第9話 覚悟
武闘大会、夜。
武闘大会に出ていた、偽物の『キィラール・トスルカ・ジェバリア』は大会終了後、会場を出るところで捕らえた。
優勝はしなかったものの、準優勝という成績を残した男は、偽名で参加したことを理由に、警邏隊の牢に入れ、情報を聞き出してもらっている。が、あの男――そう簡単に口を割ると思えない。口を割る前に自害されても困るので、慎重に監視するよう助言済みだ。
このキィラールを名乗る男は、ルディラスとラズファロウの予想では、誰とも知らない者から依頼されて動いただけだろう。口を割ったとしても、有益な情報は出てこないと踏んでいる。
依頼した人間はホラルダに通じる者だろうと思うが。
ラズファロウは中庭で風に揺れる草花を眺め、ため息が溢れた。頭を悩ませているのは、ナヒロのことだ。
守りが強固な城に縛りつけておけば、時期がくるまで大人しくしてくれていると思えば、城の抜け道をまんまと見つけ出し、毎夜城を抜け出して、夜の街で情報収集に明け暮れる。
何処にいても大人しくしてくれない少女は、知らない間にホラルダに感づかれてしまっていた。
その証拠がナヒロが見つけた六枚の紙切れだ。
あれはナヒロをおびき寄せるために仕組まれた罠。ナヒロ自身も罠だと気がつき、恐れた。
明日こそは、城で大人しくしていてくれると、思いたい。ナヒロはラズファロウがそうしてくれているだろうと思う事をやってくれない。だから、明日、この罠にかかりに自ら行ってしまうだろう。
それは避けなければならなかった。
ナヒロを城に縛り付けるには、協力者がいる。
休憩場として作られた四阿でその協力者と、ルディラスを待っていた。
程なくして、静寂な中庭に人の話し声と足音が小さく、近くにつれ徐々に大きく聴こえてくる。
(来たようですね)
ラズファロウは腰を上げ、二人の前に姿を現した、のだが。
目の前で見つめ合う二人――ルディラスとアカリは二人の世界を作り上げてしまっているのか、ラズファロウの存在に全く気がついていない。
この辺りにあると言ってあったのに、双子の兄はそれがここであると忘れているのか。
「お二人で楽しんでいるところ、すいません」
コホン、と咳払い一つ。にこりと、悪意のない笑顔を顔に貼り付けた。
「ラズ……!」
四阿は明かりがない。光が届く場所まで歩いたラズファロウの姿にアカリが予想通りにぴくりと身体を硬直させた。ルディラスが素早く腕の中に囲う。
この状況、ラズファロウが悪者のようにみえるだろう。
こんな遅い時間に中庭へ出ている人はいない。いるとしたら見回りの兵くらいか。
「そんなに怒らないで下さいよ。謝ったじゃないですか」
アカリを話をしたいと伝えてあるのに、我が兄は、二人の時間を邪魔されたことが気に入らないらしい。
それとも、頼んでおいた芝居を打ってくれているのか。
呼び出されたとアカリに知られないように、ラズファロウがアカリを待っていたことにしようと。
ルディラス以外の男の人がアカリを呼び出したとなると、男性が苦手なアカリは中庭へ来ない。来るかもしれないが、恐縮して、聞き出したいことが聞けなかなってしまう。
アカリが緊張せずに話させるには、側にルディラスがいなくてはならない。
アカリはルディラスには他の男性よりも、緊張がいくらか緩むようなのだ。
「帰れよ」
アカリが見えない位置で、ラズファロウへルディラスが手でジェスチャーをしてきた。
(これは芝居ですね)
「僕はアカリさんにお話があります。ルディ、少しでいいので、時間を下さい。――ローラのことですよ」
ラズは目を細めた。ルディラスは、小さなため息とともに、アカリの背に回していた手を離した。
離れていくその手が、アカリの背中を優しく叩いたところをラズファロウは見逃さなかった。
そのルディラスによって、アカリの緊張が和らいだのも。
兄は毎夜、ラズファロウが残す厄介な書類を処理していたはずだ。昼はアカリの側について女官の真似事をしていても、正体は明かしていない。
ルディラスからしてみればアカリはルディラスとあまり長い時間ともに過ごしていないのだ
