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あなたに会うまで  作者: 柚希
5幕
18/36

第1話 レイカからの手紙

ここまでが閉鎖自サイト、投稿分[改稿]になります。

 もう何度目かの出稼ぎへ行くことにした。

 叔父と賊の有力な情報は相変わらず見つからず、歳ばかりを重ねていっていた。

 正直、焦っていた。

 ナヒロは今年で十六になる。あと二年も経てば領主となれる年齢になる。十八となったら、ナヒロはヒスメド地方を叔父からとり返すと決めていた。

 それなのに、誰かが邪魔をしているのか一行に賊の尻尾すらつかめていない。

 三週間前、出稼ぎから帰ってきたばかりだったが、ナヒロは近々出立する予定を立てていた。


 村を開ける期間が長ければ、村長に一言言づけていかねばならないのが、数年前から村の決まりになっている。

 長期間誰が村から出ているか村長が把握する名目で、村民会議で強引に可決させてしまった。その決まり、決めたはいいが、そもそも長期間村を離れる村民はいない。

 個々の家には田畑を持ち、その管理をしなければならない。村の子供たちは親を手伝い、田畑の管理の仕方を学んでいく。

 長期間家をあけるということは、田畑の管理を怠るということになる。管理を怠れば、秋の収穫時期に良いものが取れなくなり、収入が減ってしまう。

 収入を減らせてまで、村を長期離れる理由はない。

 なぜ、このような決め事を作ったのか。

 村民会議では、賓客が来村したときに必要になるかもしれないという理由を述べていた。しかし、村を離れない村民にとって、誰のためのものなのか、首を傾げる者が多い中、村長の尤もらしい理由に「可」と言う者が多かった。

 その頃から頻繁に村から出て行くようになったナヒロは、村民会議で決まったことをミルリィーネから聞かされ、憤怒した。

 ナヒロは村民会議に出られる年齢に達していなかった。出ていたら、ナヒロのためとしか思えない決め事に反対した。ナヒロが何処へ行っているか村長が把握する為以外、無理に押し通した理由が思い当たらない。

 村民は村から出ることがあまりなく、意味のないものと思い誰も反対せず、簡単に義務が出来上がった。

 二年前から四日以上村にいない場合は村長に知らせなくてはならなくなった。

 正直、面倒以外の何物でもないけれど、アカリが一人になることを知らせてから出ていける。

 ナヒロが長期家を離れるとなると、以前はミルリィーネの家に行っていたアカリが、近頃は行きたがらなくなった。

 案が通った当初は反対だと、声高に言っていたナヒロだったが、ミルリィーネの家に近寄らなくなったアカリを一人にするのは不安がある。家に一人になると知らせられると思うと、有り難かった。

「村長いる?」

 村長の家にいる唯一のお手伝いさんに聞く。お手伝いさんが村長を呼びに行っている間に、腕を組んで玄関にもたれかかり待つ。

 そよそよと流れるひんやりとした風に、秋が近づいてきているのを肌で感じる。

 そろそろ秋野菜の収穫の時期が近づいてきているときに、家を空けるのは申し訳ないが、収穫の時期はどこも忙しくなる。できた野菜の一部は村長から領主へ献上するのと、村独自の豊穣祭がおこなわれる。

 豊穣祭は今年できた野菜を村に祭られた神様に奉納し、来年も豊作になるよう祈りをささげる。夜には奉納した野菜を使った料理で、村中がお祭り騒ぎをする。

 ナヒロが作った野菜は使われることはない。税金を村人に負担させ、野菜までだそうとはと村人たちがそれらしい野菜をはじいているらしい。

 豊穣祭は本来、豊作になったお礼をする祭でもあるのだから、収穫できた感謝をナヒロなりに野菜で感謝しようと出しているというのに。子供が年齢を重ねれば税金もそれに伴い増えていく。作物がとれた感謝はするが、早く村から出ていってほしいのだろう。

 ナヒロは豊穣祭に参加したことがないが、アカリは新しい料理に出会えるとかで、こっそりとミルリィーネについていき参加しているようだ。

 豊穣祭の準備はナヒロも渋々ながら手伝う。村全体の祭りの準備に全く不参加というわけにはいかない。ミルリィーネとマーリェに引きずられるようにして毎年準備だけは参加していた。今年はその準備の開始が五日後に控えている。

 豊穣祭はさらに十日後に迫っている。

(豊穣祭が近いから許されなさそうな気もするけど)

 豊穣祭よりも重要なものなんてないと村長に一蹴されそうである。豊穣祭以上に大事な用事だからこそこの忙しい時期に村を出るのだ。そうじゃなければ、こんな時期、アカリがブリエッサに年間を通して特にいびられる時に傍を離れたりはしない。

 前以上に悪化したのがリーライ、ブリエッサ、アカリの人間関係。

 リーライはブリエッサに全くその気がないのに、ブリエッサはあきらめずにリーライをアカリから奪うことに必死だ。リーライはリーライでアカリに怖がられているのに、好きになってもらおうと必死で、アカリは、そんな二人からなんとか関わり合いにならないように逃げ回っている。

 村長の娘を無下にできず、リーライはつまらなさそうな顔を取り繕ってブリエッサに付き合ったりしている。

 誰が見ても脈なしなのに、リーライに必死にしがみつくブリエッサを温かい目でみる大人もいるが、大半はいい加減気が付けばいいのにとあきれられている。

 リーライがはっきりと「好きになることはない」言えばいいのに、言わないからアカリはブリエッサに睨まれ、疎まれている。その反動はナヒロにも表れ始め、すれ違いざまに嫌味を言われる。言われっぱなしは性に合わないナヒロは言い返し言い負かしてしまい、その怒りが余計、アカリにぶつけられているようだ。

