第3話 捕縛
意識を手放したナヒロを信頼できる騎士へと預けたレイカ、基、ラスファロウは怒りに震えていた。
それはアカリを助けたルディラスとて同じのようで、怒りを抑えた声で、片割れを呼ぶ。
「行きましょう」
二人は数人の騎士と警邏隊を引き連れ、地下牢の先を目指して歩きだした。
地下牢は他の地下牢を繋がっている。しかし、数年前に使用を禁止され、この地下牢一帯全てが封じられたのだ。それらの鍵は全て町の警邏隊が厳密に管理し、ドアの鍵と中で使う牢を開ける鍵は、それぞれ別の場所で保管されている。
ここまで厳密にしなければならない理由。それは、警邏隊の隊長が個人の一時的な気の迷いで鍵を持ち出し、使用しないためにある。
保管場所に確認のため訪れた隊長が、ドアの鍵が数日前になくなったことに気がついた。鍵の確認は二日に一度行われている。鍵を使われた痕跡がないかも調べられ、最近まで、使われるどころか盗られたこともなかったという。
もう一つの鍵も別の隊長によってなくなっていることが判明したその日。鍵のあり方を知る者全員を集めた。
わずか五人しかいない中で鍵の紛失が報告され、更に、鍵の場所と確認方法を何人たりとも漏らしていないか確認が行われた。誰も漏らしていないと知った隊長五人は、誰が誰もが知り得ない在り処を知り、鍵を盗り今や閉鎖された場所を使おうとする。
目的は一体……なんなのか。
地下牢へと入ったラズファロウと、警邏隊はその目で知ることとなった。
ラズファロウが女装し、新たな囚われ人として、地下牢へ入った。地下牢の見張り番はころりと騙され、
全身ボロボロにされ、露出した肌は赤く腫れ上がり、微動だにしないナヒロを牢の中で発見することで。
☆ ☆ ☆
ナヒロの幼い手を兄たちがそれぞれ手を引いて、ヒスメドの栄える町を歩いていた。兄たちは歳の離れた妹が可愛く、手を一時も離さない。
両手がふさがっていて市に出ているお菓子がほしくても、その店へ走って行けなかった。
店に行きたくて、両手を離して欲しくて兄たちを見上げれば、そこにいたのは。絶命した二人の兄が。
繋がれた手は離してもらえず、ナヒロは泣きたくなった。
そのふさぐ兄の手を誰かが引き離してくれた。
「だぁれ?」
ぐずりながら誰何する。
そこへ、十代半ばのレイカがぱっと姿を表した。綺麗な外套に、動きやすいドレスを着て、長い髪が風に揺れる姿は綺麗だ。
これは夢だ。
幼いナヒロはレイカを知らない。レイカはナヒロと年齢が同じか、一、二歳年上のはずが、今は兄たちよりも年上に見えた。
レイカは幼いナヒロを虫でもみるような冷ややかな目で見下ろし、手を伸ばしてきた。手は兄たちの手から小さな手を救い出し、今度は屋敷と反対の道へ連れて行く。
「レイ、カ?」
引かれるままにナヒロは行くしかなかった。屋敷が遠のいて行く。けれど、遠のいて行く屋敷は炎に包まれていた。赤く染まる屋敷に、目を奪われ立ちすくむと、レイカが抱き締めてきた。
「何処に、いたの……」
ナヒロの手はいつのまにか、幼稚なものから十歳くらいの子供の手に変わっていた。
☆ ☆ ☆
ナヒロは寝言をぽそりと呟くとすっと寝るかのように意識をなくした。
『何処にいたの』
ナヒロの問いはレイカに向けてなのか、ラズファロウに向けてなのか。どちらもラズファロウなのだから、今はどちらでもいい。ただ、この腕の中に、守りたい人がいる。全身傷だらけで、目も当てられない状態でも、ここにいる。ただ、それだけでよかった。
「ずっと、いましたよ。君のそばに」
意識のないナヒロの耳元に小声で囁く。ナヒロの目尻から流れた涙を乱暴にぬぐった。身体は痛々しくとも、命あることにもう一度強く抱きしめる。胸に耳を当てると鼓動がゆっくりと聞こえて、安堵した。
「殿下、この先へ行かれますか?」
牢番を縛りあげた王宮の騎士が、牢の外から尋ねた。
「行きます」
ナヒロを横抱きにして牢を出ると、アカリを警邏隊に任せてきたルディラスと合流した。ルディラスの顔は強張り、怒りが全身から滲み出ていた。
ナヒロこのままを安全な場所まで連れて行きたいが、そんな時間は残されていない。
ルディラス同様にラズファロウも怒りでどうにかなりそうになっていた。この怒りをぶつける相手は、ここで見張りをしている人間でも、ナヒロを叩いた人間でもない。
