第1話 転機1
ヒスメド地方の現状を二年前に現地でみせてもらえたことは、レイカとケヴィンに感謝しかない。
現地に行ってから二年。
あれから、なにか行動を起こそうにも、やはり通行証がなければ、アルバ領に入ることができなかった。ただひたすら、外からヒスメド地方の情報を集めるしかなかった。歯噛みしたい状況をどうにかしようと、ミルリィーネから得たフェルドナの情報で、幾度か王都へ赴くが、あまりいい収穫もない。
レイカとケヴィンからの連絡は二年前からぱったりとなくなってしまった。連絡が途絶えたといって、ナヒロが王都へ足を運ぶことを止めなかった。
十八になれば、領主権限を主張できる。十八になったらアルバ領へ再び行くと決めていた。
しかし、ナヒロが十八となる数日前。アルバ領の間所は一切開かず、閉門されたままとなった。
その理由を探ろうとしていた時期にタイミング良くミルリィーネの依頼が舞い込んだ。王都へ行く前の寄り道でアルバ領近くの町へ立ち寄ることにした。
アルバ領は隣国ウルマリーへ通じている。いくら通行料が他と比べて割高で、迂回した方が安いとはいえ、便利である。
通行にも条件がつき、馬であれば領を三日以内に。馬車は四日以内に領地を出なければ、捕らわれ、尋問されるという悪質さ。その日数は通行証とは別に渡される日付が押印された通行許可証などという、アルバ領内でしか使えない証明書を領から出る際に間所へ出さなくてはならない。
厳しい条件に、旅人は嫌煙し、間所を通るのは、有名な旅芸者らだけになってしまっていた。
それすらも、許さない理由は、やはりナヒロなのだろう。ヒーオメはナヒロの年齢を覚えていて、遺体の見つからないナヒロが生きていると確信している。
ナヒロが十八となったら、領地を取り戻しに来られなくするために、間所を閉じた。
領の間所を閉じるには一介の地方領主に権限は与えられていない。統括するアルバ領主を脅しでもして、許可書を強引に貰ったのだろう。
アルバ領そばの町で、ナヒロの予想はおおよそ当たっていたことを確信した。
王都へ行くとそこでも、アルバ領が何を思ったのか、一切開門しないという情報が早くも囁かれていた。閉門してからすでに一週間。間所は王族の許可なくして、閉じることは許されない。理由があるならば、間所に国王、もしくは王子直属の伝令か、騎士団がいなくてはならないが、姿を見ない。
間所所属の兵は、王族に許可を得ているというが果たしてそうなのだろうか、と。
真偽の程を知っているものは居ないのかと話す彼らの旅人の装いをしていた。
酒場の噂とナヒロが町で集めた情報は信頼できる情報屋に売らなくてならない。大切な生活資金源だ。
ナヒロが最も信頼できる情報屋ケヴィンは王都にいるのかいないのか、なかなか居場所が掴めず、売ることが出来ない。
間所の情報を集めたさに、毎夜酒場に足を運べば、不審がられてしまう為、頻繁に行けない。
情報屋がいれば、足を使わずとも向こうから情報は入ってくるというのに。
ケヴィンの居場所を掴めないままに、十日が過ぎてしまい、これ以上王都に滞在すると、昼に稼いだ生活資金が底をついてしまう。
大切な妹一人でいつまでも留守番させるには些か不安だ。ナヒロは、中途半端な情報を手に、王都を離れることにしたのだった。
王都に長期滞在ができれば、もっと効率的なのに。
ナヒロはため息をつきながら、宿を後にした。
帰村して、村長に二人分の税金の支払いを終わらせる。家に着くとアカリから、嘆き半分に怒られてしまった。ナヒロが思う以上に、心配かけてしまったことは反省した。出稼ぎに行った両親が命を落としてしまったことがあった。あの事が頭を過ぎったのかもしれない。
越冬の準備に、作物の収穫を畑でしている最中に、アカリが慌てた様子で裏口から飛び出してきた。
誰かが家を訪ねてきたらしい。姉妹が暮らす家に訪ねてくるのはミルリィーネ一家ぐらいなもの。
頻繁に様子を見に来るミルリィーネだろうと、アカリに聞くと違うという。ミルリィーネならアカリでも対応できる。
ドアが乱暴に叩かれて怖がるアカリを畑で待たせ、ナヒロは家に戻った。
ドンドンドンと鳴り止まない荒い叩き方に、ドアが今にも壊れてしまいそう。壊れたら修理してもらおうと、返事をした。
「はよぅここを開けんか!!」
声の主はどうやら村長だ。珍しい。
玄関を開ければ村長と田舎村で見ることのない身なりのいい若い男性が立っていた。
今月の税金は遅くなったが、支払った。村長がこの家に来る用事は何もないはず。
「――出るのが遅いからって、叩きすぎなんじゃないの? 村長」
いつもの調子で皮肉を交えた口調で、玄関口を家に入れないよう、道を塞ぎ対応する。
――すると。
村長は五十代らしかぬ強さで、ナヒロの腕を掴むと、彼の後ろに立つ若者へご機嫌伺いのような声で尋ねた。
「あ、あの。申し訳ないのですけども、これと二人で話したいのです。少しここでお待ち頂いても?」
「構いませんよ」
若者は爽やかに応じた、途端。遠慮なく家の中へ押し込まれた。ドアが乱暴に閉められる。
「ちょっと、何するのよ!?」
あまりの暴挙に、声が荒くなる。
「静かにせぇ!」
村長の声を抑えた一喝に反論する言葉を失う。こんな村長は久し振りに見た。
村長は静かになったナヒロを見上げた。
「ルディラス王子をしっとうか?」
