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あなたに会うまで  作者: 柚希
6幕
25/36

第4話 弟王子は要注意2

 ワゴンに乗せて運ばれてきた紅茶は、とてもいい香りがした。

 お茶菓子として出されたスコーンは出来立てで、サクサクしている。

 スコーンを見たことがないアカリは、格別な美味しさに、目を輝かせる。

 スコーン以外に様々な大きさのクッキーも並ぶ。

 村で生活していれば、食べることのないものばかり。

 ジャムをつけてスコーンを頬張り、さらに目を輝かせた。美味しくて声も出せないらしい。

 その姿が愛らしくて、思わずアカリの頭を撫でてしまった。

 いつもの癖にしまったと思い、手を引っ込めるが遅い。

「アカリさんは、お姉さんを可愛がられておられるのですね」

 ラズファロウは目敏く、紅茶のカップを揺らしている。視線はカップに注がれ、顔を上げたような感じもない。

 額に第三の、見えない目でもついているのかと疑ってしまう。

 アカリだと名乗ったのに、なぜか、ナヒロの前にラズファロウが座っている。

 アカリの前にルディラスが座わり、お菓子を頬張る姿に目を細めていた。

 ああ、これは、知られているような……。いや、まだ完全に知られたとは限らない。

「可愛い姉、ですから」

 アカリのふりをして、視線を彷徨わせた。

 対するアカリは、目前にルディラスがいて、嬉しそうだ。

「姉、ですか。いつまでこのような茶番を?」

「なんのこと、でしょう」

 カマかけようとしたってそうはいかない。

 素知らぬ顔で、クッキーを口に入れる。

「紅茶、優雅に飲まれますね。どこか洗礼されたような……対して貴女のお姉さんは慣れていない様子。あちらが本当は兄が会った人?」

「ち、違うわ」

「ここに並んだ菓子、知っているようでしたから」

「そうね、城下で見たことがあるから」

「これは売っていませんよ」

 ラズファロウが指し示したのはケーキだった。

 それも市場に出ない種類の果物で作られた、タルトと呼ばれるもので、ナヒロも見たことがない。

 クッキー生地をベースに季節の果物がふんだんに使ってある。

「そ、そうでしたか」

 ああもう、本当に話しにくい。

 幼少期、屋敷お抱えのシェフがお菓子作りが得意で毎日違う菓子を食べていた。

 だからか、出てきてもあまり驚かない。

 田舎娘が知っている代物じゃないことは知っていた。驚いたふりはしたけれど。

 アカリは。

 ちらりと隣を盗みみて違いをみせつけられた。

 ルディラスに教えられたものに、手を伸ばし、一口食べて、頬が緩んでいる。

 ほっぺが落ちそうなほどに美味しいようだ。

 間違えた。

「ローラさん」

 カップをテーブルに置き、ラズファロウはアカリに向き直った。

「楽しんでもらえたようで、僕たちも嬉しいです。アカリさんの付き添いと言うことでこちらにいらしたみたいですが、アカリさんが心配で?」

「……あ、はい」

 アカリはローラと呼ばれることにまだ慣れていない。

「どうして?」

「そ、そうですね」

 アカリはしどろもどろになりながら、問いに対する答えを探していた。

 アカリはナヒロじゃない。なぜと問われ、その答えを出せると思えなかった。

「この二人が婚約できるかわからない。出来るとも思えない。お姉さんが心配するのも無理はないですね。僕もそう思いますよ」

 にこりとした笑顔は変わらなかった。

 ラズファロウが、言っていることは正しい。

 ただ、手当てをしただけ。たったそれだけで、結婚相手として選ぶのはどうなのか。

 ナヒロがアカリとなり変われば、王子との婚約を狙っている貴族からの仕打ちはナヒロに向く。

 村の子供たちがアカリにした、仲間はずれ以上のことが起きる。そのことにアカリが耐えられると思えなかった。

 許嫁がおりたとしても、アカリ専属でつく女性は貴族。余程心の広い人間でない限り、アカリを受け入れてくれる人はここにいない、と。

 アカリへ向け、現実を叩きつけた。膝頭に置かれた手が震えている。

(アカリ)

