊の魔物はうっとおしそうに一声鳴いて体をグルンと捻ってその反動を利用して前足に体重乗せ思いっきり地面につける
「ドッスーン」
地響きがなり、地面が揺れる!
震度6ぐらいの揺れに、近くにいた従士たちは足を取られて立っているのがやっとの状態だ。
そこに向かって素早い動きで熊の魔物が突っ込み体当たりをかます。
若い従士二人が吹っ飛ばされる。
バランスを崩している三人目に向かい熊の魔物が疾走する。
不意を衝いて斜め前から近づいていたオットーが、カウンターでシールドバッシュを叩き込み方向を逸らして三人目の被害を食い止めた。
オットーは前足の爪を受けた時、盾に魔力を纏わせ自ら飛んで威力を受け流していたようだ。
ママンとメリザは二射、三射と矢を射かけるが、牽制ぐらいにしかならない。
猪と違い首を振り、前足を振って急所から矢を逸らしている。
「吹っ飛ばされた者たちを退避させろ!」
父さんは叫ぶと熊の魔物の前に躍り出て剣を振るって牽制する。
振り回される剛爪を巧みにかわし隙あらば切りかかろうと伺っている。
すごい『百人斬』の二つ名は伊達じゃなかった。
その隙に吹っ飛ばされた従士を後ろに引きずり退避させる。
ケインとアナベルは槍に持ち替え後ろから足に向かって、いやらしくチクチクと槍を突き立て前方への集中力を削いでいる。
嫌がっているのが見て取れたので試しに魔法を撃ってみる。
「ママン、まほう」
それを受けてママンが魔法を撃つ。
タイミングを合わせて俺も魔法を撃つ。
「「アイスニードル」」
二人のアイスニードルは寸分違わず顔に命中するが、全く効かないのか避けすらしない。
取り敢えずタイミングも計れたし、避けようともしないことが分かった。
ママンには弓での攻撃をお願いして、俺はチャンスを窺うことにする。
父さん、オットーと六人の従士は長期戦の構えだ。
交代で休みながらチクチク足や顔を突いている。
大したダメージはないものの熊の魔物は嫌がっている。
苦し紛れに突進攻撃をしては躱され、その隙に後ろ足にダメージを入れられている。
いい加減いらいらしたのか、熊の魔物が立ち上がり両前足を持ち上げ威嚇する。
「グワァァオオォーー」
威圧が乗った大音響が響き渡るが、二度目は誰も怯まない。
大きく魔力を上げて両前足を左右にスイングするがいち早く退避して攻撃の当たる範囲には立ちいらない。
暫く追い回すものの効果がないと見て、またもや前足に体重乗せ思いっきり地面につける。
「ドッスーン」
地響きがなり、地面が揺れる!
その隙をケインとアナベルは見逃さなかった。
後方から勢いをつけ前足が地面に着く瞬間ジャンプして勢いそのままに熊の魔物の顔を目掛けて槍を投げつけた。
一本は顔を掠め一本が右目に突き刺さった。
「グガァー」痛みに呻く様に顔をかばう熊の魔物。
その隙を狙って回り込み後ろから間合いを詰め、右足の傷を広げようと剣を大きく振り上げ切り込む父さん。
狙っていたのか熊の魔物は急に立ち上がり左足を軸に右足を引く。
父さんは真正面から切り込む形になってしまう。
父さんの大剣といえども懐が深い熊の魔物には大剣の切っ先しか届かない。
諦めず振り下ろした剣を途中で止め、咄嗟に突きを見舞おうとするが…
そこに左前爪が襲いかかる!
体を捻って爪を交わす父さん
捻った反動で剣を熊の魔物の腹に突きたてた!
しかし、父さんの胸を熊の魔物の剛爪が抉る。
飛び散る鮮血!
熊が怒りの咆哮を上げる。
「グァオォーー」
「ママン、まほう」
ママンが魔法を放つ
俺もそれに合わせてドライアイスニードル六十四本を放つ。
「「アイスニードル」」
効かない。
さらに六十四本追加。
怒る熊には何の痛痒も感じない。
さらに六十四本!
効いてくれ!
祈りながら、熊の魔物の頭の周りの空気が移動しない様に風魔法を放つ。
暫くの静寂。
急にフラフラと揺れる熊の魔物の体。
ドッシーン
倒れる熊の魔物の巨体。
何が起こったのか、分らず硬直する、一同。
父さんは無事なの?
剣を構え、まだ目に光がある!
「ママン、ぱぱにくまのとろめ」
はっと目を見開き叫ぶママン
「カール、今よ!首をはねて!」
「ぐおおおおぉー」
父さんが、雄叫びを上げながら疾走し、剣を強化し熊の魔物に駆け寄る。
首めがけて渾身の力を込めて大剣を振り下ろした。
「ガツッ」
大量の血飛沫と共に熊の首が転がった!
「「「「「「うおぉぉぉぉぉー」」」」」」
湧きかえる従士たち。
駆け寄る従士たち。
オットーもフラフラと父さんの元へ行く。
メリザ、ケイン、アナベルは吹っ飛ばされた従士の元へ行った。
ママンは父さんのもとへ行き、傷口の確認をする。
プレートメールが引き裂かれ胸の筋肉が少し抉られている。でも命に別状はないみたいだ。
飛ばされた二人も連れて来られた。
二人とも盾を構えていたので打ち身はあるものの骨折とか内臓の異常もなさそうだ。
ママンに囁く
「ねーねのおむかえ。」
「あぁ~そうね、幌馬車を迎えに行かないとね。あとケルナー辺境伯領にも連絡をいれて…オットー人選を任せていい?」
「畏まりました。若奥様」
そう言ってオットーが従士に指示を出す。
「ママン、パパのとこへ」
おんぶひもを外してもらい抱っこしてもらって父さんのもとへ行く。
「ぱぱ、すごい!かっこいい!だいすき!」
「そうか、かっこいいか!」ニカッと笑って満更でもなさそうだ。
そして、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
体に触れて魔力を込めて治るように祈る。
ちょうど包帯を巻き終わった後なので確認できないが多分傷はふさがったはずだ。
ママンはオットーに指示して魔物の解体をするみたいだ。
指示が終わったママンが俺を抱き上げ皆からちょっと離れて聞いてきた。
「ジークどうやってあの化け物を倒したの?」
「うとね、ろくのくうい、こおあせてぶつえらの。こおいとけると、ろくすっれちぬの」
「どくって、ジーク、どうやって…」驚いてママンが声を詰まらせる。
「ろうくつれ、いっぱいひおつかうとろくでちぬよれ!それといっしょ。」
「ジークあなたって子は…まぁいいわ。私の息子ですものね」
呆れた顔をして最後はあきらめたみたいだ。
ただ単に咆哮の後、空気を多量に吸い込むタイミングで、ドライアイスのニードルを大量に首の周りに叩き込み、二酸化炭素で覆って酸欠(急性二酸化炭素中毒)の状態にしただけだ。
効くかどうか分らなかったが何とか倒せてよかった。
リーゼ姉たちの顔を見て安心したかったんだけどちょっと無理しすぎたみたい。
すごく眠いや。でも赤ん坊だもんもっと寝てもいいよね!
なので寝る。
「ママン、ねむい。ねる。」そういってコテンと俺は眠りに落ちた。
零歳の赤ん坊が魔物討伐なんて
『やっぱり人生はままならないや』
読んでくださってありがとうございます。