突然の質問に開いた口が塞がらない。老若男女、この国の誰もが知る、この国の第一王子の名前だ。
「第一王子様の名前でしょ。とうとうボケた?」
「た、たわけっ。口を慎まんか!」
ローラの襟首を掴み強引に屈ませる。
村長はドアの外を確認した。外で待たせる男性に聞こえてないかと気にしているらしい。
「その王子がこの家でお世話になったと、あの人は言うとった。どぅいうことか説明せぃ」
村長はドアの外を指した。家の外で待たせている男性のことをいっている。ナヒロはそれだけでも、なんのことなのか、さっぱりだった。
田舎に王子が来るはずがない。嘲笑気味に答えると、唾を飛ばしながら「あの人がそう言っている」と怒鳴られた。
第一王子、ルディラス。
彼は王位第一継承者。その彼がこの家にいる姿を見た事が…………。
ナヒロはそこではっとした。つい最近、ナヒロは家を空けていた。まさか、その間に王子がいたなんてこと――ありえない。
ナヒロは長期家を空けている間、村長の言うように王子が家にいただなんてことは……ああ、ありえる。
(そういえば、倉庫にしまっていた毛布が出てたわ)
寒さが増してきているとはいえ、まだ毛布を使うほど寒くない。
けれど、ここ最近、アカリが何か言いたそうに、こちらを見ていたことは気づいていた。
アカリは畑にいる。
確認、しなければ。
「いや、この際、事実はどぅでも良い」
村長の手を振りほどいた。
「村長、事実確認に行ってくる」
「待たんかぃ! わしは頼みを……おい! 聞かんか!」
村長の手を振り切り、ドアをあけると、ゴン、と音がした。アカリは閉められたドアで聞き耳を立てていたらしい。よく聞こえていなかったようだが。
はにかんだ笑顔で誤魔化して、そそくさと逃げようととするアカリを掴まえて、畑に連れ込む。家から離れたここなら、村長に聞かれまい。
アカリの肩を掴む。痛そうに顔を少ししかめた。
「アカリ……あたしのいない間に、何があったのかすべて話しなさい!」
「は、はいぃ!」
アカリはしどろもどろになりながら、ナヒロがいない間の出来事を話した。
森の奥にあるどんぐりが落ちている一画がある。そこで夢中になって拾っていると迷子になり、熊と遭遇して、ルディと名乗る男の人に助けられ、怪我の治療のため数日家に置いたのだそう。
アカリの言う場所はナヒロが教えた場所だった。隠 誰も知らない隠れた場所で迷いやすい。そこへアカリ一人で行くなんて、ナヒロがいれば行かせない。
慣れていなければ、目印がわからなくなって迷う。
「そういうことね」
彼が訪ねてきたのは、王子を助けたお礼、と言うところ。
(謝礼をがっぽりともらおうじゃないの)
その謝礼金はヒスメド地方奪還資金の足しにするのだと、意気揚々と家に戻る。
村長は玄関先で大人しく待っていた。珍しい。いつもなら、畑まで乗り込んででも後をついて回ってくるというのに。
「わしの頼みを聞かずにどこへ行くんじゃい」
杖を支えに、睨みつけてくるが村長はなにも関係ない。村長の頼みなんて、聞いていたら碌なことにならない。
「村長には関係のない話でしょ。口を挟まないで」
「何を言っとる。関係大有りじゃ。わしの知らぬ間に王族と関わりおって……」
知らない間に、村に王族が来ていた事が気に入らないようだ。アカリは『ルディ』と名乗った彼が王族だと知らない。
一言騒ぎたてる村長をそのままに、ドアを開く。男性は玄関前に律儀に立っていた。
「お待たせしました。こちらの話は終わりました。どのようなご用件でしょうか?」
村長を表に出さないように、再び玄関の行く手を阻み、男性に外面のいい笑みを作った。
「判りました。こちらの用件を申し上げます。こちらでお世話になりましたルディラス王子は、アカリ様を将来の相手にしたいとおっしゃっておられます」
すらすらと読み上げられる内容に、ナヒロは頷きながら聞いていて、耳を疑った。
謝礼金を渡しに来たと言うのかと思っていたら、なんの聞き間違いだろうか。いや、聞き間違いだ。
「はい?」
「ですから、アカリ様を将来のお相手にと」
「はぁ?」
頓狂な声が出る。
この国の王子様が考えていることは判らない。
アカリをかばってできた怪我の治療をしただけで、なぜ将来の相手候補となり得るのか。普通は謝礼金で済む話だ。
ルディラス王子様の話は王都にいればよく耳にする。物事をよく考え行動する。悪巧みする貴族をねじ伏せた。など王都では良い話ばかりだったのに。結婚相手を平民から選んだと知られれば良い王子から一転、馬鹿な王子へと成り代わりかねない。
アカリでなくてはならない理由はないはずだ。
「アカリ様は国王と謁見することとなります。しばらくの間王都にある城で過ごしてもらうこととなりますので、お迎えに参りました。お姉様もどうぞ、ご一緒に」
断ろうと口を開いたナヒロは、使者がもたらした言葉が、頭を駆け巡る。
城に滞在できるということは、滞在費がかからずに叔父の情報とホラルダの情報が集められる。
アカリも共にくるということは、アカリは城で安全に守られ、ナヒロは城外で、アカリの身を案じなくても、走り回るこができる。
これ程に美味しい話、そう転がっているわけない。
口を閉ざしたナヒロの代わりに、アカリはナヒロよりも早く嬉々として行きます、と返答をした。




