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あなたに会うまで  作者: 柚希
4幕
13/36

第1話 木の実拾い

 レイカと別れてから五年後。ナヒロは十三歳になっていた。

 あれからレイカやケヴィンからの連絡は一切来ない。

 情報屋からの連絡が全くないことに焦りもありつつ、まだナヒロに連絡するべき年齢に至っていないということでもあった。

 アカリの両親が残していった畑仕事を日々の日課にしていた。くわを振り上げながら、様々な思いを込めて土へ振り下ろすと、不思議と気分がすっきりする。鍬以外にも草引きに芽の摘み取りとやらなければいけないことが多く、一日が早く過ぎ去っていく。畑仕事はナヒロにとって、大変ありがたかった。


「お野菜育ってた?」

 家の裏の戸を開け、顔を出したアカリは、屋根の下で一休みしていたナヒロへお水を渡しにきた。

 家の裏にある畑はアカリの両親が残してくれた。おかげで季節の野菜が育てられ、食糧に困ることはない。

「まあまあね。今年もミネおばさんところに混ぜてもらえそうだわ」

 それを聞いてアカリは満面の笑顔で答えた。

 裏の畑で作られた野菜はすべてナヒロとアカリ二人で消化する以上に畑が広い。余った野菜は捨てるわけにもいかず、ミルリィーネの家の野菜に混ぜてデニレローエから馬車で二日程離れたマファという町の市場に並べてもらっていた。

 売れた分はこっそりとミルリィーネからもらい、そのお金で生活をしている。野菜は一月に八回、売りへ出しに行き、売れた分が一月の収入としているものの、レフィール王国は十六歳にならない子供が収入のために商売をすることを禁じている。

 両親を亡くした場合は、孤児院へ行くか、教会へいきそこでシスターとなるか。どちらかになる。

 両親が亡くなると町長や村長など、その土地で位が一番高い人が子供にどちらに行きたいかを選ばせ、近くの孤児院か教会へ連れて行き、責任者へ引き渡される。

 ナヒロとアカリ今でも家で生活ができているのは、二人の責任者としての権利を、ミルリィーネとその旦那が持っているからである。

 村長に姉妹が連れて行かれることがないように、取り計らってくれたのはアカリの両親だった。ナヒロが孤児院へいけば、ヒスメドの叔父にナヒロの存在が見つかる。そうなれば、ナヒロの命が危なくなる。

 危機感を覚えたミティーアは、いつ書いたのかも分からない手紙をミルリィーネへ預けていた。両親の手紙が正式に受諾されるまで、一月の期間を有した。

 一月に一度集めにくる子供二人分と野菜を育てるための土地の税金は野菜が売れた金額から、ミルリィーネを介して村長へ支払う。

 形のいいものを作ろうとすれば、子供の手では難しい。野菜作りの知識がそうあるわけではないナヒロが、ミルリィーネの旦那に教えてもらった程度。それでもきれいな形の野菜が収穫でき、市場で売れると聞けば嬉しくなる。

 採れた野菜をこっそり忍ばせるのも大変なのだ。陽が出ている間、村人は外に出てそれぞれ仕事をしている。その目に、ナヒロの野菜がミルリィーネの野菜に紛れさせている所を見られてはいけない。

 一番見られず、怪しまれずに渡せる方法が、夜にご飯を食べにミルリィーネ家へ行くことだ。ご飯の野菜にしてもらうといえば、誰も疑いはしない。あまり沢山は持っていくことが出来ないがこの方法以外に思いつかなかった。

 姉妹は家事というものをまったくやったことがない。

 不得手なナヒロは家事より、畑の方が性に合い、アカリには体を使うより、料理の方が向いていた。いくら向いていると言っても、火を扱わせるわけにいかない。まだ大人の目のもとで火を扱うべき年齢。二人はミルリィーネの家にご飯を食べに行くことになってからもう五年になる。

