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あなたに会うまで  作者: 柚希
4幕
16/36

第4話 蠟印(ろういん) 1

 翌日。西の空が赤くなり始めた頃。

 唯一ある集会所前は火が焚かれ入口を明るく照らしている。

 大人が50人収容できる集会所に集まりだした大人たちは緊急の会議に戸惑いを隠せないでいた。緊急で会議が開かれる事例はあまりなく、以前に行われたのは、両親を亡くした姉妹を孤児院か教会のどちらへ預けるか、だった。

 よほど早急に決めなくてはならない案件があり、どうしても集まってもらわなければならないことがない限り、事前に知らせが回ってくる。今回はなんの前触れもなく、早朝に村長とルエンが村の大人へ直々に緊急会議を開くと言い回った。内容を聞いても教えてもらえなかった。

 凍えるような寒さのこの季節、話し合うようなことはここ数日起きていない。村内で事件が起きれば、その日中に村中に人から人へと知れ渡り、話を聞いたその日に会議と言われれば、誰もが事件のことだろうと予想できる。

 言えないような案件がこの村にあるのかと首を傾げた。大事おおごとになるような事件は、ここ最近起きていない。緊急で議論するようなことであれば、誰かが耳にしているはずなのに、集会所に集まる誰もが何を話し合うのか分からない。

 先に集会所へ来ていた村民に、来たばかりの村民が声をかけ、会議の内容を聞きまわるという不思議な光景が集会所で繰り広げられていた。

 会議は大人以外出ることができない。

 ミルリィーネは弁解の場があると言っていた。いくら当事者が子供だからと言って、呼ばないわけにはいかない。アカリが呼ばれ経緯を聞くという。当事者が会場から退場した後、討論し結果が村長からアカリへ伝えられるようになっているが、アカリは会議に呼ばれなかった。姉であるナヒロに声がかかることなく会議の時間は迫ってくる。

 姉妹の事を心配したミルリィーネは会議の時間が迫ってくると、ミルリィーネはそわそわと落ち着きなく動き回る。

 姉妹が呼ばれたら行くと笑った。待つ間ナヒロに変わってアカリの看病をしてくれた。

 とうとう始まる時間になっても、誰も家へ来ない。不安に駆られたミルリィーネは、頻繁に外へ行き誰かが来ないかと見回りをし始めだした。

 ミルリィーネは、アカリが弁解する場を設けてくれるのだから、当然呼ばれるものと信じて疑っていない。逆にナヒロは呼ばれないと予想していた。

 アカリは熱がある。熱のある子供が大人の冷え切った眼差しを向けられる中で、事実を話せるかと言ったら、アカリのあまり自分のことを言えない性格だと口を開くこともできないだろう。

 子供には場所を教えない徹底ぶりからして、話し合った結果が伝えられるだけになりそうだ。


 ルエンが、集会所に来ていない妻を呼びに来た。

 姉妹を心配するミルリィーネを強引に引っ張って、会場へ連れて行く。ナヒロが家を出ようとすると、呼ばれていないと突っぱねられた。ミルリィーネのふくよかな体形に隠れていたのに目敏い。中へ押し込まれ、家で待機だと強く言い含められる。

 呼ばれていないなら、と家でおとなしく待っているようなナヒロじゃない。アカリがぐっすり寝ているのを確認すると家を出た。夫婦の後ろを距離をあけて隠れながらついていく。

 集会所の場所は大人しか知らない。子供のナヒロがその場所を知るには大人を尾行する以外なかった。

 ミルリィーネは集会所へ向かう途中、気配を悟られないように一定の距離を空けてついてくるナヒロの姿に気が付いた。驚きはしたものの、ルエンにナヒロの存在が感づかれないよう先を歩くルエンの様子を伺う。