「ありがとうございます」
「当たり前だ。お前にとられてたまるか」
「とりませんよ。それにアカリさんは、あなたがいいみたいですよ?」
ルディの腰辺りの服をアカリの手が掴んでいた。指摘すると、慌てて手をはなしてしまう。
「え、あ、ごめんなさい!」
無意識だったようだ。けれど、彼女はルディラスが他の男性と違ってやはり怖さを感じていない。
「離さなくていいのに」
残念がるルディに、一瞬で顔がぽっと赤くなり、顔を俯かせてしまった。
「まったく、この後二人のときにいくらでもやってて下さい」
ラズが両手で呆れた。二人のいい空気を壊す厄介者みたいだ。
ルディラスがこれまでいくつもきた貴族からの一方的な紹介と違い、アカリは大切な守らなくてはならない女性だとばかりに、腰に手を置き、引き寄せている。
ラズファロウにも早く、二人のような相思相愛になりたい女性がいるのに、相手は全くこちらになびく様子がなくて、どうしたらいいか困る。
この後、その女性の部屋へ行こうかと考えたがやめた。話をした後だと、時間が遅くなる。未婚女性の、ラズファロウとの関係が雇い主と仮雇われ者な現状で、立場上部屋を訪ねるべき時間ではない。
(全く、二人の時にしてくださいよ)
再度、わざとらしい咳払いをし、二人の注意をこちらへ向ける。
「アカリさん。少し時間を下さいませんか? どこから聞かれているかわからない場でするような話ではないのですよ」
朗らかに笑むラズファロウの提案はアカリが是と言うことで、場所を移した。
中庭からほど近い談話室がある。普段は客人が来た時に使われたり、女官の休憩場として使われる。調度品はしっかりしているが、それほど大きな部屋でない。部屋の前で、双子の従者ジェーカスが待っていた。
「十分だけでお願いします、殿下」
「わかってますよ」
心配そうな顔のジェーカスに見送られ部屋に入る。
ラズファロウはソファに腰掛けた。対面にあるソファを二人に勧めると断られた。
ルディラスは、アカリのすぐ隣に並び立つ。
アカリの背には、ルディラスが支えるように手を添えていた。
これから、ラズファロウが話す内容で殺到していては、国の未来を背負う兄の隣に立つ資格はない。
まだ、ナヒロの出来事は国の中でもほんの一部の出来事。他にも解決しなければならないことがある。ナヒロの事はこの国にとっても困った事態にまでなってしまっているので、国が手を出すまでになってしまったが、本来は地方を統括する貴族が解決をしなければならない。
その貴族はヒーオメに脅されているのか、なにも報告をしてこなければ、何か対策をしようともしない。
もしかしたら、賄賂なるものを受け取っている可能性もある。それは、ナヒロが地方領主の地位を奪還すれば、自ずと分かるだろう。
ラズファロウは立ち並ぶ二人を交互に見やり、心を落ち着ける。
「アカリさん」
名前を読んだだけで、アカリは、緊張と不安をないまぜにした表情で返事をした。
「明日、ローラが城外へ行かないよう、この城に引き留めていてくださいませんか」
膝を足の上にたて、両指を交互にくんだ。前のめりになりながら、ラズはアカリを見上げる。
アカリは、男に慣れていない。
不安をかき消すように、寒さ防止にはおっているショールを前で合わせ、それをショールの中に隠した両手で握りしめ、ルディラスへ助けを求めた。兄は柔らかく微笑見返したりその笑顔に、勇気づけられ、唇を引き締める。
「どうして、ですか」
双子の弟王子へ、おどおどしながらも、しっかりとした目力でこちらをまっすぐに見返す。
アカリは、姉の影に隠れ、自ら意思を出さない女性だと思っていた。姉がいれば、助けてくれるとさえ思わさせられる彼女の態度に、ルディラスはどこが気に入ったのか理解できなかった。コロコロとかわる表情は可愛らしいとは思うところはある。だが、それだけであり、可愛らしい以上のものは感じられなかった。
しかし。妹だからと何も知らないことをよしとする優しさはラズファロウに持ち合わせていない。