 ミルリィーネに子供が三人もいることを知ったのは、初めて家へ行った日だった。ヒスメド地方以外無関心だったナヒロは知らなかったのだ。

 子供三兄弟のうち二人は男子。男子の間に挟まれて女子が一人いる。

 上からナヒロの一つ上のイズミ。ナヒロと同い年のマーリェ、三つ下でアカリと同い年のリーライだ。ナヒロはその三兄弟と仲良くする気はさらさらなかったのに、不運にもアカリがマーリェになついてしまった。姉としてかわいがっていた妹が、自分以外の他人になつくのがナヒロは無性に嫌でならなかった。

 なつくだけならまだしもアカリはマーリェのことをマーちゃんと呼び始める。ナヒロのことをローちゃんと呼ばせているが、アカリが愛称で呼んでいいのはナヒロだけだ。近頃家に帰ってもマーリェの話がときどき出てくるものだから、ナヒロのイライラはたまる一方だ。

 アカリに行ったところで九歳になったばかりの子供が理解できるはずもなく……。さりげなく近づかないでと警告するも、無邪気にローちゃんみたいに優しいよと笑顔を振りまく。

 アカリが悪いわけでもなく、無邪気な笑顔のあまりの可愛さに抱き着いて頭をなでてしまう。アカリを泣かせるなんてナヒロには到底できない。

 マーリェと会えば剣呑な空気をかもし出し、近づくなと言わんばかりにアカリを引き寄せることもしばしばだった。



 昼過ぎ。アカリが畑に顔を出すのはとても珍しい。

 アカリはナヒロに水を汲んで持ってきてくれた。

 ちょうどのどが渇いたところだったから、一気に飲んでしまう。空になった容器をアカリへ渡した。受け取りながらアカリは家の方を気にし始める。

「どうかした?」

 作業に戻ろうとしたナヒロは、アカリの不思議な行動に首をかしげながら聞いた。

 先に聞いてくれたことにほっと胸をなでおろし、ひきつった笑顔で慎重に駆けてくる。

 なにか大きな声で話せないのか、両手で小さな筒を作り内緒話をする体制になっている。ナヒロは屈み、アカリの手が耳に届くようにした。

「あのね。……ローちゃん木の実拾いに行かない? マーちゃんたちと一緒に」

 マーリェたちってほかに誰が行くのか。マーリェがいる時点でナヒロの返事は是しかない。

「行くよ」

 聞くよりも先に言っていた。畑の用具を急いで片づける。慣れない手つきでアカリも用具の片づけを手伝った。

 玄関先へ行くと、『その他の人』がマーリェと立っていた。イズミとリーライだ。

 アカリが真っ先にマーリェへ、駆け寄ってく。引き留めるのもおかしい気がする。アカリはナヒロのものではないのだから。いつもよくしてくれているミルリィーネの子供たち。無碍むげにできない。

「待たせて悪かったね」

 マーリェとアカリが自然に手を繋ぐ前に、二人の間に割り込む。繋がせてなるものか。

「いつものところでいいよね?」

「そうね」

 マーリェに、素っ気なく答える。

 毎年秋も深まった時期に、近くの森へ木の実を拾いに行くのが村の習慣になっている。

 五人は森の入口から入っていく。木の実は森の中、村から十分程入れば大抵拾うことができる。

 男二人はそれぞれ籠を持って黙々と拾い始める。リーライはちらちらと視線を動かしている。その視線が妙だ。周りの木の実を見ているように見せかせて、アカリをじっと、見ている、ような?