 震える手にナヒロは手を重ねなかった。これは、アカリの試練のような気がした。ここで、耐えられなければ、これから起きること――貴族からの陰湿ないびりに耐えられるはずがない。

 ラズファロウは甘い考えは捨てろと、ルディラスにも暗に伝えている。

「ラズ!」

 ルディが声を荒げた。

 弟は常に冷静だった。兄を軽蔑する目で見下す。

「ルディ、考えが甘すぎるよ。行政だと、簡単に切り捨てる厳しい君が」

 遠回しに目を覚ませと、言っているのはナヒロにも分かった。

「彼女は父と謁見するんですよね?」

「そうだ。父から許しをもらわないとならないからな」

 弟を警戒している。アカリをかばって、ラズファロウの腕を掴んだ。

「そうですか。国王はいま外交へ出掛けています。帰城予定までまだかかります。帰られるまで会うことは叶いません。ローラさん、その間貴女はなにを?」

 アカリはほっと胸をなでおろした。

 考えを巡らせ、何かを思いつく。

「……あ、あの。――さっきの女の人がしていたような仕事がしてみたい、です」

 アカリの申し出に、ナヒロはワゴンを押してきた女性を思い浮かべる。アカリに向いていそうな仕事だ。

 ラズファロウは女官の仕事ですね、と呟く。

「お茶運んでくれた彼女のことですね。やりたいのですか?」

「は、はい!」

「わかりました。女官長に話してみましょう」

「あ、ありがとうございます」

 アカリは椅子から立ち上がるとお辞儀をした。

「ルディ。彼女のこと、よろしく」

「俺じゃなくてお前がいけよ」

 ちらりとルディラスがナヒロへ視線をよこしてくる。彼は、目の前に座る人がルディラスが呼び寄せたアカリだというのに、その人がローラに扮していると気がついていない、らしい……。

 残る方がアカリだと信じている兄を引き連れ、ラズファロウは彼を壁際に連れて行った。兄弟の間で一言二言話し終えた後、ルディラスがアカリを呼び二人揃って扉から出て行った。

 とりあえず、無事アカリは望む仕事ができそうだ。

 安堵したのもつかの間。

 ナヒロの前に、冷酷な笑顔を貼り付けたラズファロウが立っていた。

 ひっと出そうになった悲鳴が、喉元で押しつぶされ、空気だけが口から出た。

 扉の内側に人が立っていない。

 誰もいない部屋に、ラズファロウと二人だけのこの状態。

 嫌な予感がする。

 座ったままの二人がけのソファを後ろ手に逃げる。立っている彼にとっては、ちっぽけな抵抗だったのだろう。簡単に距離が詰められてしまう。

 肘掛けに背中があたり、逃げ場を失ったナヒロが立ち上がろうとした。

 ラズファロウはナヒロが立ち上がることを許さない。肘掛けと背もたれに彼の手が伸び、ナヒロはラズファロウの腕の中に囚われ逃げられなくなる。

 相手は第二王子。いくら地方の元領主の娘といえど、振り払うことは出来ない。

「僕の予想だと、ルディと一緒に行ったかたがアカリさん、だよね? ローラさん」

 ラズは偽った名前を正しく言い当てた。

 やはり無理があったか。

 ナヒロとて引く気はなかった。謀ったと知られれば行き先は地下牢、だ。

「わたしが嘘を言っていると?」

 ルディから特徴を聞いていたとしても、少し前に初めて会い、少し言葉をかわしただけでローラが本物のアカリでないと見破った。ルディが見破れなかったのに、この男は見破ったのだ。

「いえ? 理由が知りたかっただけです」

「なにもないわ。わたしはアカリです。ローラじゃない」

 必死で本人だと言い張つ以外に逃げ方がわからない。気のせいか、囚われた時は広かった腕の範囲が狭まってきているような……。

「僕がなぜ、君がアカリでないと断言できるか教えてあげようか?」

 不適な笑みがナヒロに向けられる。勝ち誇った笑みが無性に腹が立つ。

 近づく整った顔に、理由もなくそわそわする。居心地が悪い。顔をそらすと、ラズファロウの肘掛けに置かれた手が見えた。

「い、いらない、ですわ!」

「僕の推測聞いてくれないの?」

「聞く必要がないからですよ!」

 断っているにもかかわらず、ラズファロウは淡々と話し始めた。

 なぜ、アカリがルディラスと部屋を出て行った女性だと判ったか、を。

「ローラって子の手、とても荒れてたんですよね。手が荒れてるってことは、水仕事をいつもしている証でしょう? アカリと名乗った君の手は、指にタコが出来ていた。これはいつも何かを振っている証。そうですね……斧や鍬、などでしょうか?」

