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あなたに会うまで  作者: 柚希
7幕
32/36

第2話 なによりも大切な人

 バシャリと冷たいなにかが頭からかけられた。

 睫毛を瞬かせ、ゆっくりと重たい目蓋を開ける。

「目が覚めたか、女」

 目蓋が動き、頭が動いたのを見逃さなかない男たちは、目を開けきらないナヒロの頬を打った。

 強烈な痛みはぽうっとした微睡まどろみから、意識をはっきりとさせる。

 目を開け、重たい頭を持ち上げると、周囲が薄暗い。この薄暗さは、炊かれたランプがナヒロから離れた位置にあるせいらしかった。ランプはナヒロが今置かれている状況をはっきりとみせつける。ランプを灯したすぐ下で、男が外に向いて立っていた。男の背には、頑丈な鉄の格子がある。あまり広くない牢屋はナヒロが一度耳にしたことのある場所だろう。

 ここは昔、捕らえた囚人から情報を聞き出すためだけに使われた場所。何十年と使われなくなって久しいが、そのままに残っていると聞く。ここはその残ったうちの一つなのだろう。

 この下には囚人を捕らえておく地下牢があり、地下牢の先には通路で別の地下牢へと繋がっている。

 この場に一緒に捕まったアカリがいないということは地下牢にいるのかもしれない。

 けれど、ナヒロはアカリの身を案じる余裕はなかった。

パシリと頬を叩かれる。ただ叩かれるだけならこれほどの痛みは伴わない。手ににぎられたものを視認して、恐怖に引きつった。

「――っ」

 反対側の頬も同じように叩かれる。

 なにをすると、荒げる声が声にならない。

 鞭を手にした男は、部下に鞭を預けた。

 ナヒロの目の前に主導権をもつ男とは別の、先ほどの男たちと、その仲間が立ち並んだ。

 男は鞭を脅迫するように見せびらかせる。先が床に垂れ下がっているが、今にも鞭を振り上げてしまいそうな体勢だ。

 ナヒロの両手はまっすぐ上に伸びて、頑丈な鎖に一つで縛られて天井に繋がれていた。

 床にかろうじて足の指先がかろうじてつく。

 少しでも足をつけようとしようものなら、手首に巻き付けられた鎖が肌に食い込み痛みを伴う。

「なぜここに繋がれているかわかるか?」

 男は、部下の後ろに立っていた。

「わからないわ」

 本当はわかっている。

 ホラルダのことをなぜ調べているのか。それを聞きたいのだろう。彼らはナヒロがヒスメド元領主の娘だと知らない。

ホラルダを調べれば叔父、ヒーオメの状況が知れると思った。結果はヒスメドのことはなにも知れず、ホラルダの悪事が知れる程度だった。

「へぇ。お前、やれ」

 部下が鞭を振り上げた。

 ただ、恐怖を植えつければいいという問題でもないというのに。

 恐怖に屈しないと、鞭を睨む。

 男はにたりと笑い、鞭を振り下ろした。

 痛みに耐えようと、力を入れる。爪先立ちだけれど、足に力が入れられて良かったと、思ったのは一瞬。

 何度も容赦なく打ってくる鞭は、服を超えて、とても、とても。


 痛い。


 痛い。


 打たれた跡が、熱い。


 手枷は手首の肌を引き裂き、鞭が身体を痛めつける。

 痛さに歯を食いしばっていたが、それは片手ほどの回数しか持たなかった。

 痛みに叫ぶ。ただ、熱くて、痛い。

 打つ手がとまったかと思うと再び問われる。

「話す気になったか? 女」

「しら、な……」

「やれ、喋れる程度にな」

 そして再び痛みに耐え続けた。

 ナヒロへの尋問は、ナヒロの意識が飛ぶまで行われた。



 ナヒロが意識を取り戻したのは、冷たい水が目蓋にあたり、意識を取り戻した。

 両手は後ろ手に拘束されていて自由は効かない。

 じめっとした湿気に、かび臭い匂い。

 ここは拷問をする場ではなく、違う場所に移されていた。鉄格子は変わらずある。囚われていることに変わりはない。

 全身が痛い。殴られた鳩尾、鞭打たれた身体。幾度も叩かれた頬。口の中は血の味がしていた。

 声が枯れるまで叫んだのか、喉が痛い。

 薄暗い周囲を見回し、アカリの姿を探した。どこにもない。ナヒロからなにも聞き出せないとなり、今度はアカリがあの凄惨たる場へ引き摺り出されてしまったのか。

 そうだとしたら――。

 ナヒロは歯を食いしばった。

 どうしてもっと、アカリを城に縛りつけ置かなかったのか、と。城から出られないようにすれば、ナヒロを庇い、連れてこられることがなかったのに。

 後悔に苛まれるナヒロの耳に、灰色の壁を隔てた隣から、小さな叫びと、続いて転んだ音が響き渡る。

「アカリ?」

「ロー、ちゃん!」

 掠れた声はアカリに届いた。

 よかった。アカリは無事なのだ。ひとまず安堵した。

 アカリの姿が見えない状況で、なんともないと限らない。ナヒロの名を呼びながら、声が震えている。ナヒロのような拷問を既に受けてしまった後なのだろうか?

