第3話 犯人は
二人は床へ棚や引き出しに入れられた物を乱暴に放り投げていく。
他人の家なのだからと遠慮して探すのではない。血眼になって、なくなった蠟印を探している。
ミルリィーネは玄関前を右往左往し、頼りなげに視線をさまよわせている。ナヒロは玄関で大人たちの行動を目だけで追っていく。
彼らの探し方は、この家に蠟印があると確信をしているようだ。
家内は広くない。母のミティーアが料理をしていた、玄関を入った最初の部屋とアカリが寝ている部屋の二部屋だ。
他にあるとすればアカリが寝ている部屋にドアがあり、そこから出るとナヒロが育てている畑がある。畑には納屋と道具置場が家から離れたところにある。
「ないな……。ガセか?」
ナヒロの近くで物色していた男が首をかしげ、呟いた。
その言葉にナヒロは瞠目した。
(ガセ……って!? 確実にここにあるってこと!?)
この家のどこかにあるとするならば、人があまりよらないぼろい家へどうやって入れることができるのか、謎である。
ナヒロの変化を気にも留めず、男はルエンに「そっちはどうだ」と神妙に問う。
「まだだ」
ルエンは手を止めることなくナヒロの目の届く場所を探していた。ふと、アカリの寝ている部屋へ目を向ける。
「おい、こっちだ」
もう一人の男を呼んだ。二人で寝室へ向かう。
「あんたっ、そっちにはアカリちゃんが!!」
ミルリィーネが止めるも聞かない。
ナヒロは、二人か寝室へ入っていくのをただ、見ていた。姉妹の寝室として使っている部屋だ。余計になにも出てこないと自負している。
ルエンと男はナヒロの視界から消えた。ミルリィーネはナヒロの隣で慌てふためく。
寝ているアカリが起きてこないかと心配なのだ。起きて最初に、普段家にいない人が家の中にいたら何事かと、声を上げるだろう。そうなれば、ナヒロがアカリの側へ行けばいいだけだ。
寝室を探られている間、ナヒロは蠟印が家へ持ち込まれた経緯を探していた。ナヒロが畑に行っている間、玄関は開かないように鍵をかけている。窓が一つしかない家だ。窓は開けられないように、壁にくっつけられている。開けられるような仕組みになっていない。窓から投げ込まれるようなことはない。
玄関が一番有力だ。
夕方になるとアカリが日曜学校から帰ってくる。玄関を開けたら、ナヒロは畑から家の中へ戻るようにしている。
おんぼろで何もないからといって、家の中に誰かが無断で入られることのないように、だ。
今日だけではない。もしかしたら昨日入れ込まれたかもしれない。記憶をたどるがら昨日も来客はなかった。
しかし、そこで普段と違ったことがあったと思い出す。昨日アカリは初めて、ずぶ濡れで帰ってきた。昨日の天候は晴天。雨が降った形跡はない。アカリはナヒロがあげた鞄もずぶ濡れにしていた。
なにも言わないアカリと濡れた鞄。
(まさか!!)