 ブリエッサはまだ帰ってきていないようだが、顔を合わせて余計な体力を使う前に早く帰りたい。

 お手伝いさんが家の奥へ引っ込んでから村長はなかなか出てこず、何をしてるんだとやきもきしていた。

「ローラ・リラさん?」

 突如、誰もいないはずの暗がりから人の声がした。

 驚き、もたげていた家の玄関の柱から体を離し、声のした暗がりに視線をさまよわせる。

 人影らしいものがどこにもないはずが。

「!」

 すっと人の姿が土を踏む音がすることなく闇の中から現れた。

 上背があり、ほっそりとした体格。三十代から四十代の風貌の男で、黒いスーツを着、両手を後ろに組んでいる。

(こいつ、只者じゃない!)

 気配、足音すらも消して、すっと近づいてくるのは相当な手練れの人間がなせるわざだ。ナヒロでさえ、今後のためにと習得したいのに、なかなかできない。

「だれ」

 警戒しながら誰何すいかする。

 気配を消して人に合おうとする職業は限られてくる。間者か情報屋、それとも……。

「レイカという方をご存じありませんか?」

 問の答えはなく、彼は要件を述べた。

 あまり時間をとっていられないのかもしれない。

「……知り合い、よ」

 レイカ。数年前に偶然知り合った、名前以外なにも知らない女の子。

 危なかったところを助けてもらって以来会っていない。約束したことですら、もう忘れていると近頃思っていた。

「私は、彼女の使いの者です」

 右手を前に頭を下げる。

「お手紙をお預かりしております。返事を聞いてくるようにと」

 左手から封筒を差し出され、不審に感じながら受け取る。

 封筒の宛名は何も書かれていない。裏も同じく、差出人は無記名だ。

 封を開けると二つに折られた一枚の紙が入っていた。

 広げると要件だけが簡潔に書かれていた。メモと取られてもおかしくない走り書きの文字。


 “明後日 日が上る時間 レワノ領の間所”


 文字の読み取りがわかりずらい。ナヒロにわたるまでの間に誰が見るかわからない。最低限に抑えたのはわかるが。

「行きます、と伝えてください」

 男性に返事を告げ、差し出された左手に疑問符が頭の中に浮かぶ。

「封筒と中の用紙を」

 再度目を通し頭におぼえこませると封筒に紙を元の状態に戻して入れ渡した。見られたところで、この文面では何のことかさっぱりわからなくても、念のため回収するらしい。

「来るなら髪を短く切ってくるようにと」

「わかったと伝えて」

 男性は封筒を受け取ると、ほんの瞬きの間に闇に姿を溶け込ませるようにして消えた。

(なんて業なの。私も習得できるならしたいわ)

「ローラ、何用じゃ」

 今のやり取りを盗み聞きしていたかのようなタイミングで村長が家から出てきた。

「わっ! びっくりした」

「なんじゃい。そっちが呼び出しておいて」

 気配もなく立ち去って行った男に関心をしていたら、村長の事をすっかり忘れていた。男が消えたそのタイミングで声がかかり、両肩が跳ね上がった。

(今の会話、きかれた、か?)

「あ……あのさ、近々――ううん、明日出稼ぎにいくからアカリのことよろしく」

 動揺を悟られないよう、いつもの調子を装う。少しだけトーンが高かったかもしれない。

「なんじゃと。もうすぐ豊穣祭だというのにか?」

 村長が顔をゆがめる。

(うん、聞かれてない、ようね)

 ほっと安堵した。聞かれていたら怪しまれてしまう。

「あたしには一切関係ないわ」

「むぅ、そうかもしれんが……」

 豊穣祭は村中が忙しくなる。そんな時に村民1人が抜けるのは村長として許可できない。村長はしばらく黙りこみ、ナヒロと睨み合う。

 一歩もゆずる気のない真剣な眼差しに、村長はふぅと短く息を吐き出した。

「まぁいいじゃろう」

 渋々ながら村長は承諾した。

「じゃ、明日の朝、見つからない時間に出ていく。それならいいでしょ」

 この時期に行かなくてもという村人の愚痴が出ないように、見られる前に村を出ていけば問題ない。許可をだした村長に、矛先がいかないようナヒロなりに配慮する。

「わかっとるならいい」

 さっさと家へ帰れとしっしとやるように手を振られた。

 用は済んだ。言われなくても、帰って急いで準備をしなくては。

 ナヒロは踵を返し、帰路を走り出した。


 玄関を閉めるふりをしていた村長は、手を休めナヒロの後姿が暗闇に溶けて見えなくなるまで目で追った。

 玄関先に来ていると言われ、またいつものことだろうと待たせていた。

 玄関先でひそひそと人の話し声が聞こえ、聞き耳を立てていると最低限の事しか話していないようで、何のことかわからなかった。

 豊穣祭のこの時期に出稼ぎに行くというのは、先ほどの会話に何か関係がありそうにも思える。

 許可はしたが……。

(あの小娘、出稼ぎと称してなにやっとるんだか)

 村民にナヒロの出稼ぎをまだ知らせていない。この時期に出ていくとなれば、いない理由を誤魔化すわけにもいかない。

 ナヒロが十六になってから三か月。出稼ぎと言って四、五回、長期間村から出ている。そろそろ二人分の納税額がたまっているだろう。

 そろそろ村民の負担を減らす時期。気づかれる前に言ってしまう方が、うまく収まる。ナヒロのいない豊穣祭に。

 村長は今度こそ、玄関をきっちりと閉め鍵をかけた。

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