 頰が一気にカッとなった。

 挨拶と、手を取られたあの一瞬。彼は二人がどう役割分担して生活しているかを見事に見抜いていた。

 ナヒロは両手を後ろに隠した。その行動が鍬や鎌を振っていると暗に言っているとも気がつかずに。

 ラズファロウは何が面白いのか、ふふ、と笑った。

 何故だろう。ものすごく負けたような気にさせられる。是も否も出来ない。彼の推理が当たっていると言ってしまっているようで、癪に触る。

「そうですか。言えないということは、あながち違っていないと捉えましょう」

 この男に隠し事は通用しないんじゃないかとさえ、錯覚する。

 この人の近くにいるとなにもかも、ナヒロが隠してきた、ヒスメド地方のことまで当てられてしまいそうで怖い。

 まだ、知られるわけにいかない。まだ、早い。

 ここから、逃げなければ。

 ナヒロはラズファロウの胸を押し、どかそうとするが、ビクともしない。

「はなして」

 強く言い放つとあっさりと解放された。

 ナヒロは扉へ向けて一目散に小走りで駆けた。

 扉の取っ手をとり、後ろを振り仰ぐ。ラズファロウはまだ、ソファのそばに佇んでいた。

「貴方のはただの推測にしかすぎません。わたしはアカリで、あの子はローラ。白状することなんてなにもないわ」

 逃げられると確信したナヒロは、捨て台詞を吐き出し

 扉を開けた途端、開きかけた扉が強引に閉じられる。

「な、なにする……!」

 ラズが開けられないように、扉に手をついて、あろうことかナヒロの腰に腕が回された。

 なにが起こっているのか、わからなくて頭はパニックに陥る。

「は、はな……離して!」

 負けたくなくて、強気にいい放つ。回された腕を腰からはなさなければ、出ていけない。

「どうかされましたか⁉︎ 殿下!」

 外で待機している騎士が、閉まった扉を叩く。

「気にしないで下さい。なにもありませんから」

 ラズファロウが何もないといえば、騎士はそれ以上、聞いてこない。

 衣擦れの音が扉の向こうからわずかに聞こえて、止まった。

 なんとしてでも、扉を開けようと両手で引くが、押す力が強いせいで開かない。

 初対面でこのようなことをされる覚えはない。必死に開けようとする扉はビクともしなくて、泣きたくなる。

「!」

 背中に重みを感じた。肩に、ラズファロウの顔がのっているのを感じる。

 呼吸する音が、耳元で聴こえてくる。

(やだ。どうして)

 胸が信じられないほどに早鐘を打っている。

「ローラ」

 心臓が跳ねる。ラズが耳元で艶めかしく、囁いた。

「アカリさんを巻き込んで、なにをするつもりですか?」

 どきりとした。

 ナヒロの計画が知られてしまっているんじゃないかと錯覚しそうになる。

 誰にも話していないのに、知られるはずがないのに。

 この男、危険だ。

「なんのことでしょう?」

 緊張で身体が強張る。逃げ道をなくされたことで、声が少し震えてしまった。叱咤して、震える唇を噛み締めた。

「へえ、しらばくれるんですね?」

「――離して下さい、殿下?」

 取っ手から左手を離して、拳を作る。

 ラズファロウの脇腹へ勢いよく肘鉄を入れた。油断していたラズの腹へヒットして腕が緩んだその隙に、扉を開け、廊下へ逃げだした。

 足早に部屋から離れる。追いかけてくる足音はしない。

(あの男、城下で聞いた噂とは全く別人じゃないの! 誰が、誰が優しいですって⁉︎)

 あの王子は優しさの仮面を被った、とんでもない男だ。

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