ナヒロはアカリの鞄が置いてある寝室へ駆け込んだ。二人の男たちは鞄を囲んでいる。鞄の中身は、床に散らばっていた。
アカリが日曜学校で使う使い古された教科書と……見たことのない、小さなガラス製の円筒の物があった。
ナヒロはそれが蠟印だとすぐに分かった。見たことがあった。実際、ナヒロも持っている。大事に、首から下げている。これは両親から預かった、大事なもの。なくしてはならない。
「どうやら持っていたのは妹の方だったようだな」
予想が的中してしまった。昨日、アカリの鞄に、誰かが入れた。罪を姉妹にかぶせるために。
「……ローラ!」
ミルリィーネが家に入ってきていた。
ナヒロの右肩を掴み強く揺すられる。
「……」
ナヒロはなにも言葉にできない。確たる証拠がアカリのかばんから出てきた。これ以上の証拠はどこにもない。
「これは村長に報告させてもらおう。そのあと村の集会会議にかけさせてもらう」
ナヒロとアカリを村から追いだす裁断を仰ぐということか。
「ローラ! あんた!」
ミルリィーネは嘆きの混じった声で叫び、旦那の腕にすがりつく。
「アカリがこんな、こんなことするわけがないじゃないか! あんたも知っているだろう? こんな純粋な子がするわけないじゃないか!」
ルエンは妻の腕を振り払った。その勢いにミルリィーネはよろけて尻餅をつく。
「おまえは黙ってろ!」
妻をにらみつけ、ルエンは叫んだ。ナヒロを無理やりどかせ、男と一緒に家を出ていく。
行く先は村長の家であり、緊急集会を開くために村民を集会場へ集めに行った。
「ローラ、あんたまさかアカリがやったと思ってるのかい!?」
ミルリィーネは震える手でナヒロにすがりつく。
「思ってない。アカリはそんなことする子じゃない」
「そうだい。こんないい子が、そんなこと……」
ナヒロがここまで面倒を見て育てた。必要なこと以外は一切教えてない。アカリは蠟印が村ごとに、領ごとに収める主が持っていることを知らない。
村長も窃盗にあわないよう慎重に保管していたはずだ。命よりも大事な蠟印。これが手元から無くなるということは村長ではいられなくなるということ。村長は長の座を退けられるのを恐れていた。ナヒロの見る限りでは。
そんな人が、そう簡単に人がわかるような場所に大切なものを保管するような人じゃない。
(そうなると、村長の娘が?)
いや、そうなるとブリエッサは保管場所を知っていて、村長が見ていない隙に持ち出したことになる。
そこまで考えるも、なにかが違う。先ほど男が言った、ガセか。の一言。男は誰かに言われている。確実にこの家に蠟印があると教えられている。
いったい誰が。誰が、蠟印を持ち出し、アカリの鞄へ気づかれないように入れ、さらには別の者へ伝えたのか。
情報が少なすぎる。わからない。まずはアカリに、昨日何があったのか聞きださなければ。かならず蠟印がアカリに渡る何かが起きている。
「ねぇ、ローラ。大丈夫だから。おばさんが、なんとかしてみせ……」
ミルリィーネはナヒロに安心するように、と震えた硬い笑みを向ける。
「おばさん。あたしを、集会会議に参加させて」
ミルリィーネはぱちくりと瞬きをする。
「犯人は別にいる。だけど誰かわからない」
それをあぶりだすには会議に参加し、彼らの発言から導き出すしかない。
昨日、アカリが濡れて帰って来た。鞄も濡らされた犯人が何処かにいる。
「ロー、ちゃん?」
目をこすりながら、アカリがゆっくり起き上がる。
「目が覚めたようだね」
ミルリィーネはアカリが起きたことに喜び、額に手を当てる。熱が下がったかを確認する。
「まだ少し熱いようだけど、身体は辛くないかい?」
「平気だよ」
「そうかい。よかった」
熱がさがったことに喜び、頭をなでる。なでかたはぎくしゃくとしており、この後にある会議にミルリィーネは緊張している。
「アカリ」
「ローちゃん?」
ナヒロの真剣な声音にアカリが首をかしげる。
「昨日、あったことを洗いざらい話してもらうよ!」
アカリがびくりと肩を上下させ、顔を伏せたのをナヒロは見逃さなかった。アカリはなにかを隠している。
「ローラ! そんな、起きたばかりのアカリになにを」
病気が治っていないアカリに容赦しないナヒロを、ミルリィーネはやめるようにと戒める。
「おばさん、これは私たち姉妹の問題なの。おばさんは関係ない!」
ナヒロはミルリィーネにぴしゃりと言い放った。邪魔しないでほしい。これは姉妹を村から追い出したい誰かの仕業。特定しようにも姉妹を煙たがる村人が、対象者が多すぎる。
この対象者を減らすためにはアカリの身におきた昨日の出来事を聞くことが重要なのだ。
ミルリィーネは声を張り上げ、外へ追いやろうとするナヒロに負けじと言い返す。
「なにを言ってんだい!! あんたたちは私の娘も同然なんだ。困っていたら手助けしたいと思うのはいけないことなのかい!?」
ルエンに言われ、びくびくしていたのと同じ人とは思えない剣幕に、ナヒロが気圧された。
「二人ともどうかしたの?」
険悪な空気が漂う中、アカリは瞬きをして首をかしげた。