知らない、ではすまないことが、起きてしまいそうなところまで来てしまっている。
夕方、ナヒロが見つけてしまった紙切れがそれだ。
あれは、明らかにナヒロを誘き出すためだけに、あの場へ置かれた。
ナヒロは罠だと察した。が、兄と立ち並ぶ少女に、ナヒロのような知識は皆無であろう。
正直、ルディラスの隣に立つよりは、生まれ育った村へ戻り、相応の相手と婚姻を結ぶべきだと、ラズファロウは考えている。
可否は父である国王が決断することであるので、ラズファロウが意見することではないのだが。
いまは、この娘が、姉ナヒロが何をしているのか、知っているか知りたかった。
「貴女は彼女がなぜ毎日城下へ行っているか知っていますか?」
知らないだろうと予想をつけながら問う。
「知りません」
アカリは少し考え、はっきりと答えた。やはりな、と言う思いが頭をかすめる。
「予想通りですね」
ラズは肩をすくめた。
何も知らないで、ナヒロを毎夜、城下へ送り出しているというのか。
「ローちゃんは、家のために働いているだけです」
アカリは言い訳のように言い募る。ラズファロウには、最初の答えだけで十分だった。
知っているか、知らないか。それ以外の答えはいらない。
「村から出るための理由にすぎませんよ」
呆れてしまう。そして、予想通りすぎてつまらない。
ため息をつきながら質問を続けた。このまま、聞いていても、アカリは知らないと言う答え以外返ってきそうになさそうでも、聞かなければならない。
「そんなこと」
「ないと言えますか?」
「……っ!」
アカリが独り言のようにでた言葉を引き継いだ。
「ローラは出稼ぎへ行っていたときを思い出して下さい。――アカリさん、ユフェからこの国のことは学んでいますね?」
ゆっくりと頷く。その顔は蒼白のようにみえた。
「それでは、ヒスメド地方のことは学びましたか?」
「は、い」
アカリは再び頷く。
その内情は知らずとも、どのような位置にあり、どのようなことを担っているかは知っているようだ。
「貴女の姉、ローラさんはそこの出身です。それは?」
ラズファロウの質問に、驚いて目を見張り、首を振った。
「なにもローラさんから教えられていないのですね」
長く暮らして、ナヒロはアカリへなにも言っていない理由は、きっと巻き込みたくはなかったのかもしれない。
けれど、
「ローラは貴女の本当の姉ではありません」
決定打をうけ、アカリの身体がぐらりとふらついた。倒れそうなアカリを、邪魔をしないで傍観していたルディラスが支えた。
「ラズ、言い過ぎだ! ローラがアカリに言わなかったのは、言う必要がないからだろう!」
ルディがイラつきを吐き出すように、弟へ苛立ちをぶつけてきた。
けれど、ラズファロウはそんなに甘くない。
知らないですまされることと、すまされないことがある。
「貴女は知るべきです。ローラの妹として」
ラズファロウは真実をアカリに伝えた。
ローラがナヒロと言う名の、ヒスメド地方を治める元領主の娘であること。
ナヒロがこれこらやろうとしていること。
ナヒロが長年切望していること。
ナヒロの切望を叶えるための障害となる者が、いまこの城下にあること。
ナヒロの存在が居住が危険であると。
ただ、呆然とするアカリは、兄を振り返った。
「ルディは、知っていたの?」
「悪い、知っていた」
アカリの問いに、ルディラスは気まずいのか、頭を掻いた。
「さて、ここからが貴女にして欲しいことです。明日、城下で不審な動きがあります。僕は彼女をそこに巻き込みたくない。貴女に、ローラさんを引きとどめておいてほしいのです。……ローラが隠してきた事実を知った貴女はどうしますか?」
アカリはルディラスの支える手から離れ、ラズファロウへ一歩歩み寄る。
「やらせて下さい。ローちゃんは、あたしが、守ります」
「わかりました。僕とルディが明日、不穏な動きを封じるために城下へ行きます。その間、ローラさんの身の安全確保のために、ローラさんを城外へ出させないことが貴女の仕事です。ローラさんが危険にさらされたくありませんよね?」
「わかりました、やります」