こうするように指示をした元凶。かれらの頭に全てを吐き出さなくては。それだけで満足かと言われれば、否と答えるかも知れないが、今はとにかくこの怒り を沈め、早くナヒロを連れ帰りたかった。
騒ぎを聞きつけたこの騒動の元凶が逃げてしまいかねない。意識のないナヒロを警邏隊へ預け、双子は通路の先、別の牢屋へ繋がる道を睨みつけた。
「ラズ、顔怖いぞ」
兄が弟の表情を指摘したが、兄とて同じ。鏡がなくても自分の顔が怖いことは分かってしまう。
「人の事言えますか?」
「言えないな」
どちらかともなく破顔し、再び顔を引き締めた。
「行くぞ。全てを終わらせるために」
集まる皆が、是、と答えた。
牢屋の先に続く通路の先を歩きだした。
この先に、いるとしたら、ナヒロから大切な家族を奪った山賊ホラルダの頭がいる。
ラズファロウは腰に帯びた剣の柄を握りしめ、歩きだした。通路は閉鎖していたにしては埃っぽさがない。あるのは湿度の高い空気がまとわりついてくるくらいか。
慎重に歩を進め、牢をいくつか通り過ぎた。先頭を歩く双子が足を止めた。続く騎士たちに身を屈めるようジェスチャーで指示する。
人の気配がする。
王子たちが腕に覚えのある騎士フランと、双子の側近ジェーカスに道を譲り、先頭に立つ。
すらりと剣を抜き、どちらかともなく気配がする方へ飛び込んだ。
「なんだ! お前らは!」
見張りの男は油断をしていたのか、二人のタイミングが良かったのか、手持ちの剣を振りかざす前に、二人の剣によって動きを封じられた。
特に話し合わせてもいないのに、息がいい。見張の男の意識を有無を言わさず失わせ、縄をかける。
その間に、双子は男が見張る先の階段を凝視していた。階段横の通路は先の牢は繋がっている。けれど、双子が目をつけたのは階段の方だった。
段をランプで照らすと真新しい足跡がいくつかあるのに対し、通路の方には目絡ませ程度の足跡が付いている。
一人が倒れる幅の階段をフラン、ジェーカスと順に上がる。構造はどの階段も同じで、階段に蓋がされている。蓋に耳を当て、人の話し声がしないか、狭い場所でフランとジェーカスが重なり合って聞き耳を立てる。フランとジェーカス同時に、人がいると合図した。
床下に、仲間以外の人がいると知られてしまってはならない。床下側から開けることは出来ない造りで、何か合図をしなければ出られない。
この者らが何を合図にしているか。それがわかれば突入は簡単になる。この板の厚さは人の声は通しにくく、直接の殴打が聞こえるように、どれもが設計されているのだとすると……。
ルディラスが叩くようジェーカスへ指示した。側近は、強く床板を叩く。二、三回叩くと、閉じていた床板がギギ、と音を立て、開いた隙間から外の光が地下へ届く。
「まだ、交代の時間じゃないぜ……な、なんだ! お前らは!」
軽口を叩きながら、開いた床下に、見張り番以外の男らがぎゅうぎゅうに階段をしめていた。
広くない部屋にいる部下が三人、王宮の騎士と警邏隊が六人がかりで捕らえ、戦闘意欲を削り、残り二人が外へ出て行こうとしたところを、取り押さえる。
ホラルダの中でも特に狭いところを得意としている男たちを連れてきていたのか苦戦を強いられた。
椅子から部下が倒れていく様を、捕らえられていく様を冷酷に見物した女は、全ての部下が捕らえられてしまった時点で、ゆっくりと立ち上がった。
「よくやったよ、お前たち」
捕らえられ、武器を取り上げられた男たちへ労いの一言をかける。
「あなたがホラルダ一味の副頭領か?」
ルディラスが慎重に問い尋ねると、女はその問いこそが面白いのか、笑った。
暗い部屋で、灰色にみえる長い髪が揺れる。山賊らしく、動きやすさ重視の服をきた、見た目三十代前半の女は、真っ赤な紅を引いた口角を引き揚げた。
薄ら笑いで、床に這いつくばった男の部下らを見下ろす。明らかに不利なこの状況で何か策でもあるのか、ひとり、ケタケタと笑う。
不気味な笑いに、双子王子を除く全員が背筋に悪寒を感じた。
「さあ、どうでしょう?」
女は床に転がされた部下の剣を手にし、双子王子へ剣先を向けた。部下を無力化した後、落ちた先がちょうど女の足元で、回収できなかった一本。双子は数歩、下がるしかなかった。
女が誰か。