 ナヒロがルエンに気づかれていないかと周囲を気にし始めた。ミルリィーネの態度でバレてしまいそうだ。ナヒロの方こそ、ドキドキした。心臓に悪い。

 会場へついた頃にはミルリィーネは夫へ気を使いすぎて疲れ果てていた。妻の疲労ぶりにルエンは歩いただけだろうと、不思議そうにしながら中へ、ミルリィーネは後を追うように入っていく。

 人がまばらになり、二人の男が中から入口を閉める。静かになった集会所の前へ木陰から出たナヒロは入口が開くか試してみた。固く閉じられた扉は、内側から鍵がかけられ開かない。どうにかして忍び込むには、入口以外で入れる場所を探すしかない。

 別の場所を探しに行こうと振り返ると、ミルリィーネよりは一回り小さなぽよんとした人影がある。誰何すいかしそうになる口を片手でふさぎ、凝視した。

 虚ろな瞳で、ただ集会所を睨みつけるブリエッサだ。なにか呟いている。ぼそぼそと言っていて聞き取れない。なんだか、恐ろしい。

「あんた、どうやってここきたの」

 ブリエッサはナヒロの声に驚いて、周囲に視線を彷徨わせる。扉の左側で身を潜めるナヒロと目があった途端、虚ろな瞳に活気が満ちる。

「そのままそちらに返すわ。子供のくるところじゃないのに、どうやって知ったのかしら」

 嫌味が多大に含まれた反論にあんたもでしょ、と言いそうになる。

 昨日の一件でナヒロはブリエッサの事を心から嫌っていた。もともと村で一番権威のある娘というだけで、大人たちに媚を売られ育っただけあって、性格は歪んでしまっていた。

「わたしは村長の娘なんだから、場所ぐらい知ってて当然でしょ」

 ブリエッサは胸を踏ん反りがえらせ、大きな態度でナヒロへ近づいてくる。

 村長の娘ではあるが、その座を継ぐのはきっとブリエッサの未来の旦那になる。候補としてあげるなら下の弟が先になる。弟にその資格がなければブリエッサに権限は移るかもしれないが、彼女が継ぐことはない。

 自分のしたことにはしらを切り、他人へ責任を押し付け、気に入りの人にはやさしく、そうではない人には冷たくそっけない。こんな娘が村長となれるかと問われれば大半が否というだろう。

 そんな子供に村長が重大な会議の場として使っている集会所を簡単に教えるとは思えない。

 人の目を欺いて、隠れてついてきたのを誤魔化していると結論づけると納得できてしまう。

 ナヒロはガラス張りの玄関から中の会場へ目をやる。今頃、中では会議が始まったところではなかろうか。

 ナヒロの意識はブリエッサよりも集会所の中の会議にしかなかった。

「娘だろうが、なんだろうが子供は子供」

 うるさいブリエッサに構っていられず、ぼそりと言った一言は静寂な場所では容易に彼女の耳に届いまった。

「子供じゃないわ! わたしは」

 金切り声をブリエッサはあげた。子供じゃないならなんだというのか。

「村長の娘よっ」

 両手をフルフル震わせても、言い訳にしか聞こえない。

(あぁもう、邪魔だな)

 一刻も早く会場内へ殴りこんでいきたいのに、ブリエッサがいることで叶わない。ナヒロが動けばブリエッサも声量を抑えることなくぴったりとついてくる。

 ブリエッサをひき離せないかと逡巡していると、ブリエッサの固く握りしめられた右手に目がとまった。ブリエッサの小さな手に収まりきらないそれは、ナヒロが見たことのあるような形をしている。

