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あなたに会うまで  作者: 柚希
6幕
26/36

第5話 武闘大会リスト

 ラズファロウは執務机に積み上がった書類に目を通していた。

 女官をやってみたいというアカリの指導者となるため、ルディラスから押し付けられた仕事が机の端に積み上げられている。

 急ぎの仕事ではないが数日中に終わらせなければならない仕事ばかりだ。

 国王がウルマリー王国へ行く間、代行は王位継承第一位であるルディラスが行う。本来、仕事に追われてアカリの側へ行く時間もとれない仕事量だった。容量のいいラズは難なくこなしていく。

 裁決の必要な案件は別にして、それ以外のものに、不可の印を押した。



 ――二週間前。

 辺境の村に現れる巨体の熊が作物を荒らしていき、どうにかしてほしいと依頼があった。

 この手の仕事は辺境の村に近い駐屯兵が担う。腕に覚えのある彼らでも苦戦を強いられ、どうにもならないと、王都へ依頼が舞い込んだ。

 ちょうど視察で近くまで行くことになっていたルディラスが熊退治を請け負った。

 その地の名前が、ラズファロウが気にかけている少女が住む近くの森と知ると、ラズファロウはルディラスに近辺を確認してくるように頼んでいた。

 ルディラスは熊退治の日、行方が分からなくなった。

 早馬で知らせが王城へ届けられた。ウルマリー王国へ出立が明日と控える父を城に残しラズファロウが現場へ行くわけにいかない。王都を王族がいない状態にするのは良くない。

 父と母を見送り、ルディラスの安否の知らせが来たのはそれから二日後のことだった。

 行方が分からなくなった理由が人を助けて怪我を負い、近くの村で治療を受けていたのだそう。

 治療をしてくれた少女を気に入り、国王が外交でいない時期に合わせて王都へ少女を呼んだ。

 地位の低い者を城に滞在させたと国王が聞いたら、激怒するのにと呆れてしまった。

 しかし、サロンで始めて顔を合わせた二人の少女の顔を見たラズファロウは、まさかそこに、顔見知りのナヒロがいると思わなかった。

 彼女はラズファロウが知り合いの中にいるとも思っていないだろう。彼女と会うとき、ラズファロウはいつも女装をしている。情報屋の助手レイカとして。

 気がついていないようだけれど、そろそろ、女装してナヒロの前に姿を現わすには限界が来ていた。服装は誤魔化せても体格までは誤魔化せない。


 ルディラスが世話になった相手は、アカリという少女。ルディラスが世話になった相手の姉として、彼女はラズファロウの前に立った。

世話になった女性アカリの姉は名をローラ・リラと言った。


 ローラ・リラ。


 忘れもしない、ヒスメド地方元領主の娘が叔父から隠れるために使っている名。

 本当の名は、ナヒロ。ナヒロ・ヒメルカ・ジェバリア。

 二年前、ヒスメド地方の視察がてら、彼女を連れて行ったのが最後に会った、ラズファロウの記憶だった。

  以来なるべく会わないようにしていたのだが、会っていない間に、勝気な性格が一変していた。

 ローラ・リラは、自信なさげで、妹アカリの陰に隠れようとしている。

 対して、アカリと名乗った少女は、強気でローラを守っているように感じた。

 手を握り、ラズファロウは確信した。

 事情は知らないが、姉妹は名前を交換している。

 なぜ交換しなければならないのかは後々にわかるだろう。


 ラズファロウはルディラスの書類を一枚、何の気なしにとった。

 そこには武闘大会参加希望者リストと記されている。

 もうそんな時期になるのですね、と思いながらリストに書かれた人の名に目を通す。

 リストには、その人が今所属しているところと、これまでに残した成績が書かれている。

 昨年も目にした名前がずらりと並ぶ中、新参者の名も中にはある。

 目を通していくなかで、ラズファロウは目を見張った。

 載るはずのない名がそこには書かれている。


 〝キィラール・トスルカ・ジェバリア〟


 職務欄に、ヒスメド地方領主代行。成績欄は空白になっている。

「ジェーカス」

 ジェーカスはラズファロウが見つけた名前が載っていると知っていて、ラズファロウかルディラスに判断を委ねたようだ。

「お前はどうする?」

  ここに、この名前でエントリーする理由。

 領主印が見つからないままに、十余年。

 何年も領主印なしで領主は出来ない。

 ジェバリア家に起きた出来事を知っている。

 ナヒロから直接聞いたのだ。最初は疑っていたが、父からヒスメド地方のことを聞き、嘘偽りのない本当の話なのだと知った。

 この名前をもつ人物がこの世にいないことを知っている。

 ジェーカスや、ルディラスも。

 ここにわかりやすく載せたままに寄越した意図を読み取り、ラズファロウは深くため息をついた。

 これはヒスメド地方がある方角から届いたリスト。

 この名で武闘大会に出ようとしている人物は間違いなく偽物であると分かっている。

 武闘大会まであと二週間弱ある。

 それまで泳がせるか、もしくは――。

 ラズファロウは名前に参加許可の印をつけた。前後に並ぶ名前を潰す、勢いのあるまる印にジェーカスが笑む。

「さて、警備を見直しましょうか。まずは昨年以上に人数を増やして、警備を強化して……」


 警備の話はルディラス抜きで決めることができない。武闘大会は王家主催とはいえ、参加できる条件がある。

 紹介者の名が書かれた紹介状と本人の身分を証明する通行証。最も重要な剣の腕前だ。

 今年は参加の誰もが腕に自信のあるものの名ばかりがリストにずらりと並んでいた。

 今年は特に参加希望が多い。

 その理由が大会で優勝できれば、双子の片割れの従者となれる可能性があるという噂が影響している。

 城に憧れる剣に覚えのあるものまで出場希望を出してきていて、リストにのる名前が去年よりはるかに多い。

(僕の従者になれるのが優勝者とは限らないんですけどね)

 本来、一人に対して何人もの信頼できる従者を置くことが許されている。しかし、双子は常に一緒に行動するという理由から、昔から顔見知りのジェーカス一人が従者としてついている。大人になるにつれ、一人で双子の仕事を把握するには大変になってくる。

 双子についているジェーカスは、ルディラスにつくことが決まっている。この大会で見出された剣の使い手がラズファロウにつくことになっている。

 ラズファロウはこの大会で腕のいい従者を探さなければならない。

 ジェーカス以上に信頼できる従者を見つけられる自信は全くなかった。


 リストをジェーカスへ渡すと、意気揚々とルディラスが執務室へ戻ってきた。

 陽は暮れてしまっている。

 ナヒロが大人しく城に留まっているような女ではない。何処かで抜け道を探し出し、城から城下ていってしまうことは予測できていた。

 城から抜け出す時間がいつなのか分からず、戻りの遅い兄に半ば八つ当たり気味に残りの仕事を押し付けた。殆ど終わっているけれど、ルディラスのサインが必要なものもある。それらはきっちりと残して、執務室を出た。

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