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あなたに会うまで  作者: 柚希
6幕
24/36

第3話 弟王子は要注意1

 姉妹を乗せた馬車は村を出立して数日後、城下町を走っていた。王城へ真っ直ぐに延びる賑やかな中央通りを避けるように町を外から周り、東門から町へ入った。仰々しい正面の門は避け、城の裏門から城内へ入った。

 裏門は城内で使われる食材や、卸売り業者など様々な業種の人が使う門としても使われている。

 第一王子に来てほしいと連れられたとしても、正門は通れない。正門は国外の王族、もしくはこの国の王族や貴族以外通ることは許されない。

(とうとう来たのね)

 馬車を降りて見上げた白亜の城は夕陽に照らされ紅く染まっていた。


 アカリとナヒロの名前を長く交換し続けることは無理がある。後ろ姿が似ていても、自分の性格がアカリのように可愛らしく振る舞い続けれられないことを十分知っていた。

 アカリはとっさにナヒロのことを『アカリ』と呼べない。人前で咄嗟にナヒロのことをローラと呼んでしまう。

「ロー、ちゃ……あ、えと」

 ナヒロの予想は簡単にあっさりと当たってしまった。

 王族へ会う前に身なりを整えるように言われ通された部屋で、ナヒロは本来アカリが着るドレスを身にあてて、等身大の鏡の前に立っていた。

 アカリがナヒロの姿を後ろから覗き込み、感嘆の声をあげた。

 ドレスに魅入られ、アカリは危うく言い間違いかけ、口を噤んだ。姉妹の着替えを手伝う女官は準備に忙しなく、アカリの言い間違いを聞いていなかったのが幸いだった。

 アカリが安堵する。間違えたと舌を少しだけぺろりと出した。普段なら可愛いさに飛びついてしまうところなのだけど……ナヒロは額に手をあて息を吐いた。

「アカリ様にはこちらの色なんてどうでしょう?」

 女官が数あるなかから選んだものは薄い黄色を基調とし、スカートに濃い黄色で刺繍が細かく入れられている。

 身体に合わせた自分専用のコルセットをこれでもかとひきしぼるが、ナヒロの体格に合わせた専用のコルセットがあるわけもなく、誰の身体にも合わせやすいコルセットの上からドレスを着て、髪を結い上げれば田舎の娘と思えない出で立ちになる。

「ア、カリ。綺麗だよ!」

 アカリはナヒロの全身を鏡を通して眺めて両手を叩いた。アカリはナヒロよりも劣る簡素なドレスを着ていた。

 仕上げにイヤリング、ネックレスをして準備が整った。



 姉妹が次に向かった先は応接室と呼ばれるところだった。調度品は質の良いものが棚の上に並べられ、縦長のテーブルの上には花が花瓶に挿して飾られている。

 目を輝かせ周囲を見渡すアカリに対して、ナヒロは椅子に座り、緊張しながら訪室の知らせを待った。

 この国の第一王子ルディラスは、王位を継承する人だ。ナヒロは会ったことがないので、どのような人か知らない。けれど、城下では双子王子の片割れとして人気がある。弟のラズファロウ王子もルディラス王子に引けを取らない容姿を持つ。二人が並んで城下に現れれば、若い女性が歓喜の声を上げるという。

 ナヒロが王都へ出稼ぎに来てその場面に一度も遭遇していない。本当のところは分からないが。アカリは双子王子の兄ルディラスに会っている。

(会ってた期間は三日と少なくても、油断は禁物)

 格好をアカリに似せているが、背の高さは変えられない。

 王宮で王子であるルディラスを謀ることは許されない。地下牢へ閉じ込められてもおかしくないとわかっていても、アカリを守るためなのだ。

 ナヒロは掌をきつく握りしめた。

 ――騙すなら徹底的にやってやる。


 扉が叩かれ、来客を知らせる。

 ルディラス王子を迎えるため、ナヒロは椅子から立ち上がった。

 スカートの皺を直すと、隣で立つアカリがそわそわとし始める。

 アカリの話だと彼が王子だと気がつかなかったらしい。彼が本当にこの国の王子なのかよりも、会えることが素直に嬉しいように見えた。

 それなのに、『アカリ』として王子に会うのはナヒロの方。楽しみにしているその姿に、先ほどまで感じていなかった罪悪感が胸に広がる。

 年頃の村の子は、近くにくると必ずナヒロの背に隠れてやり過ごす子が、こんなにまで楽しみだと態度で示してくるなんて珍しい。

 アカリが唯一、平気だった男の人と会うのが、姉だなんて。

(ごめん、アカリ!)