分かって聞いていた。この女は頭領のすぐ下で二番目の頭になる。女の背後は壁があり、逃げ道は騎士、警邏隊が押さえている、にもかかわらず剣を向けたまま、余裕をみせる。
女がなにかまだ、隠していることがあるのではないかと、警戒心を強めた。
双子王子が女と対峙している間に、捕らえた部下は縄をかけられ、外へ連れ出される。その気配を背で感じながら、女の周囲を注意深く観察した。
女が得意とする武器が見当たらないのだ。どこかに隠しているのだろう。部屋の薄暗さが隠した場所を闇に隠しているのか……。
二本の剣先が女に向けられている。女は双子のどちらを狙っているのか、ちょうど二本の中央に女の剣先がある。
女の得意とするのは剣ではない。体術でもない。得意なものは、棒術。そして、棒を操る女の名は。
「あなたの名は……ヴァルナンディ。ホラルダの女、ですよね?」
痺れを切らし、ラズファロウが女の名を言った。
「ククッ……ハーッハッハッハ! よく知ってんな!」
「ああ、噂はよく聞くさ」
「へぇ、やっと私も有名になったな。王宮の王子様が直接来てくれるんだからさぁ?」
王国のあちこちで暴れてくれれば、名も広まるというものだ。名を広めるために、騒ぎを起こし、その名はとうとう国王の耳にも届くまでになった。要注意人物として名を記された女は、前髪をかき上げた。
「お前、今日女を捕らえただろう」
「んー、女? 誰だっけなぁ?」
かき上げた手を途中で止め、考え込む。こちらを苛立たせようという態度にのるわけにいかない。
「ああ、朝方罠にハマった女どもか?」
思い出したと言わんばかりに、また笑う。
「そうだ」
「それがどうした。情報屋の下っ端捕らえて、なにさぐってるか知らないけど、私の情報を掴もうとしていたから、お仕置きをしてやろうとしただけ。まあ、もうお仕置き、しちゃった後だけどねえ!! なに? 助けに来たの? 王宮の王子様が? あんな薄汚い女を?」
笑っちゃうと、言いながら、実際に笑い出し、外へ連れ出した部下たちも同調して、面白おかしく笑った。
「そいつらを連れて行け!!」
ルディラスが叫び、ヴァルナンディの部下たちは一人残らず騎士たちによって入り口から離された。
耳障りな笑いがなくなり、その場に警邏隊三人と、ジェーカス、そして、有能な能力を出したフランが残る。
これだけの人数でも逃げ道は与えない。床下の階段前はジェーカスとフラン。入り口は警邏隊が剣を構え立つ。
皆がヴァルナンディへ剣を向け、女はようやっと状況をのみこんだ。
「なに、この少数で私を捕らえようって?」
「ええ、そうですよ」
「へえ、私も侮られたもんだねぇ?」
ヴァルナンディは、周囲を牽制しながら、片足で床に転がる何かを引っかけて、蹴り上げた。剣を放り投げ、宙をくるくると舞う長い棒を器用に手にとる。
棒の先に菱形をした重りがついている。棒は女の手にしっくりと収まる太さ。あれで、叩かれたらひとたまりもない。
その場にいる騎士と警邏隊が息を呑み、緊張が走る。
「そう簡単にやられてやらないね! かかってきな!」
双子へびしりと棒先を向けた。
狭い空間で不利な棒をヴァルナンディは躊躇いもなく振り回す。こちらが近づこうとすると、棒先、もしくは棒そのものが襲ってくるのだ。
ヴァルナンディは剣より棒を得意とするだけに、棒術に長けている。隙があまりにない。
しかし、こちらとて、むざむざ逃すわけにいかない。
この女は、ヒーオメに繋がっている。なんとしてでも、生きて捕らえなくてはならない。
ルディラスが女が振り回した棒を剣で止める。
「へぇ、やるね」
ヴァルナンディがルディラスに気を取られている隙に、ラズファロウが背後からヴァルナンディに奇襲した。
「なにしやがる!」
棒が使えないからと、大人しくなるような愁傷な人ならば、これで捕らえられる。が。後ろからくるラズファロウ目掛けて、女の回し蹴りが襲う。
反撃を予測していたのか、ラズファロウはあっさりと避けた。回し蹴りが当たらず、得意な棒はラズファロウに気がいっている間にルディラスに素手で掴まれ、奪われた。支えを失った身体は床に倒れた。
武器を、大人しくなるかといえば違った。体術で、勝とうとするヴァルナンディを人数の差で押さえ込む。
とうとう女は捕らえられ、その両手首に手枷を嵌められた。
暴れ、騒ぐ女に縄をかけ、そこから連れ出すと、双子はピンと貼った緊張の糸を解いた。