「あんた、なにを持って……」

「な、なんでもないわよっ!!」

 慌てて後ろへ隠す。隠したところでナヒロが引くわけがない。もしかしたら、今回の一件にかかわっているものかもしれないのだ。

「なに持ってんのよ」

 早く出せと凄み、取り上げようとしたができなかった。ぽっちゃりとした体格が盾となりナヒロの手が届かない。

「何してるんだ! お前たちは!!」

 突如上がった男の人の声に、二人ともびくりと肩を上下させた。

 集会所の玄関が開かれ、ルエンが怒りの形相で立っている。その後ろから村長が会場から外へゆっくりと出てくる。

「村長、あんたんとこの娘が来ている」

 親を見つけたブリエッサは、ナヒロの後ろへ隠れようと下がった。

 親から逃げるということは、この集会所を村長は教えていない。ブリエッサが誰かの後ろからついて連れてきてもらったのだ。

 ミルリィーネを追いかけたナヒロのように。

「ブリエッサ」

「ひっ。ご、ごめんなさい!」

 ブリエッサはしずしずとナヒロの後ろから現れて、父へ謝った。名前を呼ばれただけで、飛び上がりそうになる。ひどく怯えている。

「帰りなさい。ここはお前の来るところじゃのーて」

「か、帰ります。でも、その前にどうしても言わないといけないことが――」

「なんじゃ」

 ブリエッサは震える右手に持っているものを差し出した。ブリエッサの最も近いナヒロはそれを目にして驚いた。

 見間違いでなければ、これは蠟印ろういんだ。

 平べったい四角形の上にデニレローエ村のマーク、三つの木の実が重なり連携した形の持ち手。デニレローエ村のものだと一目でわかる。

「あの、これ……」

 村長がブリエッサの手の中にあるものを凝視する。

 村長の手には同じ形の蠟印がある。それぞれの村や町、そして領地を治める主がもつ蠟印は唯一、一つしかない。同じものはないのに、瓜二つのものがここに揃っている。

 どちらかが似せて作られた偽物だ。

「説明せぃ。どういうことじゃ」

 手を出したままブリエッサは石像のように固まり、目尻にうっすらと涙がたまっていく。

「そなたのそれはなにか説明せんか!!」

 村長がブリエッサを怒鳴りつけた。イライラしているのが誰の目でも明らかだ。

 外へ出たきり帰ってこない村長の低く怒りを抑えた声が集会所内まで届いたのだろう。

 集会所に集まっていた大人は何事かと、様子を見に外へ出てくる。

「こ、これは。……これが本物の蠟印です! 父さんが使っているのはこれで……」

村長は蠟印をふんだくるようにして奪い、持っている蠟印と見比べた。

 偽物は本物のようだが、明らかに違うところがある。木の実の向きだ。本物は上から右、左、右と向いているのに対し、偽物はその逆となっていた。作った者が混乱しないように、ワザとそうしているかのようだった。

「わしは偽物なんぞ持っておらんはずじゃが?」

 ブリエッサはスカートを握りしめた。なにか知っているらしい。

「あの、実は……」

「村長。皆が見ています」

 ブリエッサが意を決して口を開いた。そのブリエッサをルエンが遮る。

 集会所の入口には村長の声に驚いた大人たちが集まりだしている。

「ルエン、今日の臨時集会は中止じゃ。これの件を聞いてからじゃ」

 承諾したルエンは、集まった大人たちへ中止だと伝えに集会所へ向かった。

 二つの蠟印を仕舞い、ブリエッサの腕を掴む。ブリエッサの横で立ち尽くすナヒロの存在に気が付いた。完全に忘れられていたらしい。

「ローラ。アカリの件は保留じゃ」

 遠くでルエンが臨時集会の中止を声を上げて伝えているのが聞こえてくる。中止に、議題はなんだったのかと一部の大人が詰め寄る怒声が聞こえる。

「そのようね」

「こやつから聞いた後に、知らせに行く」

「気長に待つことにするよ」

 頷いた村長はブリエッサと共に集会所を後にした。ひきづられて行くブリエッサに、昨日のような強気の姿勢はこれっぽっちもなかった。

「ローラ、戻ろうかね」

 ここにいても仕方がない。ナヒロの肩をミルリィーネが軽く叩いた。

 人の喧騒がうるさい。ルエンの対応に納得できないと男たちが声を荒げているのが聞こえる。

「アカリが心配だから、急いで戻るよ」

 ナヒロはミルリィーネと共に、家へ向かった。

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