 心の中で謝り、待機の男性にお辞儀した。

 男性が扉の取っ手に手をかけ、開けかけたところで、外側から引っ張られる強い力に負けて、身体が外通路へ引っ張り出される。

 危うく転びそうになるも、地に足を踏ん張りとどまる。

「で、殿下!」

 そうなった原因の来客へ目を釣り上げた。

「……あー、悪いな。許せ」

 部屋に現れた男性は、彼の肩を軽く叩いて退室を命じる。

 専属の従者の姿がないことを知り渋る男性を納得させた。

 王位継承者がそんなのでいいのかと疑ってしまう。

 そもそも、着替えさせた理由の一つに隠し持った武器などがないかを調べる意味もあると、昔兄達から聞いていたことを思い出した。

 武器をなにも持っていないなら、居なくても平気だと、なめられたものだ。

 まぁ、実際持っていないのだから平気だけど。

 先行して入室してきた男性は、初夏に彩る新緑を思わせる綺麗な緑の瞳に、混じることを知らない綺麗な金色の髪が後ろへ撫で付けられている。

 並んだ二人の姉妹を見比べ、一度、考え込んでから。

「アカリ!」

 どちらがそうなのだろうと首を傾げた。

 血の繋がりがない姉妹が本当の姉妹に見えるよう、ナヒロがアカリに容姿を似せているため、初めて会う人は二人が姉妹だと疑わない。

「どっちだ?」

 男性が首を傾げた理由がそこだと思っていたナヒロは彼の疑問に目を瞬かせた。

 ドレスを着て、粧し込んだナヒロがアカリだと暗に示しているにも関わらず、彼は今なんて言った?

 華やかなドレスを着たナヒロと質素なドレスのアカリを見比べて、ナヒロがアカリじゃないと見抜いているそぶり。

(嘘でしょ⁉︎)

 彼は、本当のアカリの姿を見つめていて……。

 アカリも彼の眼差しに、そうだと言わんばかりに見つめ返していて。

 ああ、これが感動の再会なのね、となる場面になるけれど、『アカリ』はいまナヒロだ。

 けれど、やはり根本の雰囲気が違うのだろう。

 こんなにも似せているのに。

 そうです、の返事の代わりに、アカリがはにかむ。

 ふんわりとした甘い空気が二人の間に漂い始めた。

 良くない。いけない。

 城で働く人たちからのいわれようのない視線から、彼女を守るため。気に入らないと陰湿なことをしかねない貴族出身の女官の目がナヒロへ向くようにするために、アカリと変わった。

 初日に、違うとバレてしまったら、即牢屋行き決定になってしまう。

 二人の絡み合った視線をたちきるようにしてナヒロはルディとアカリの間に入り込んだ。

「ルディラス様」

 甘く可愛らしさを含ませ名を呼ぶと、こちらを向いてくれた。

「わたしがアカリ、です」

 申し訳ない気持ちが態度に出てしまった。目が少し泳いでしまう。

「え、君がですか?」

 突然割って入ってきた別の声に、こちらが驚いた。

 ルディラスの後ろに顔の作りがよく似た別の人が立っている。

 彼はルディラスと同色の髪を後ろで結んでいた。

 そんなに長髪でもない髪は後ろが少し跳ねているようにも見える。

 けれど、雰囲気が全く違う。彼はルディラスの横に並ぶと、ナヒロをまじまじと値踏みした。

「ええ、そうです……けど」

 下から見上げていった彼とナヒロの目が合うと、一瞬にして、背筋が凍った。

(なに、この男!)

 ルディラスだけでなく、この男までも、着飾った女性がアカリじゃないと、見抜いてしまっているのだろうか。

 たった、ひとめ、見ただけなのに。初対面で見破られるような、失敗をしていない、はず。

「ルディから聞いてた彼女の話しからして、貴女ではないと思ってしまっていたんです。申し訳ありません、こちらの勘違いですね」

 ルディラスと 似た青年は、ナヒロとアカリを交互に見て、紳士然と挨拶をした。

「僕はラズファロウといいます。ルディの弟です。君がアカリさん、貴女の名前を聞かせてもらっても構いませんか?」

 ラズファロウは、アカリの手の甲に挨拶をすると柔らかな眼差しでアカリに微笑んだ。物腰が柔らかなのに、なぜが寒さを感じる。

 それはアカリも同様で、袖から出た素肌をさすっていた。

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