「よかった、目が覚めたみたいね」

 掠れた声をなんとか必死に普通のように振る舞うも、あまり続かない。

「ローちゃん、なんともない?」

「あんたと……別の、牢に、入れ、られてる。……心配、いらないよ」

「本当? 強がったりしてない?」

 ナヒロの昔からの癖――強がってしまうことをよく知り尽くしたアカリが、見抜いた。


「嘘つき」


 やっぱり、隠せないか。

「アカリ、には……隠せない、かぁ――」

 最後は痛みに耐えかねて、息を吐き出す。嫌な咳が出た。

「あんたは?」

 咳が収まり尋ねた。アカリの変化は声でわかる。

「ローちゃんに比べたら、痛くないよ」

 ナヒロを心配させまいとした声に、まだ、奴らから酷い目に遭っていないのだと実感した。

「どうして、追いかけて来たりなんかしたの。あんたを引き離したのに」

「ローちゃん、変だったから。それに、殿下たちからローちゃんを外に出さないでって言われてて」

「アカリを巻き込みたくなかったのに」

 ナヒロよりも、アカリを引き止めて欲しかった。今更文句を言っても、どうしようもない。アカリは隣の牢で囚われてしまっている。

 アカリに城を出るようにさせてしまったのはナヒロ。

 酷く攻めれば、引き離せると思ったのに。

「二人を責めないで。あたしがローちゃん追いかけて飛び出して来ちゃっただけだから」

 ころころと可愛く笑う声がした。

「どうして男の人と街であんなことになったの?」

 どうしてと、問われて話せれるようなものではない。危険な場所で、安全でない場所でナヒロの正体をむざむざ、教えてならない。

「それは、ここを無事に」

 ガチャリと、遠くからドアを開ける音がした。

「無事出れたらね」

 足音に耳をすませ、小さく呟いた。アカリに聞こえたか不明だ。

 降りてくる足音は複数。ナヒロに緊張が走る。和やかな空気が一変した。

「おい、ドレス来た方の女ぁ、起きたか?」


 ガシャガシャと鉄格子が大きな音を立てた。

「こっちの女は……はん、起きてるようだなぁ?」

「……っ!」

「起きてやがるみたいだな。おい、鍵」

 後ろに立つ男から鍵束を奪い取り、鍵穴に鍵を差し込む。動きの悪い音を立てて、入り口が開けられる音がする。

 ナヒロの名を呼ぶアカリの声が遠ざかると同時にナヒロの牢の鍵が開けられ、男がはいってくる。

 ナヒロの顎を掴み、むりやり視線を合わさせる。

「お前のせいで、こっちのお嬢さんがどんな目にあうか。よく聞いておくんだなぁ?」

 男はナヒロの口に布を当てがい、ナヒロの腹へ蹴りをいれると牢を出て行った。


(アカリ、アカリ、アカリ!!)

 アカリが連れて行かれた後、ナヒロは出せない声の代わりに、心で叫んでいた。

 どれだけ叫んでも、アカリは降りてこない。

 動かない身体に、叱咤しながら、ナヒロは連れて行かれたアカリが早く戻ってくることを願った。

 男の笑い声が時折上からくぐもって降りてくる。

(やめて、やめて。大切な子なのよ!)

 鉄の鎖をなんとか解こうと、手首を動かす。布で拘束されているより、伸びない鉄鎖はナヒロの肌を痛めつけるだけで、外れない。

 手首の痛みよりも、アカリが心配だった。この手で大切な家族を助けないと。

 その一心で手首を動かすも、力はもうでず――。


 ボソボソと声がする。

 再び意識を失っていたらしい。

 目蓋をあげる力が出ない。

(アカ、リ)

「ローラ!」

 悲痛な叫びに、重たい目蓋を持ち上げる。視界一杯に、レイカの必死な形相があった。

 長い髪は昔から変わらない。

 口にされた布はとられていた。

「レイ、カ? 何処に、いたの……よ」

 混濁する意識の中、力の弱い拳で、彼女に手を伸ばす。叩くつもりであげた手はレイカにとられた。

「ナヒロ、しっかりしてください!」

 意識が遠のく中、心配なのはやはり。いつでも、どんな時でも、大切な人のこと。

(アカリは、無事なのかな)

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