 ナヒロの視線に気づき、慌てて地面に顔を落とす。気のせい……ですますには変だ。

 リーライの慌てぶりにイズミと一つの籠を使うマーリェが頬を緩めて見守っていた。

 なんだろう。何かがある。

 リーライとアカリの間にワザと入ると、マーリェがあっと小さく声を漏らした。

(ああ、なるほどね)

 リーライがまた、隠れてアカリを眺めようとして、ナヒロと目が合った。

 リーライが慌ててそらす。

(やっぱり、そうか)

 アカリに見向きもしないイズミと違って、リーライはさりげなくすでに籠いっぱいになった木の実を持ちながらアカリの近くへ移動してくる。

 ナヒロに注意しながらも、さりげなさを装い、一生懸命拾っているアカリに声をかけ、籠を見せた。

 アカリは吃驚びっくりして、両の手のひらを合わせ喜んでいる表情から察するに褒めているのだろう。褒められて悪い気がする人間はいない。それも極上の笑顔を浮かべたアカリに、頬をうっすらと赤く染めながら襟ぐりの髪の毛を掻いている。

 どう見てもリーライが一方通行の恋のようだ。アカリは単純に喜んでいるだけだ。

 ぐるりと首を動かし視界にマーリェをとらえる。ほほえましそうに二人を眺めている。弟の片思いを暖かく見守る姉の姿である。

 この木の実拾いを提案したのはマーリェだ。弟の片恋を応援するために。

 村の中でもリーライは、女子に人気がある。イズミと違った女子の心を離さないやんちゃ少年は、女の子たちにちょっかいをかけ、かけられた方は怒りながも嬉しいらしい。


 ナヒロの籠がある程度木の実でいっぱいになってきた頃、五人は森を出ることにした。

 まだ木の実はたくさん落ちているけれど、村の暗黙の了解みたいなもので籠に入るだけの分が採れたらあとはとってはいけない。

 ほしい人がほしいだけ木の実を拾い、遅くに来た人たちの分がなくなってしまうと冬を越すのが困難になるからだ。そのようなことがないよう配慮のために籠に入るだけ採れたら、その日はもう採らない。

 森の入口に門番がいるわけではないが、どうしたって木の実の入った籠を持ちながら村の中を歩かなければならない。二度も行こうとすると見つかり、叱りを受け、拾った木の実は取り上げられ、村長の元へ届けられる。余分に採られた分は村人の誰かへ分配されるようになっている。

 籠をアカリと二人で持ちながら夕日に照らされた道を家に向かって歩いていくと。

「リーライ!」

 甲高い声を張り上げて、道の向こうから誰かが走ってきた。ナヒロには声だけで誰かが分かった。村長の娘ブリエッサだ。

 村長唯一の娘は、甘えて育てられたせいか、自分本位な我儘娘に育ち、欲しいものはなんでも与えられた結果、体格はぽってりとしている。顔もぷっくりとしていて、見るに耐えない風貌だ。

 彼女が近づいてくるにつれ、アカリがナヒロの影にさっと隠れた。籠が傾き、慌てて支える。少し、道端に木の実をばら撒いてしまった。

「今日はいつもの場所にいなかったね。どこ行ってたの……あ、木の実拾いに行ってたんだ」

 ブリエッサは目ざとくリーライが持っている籠の中身をチェックした。周りにほかにもいることなんてお構いなしに、リーライに上目づかいをする。

「ねぇ、次行くときはブリエッサも一緒に行きたいな」

 くねくねと体をくねらせる。くびれのない腰はあまりくねらず、可愛さのかけらもない。ナヒロには気持ち悪いことこの上ない。吐き気がする。

 ブリエッサはナヒロの後ろに隠れるアカリを目敏くみつける。とてつもなくいやそうな顔をした。

「リーライ! どうしてこのブス連れてくの!?」

 誰がどう見たってブスはあんただ。そう思うがナヒロは我慢した。相手は村長の娘。いまでも居づらいというのに怒らせたらよけい居づらくなってしまう。

 昔、村を追い出された理由を思い出して、我慢する。

 ブリエッサはナヒロがばら撒いた木の実を足で踏み潰した。パキリ、と下から音がする。

「いや、姉さんに言われて急に行くことになったから。悪いな」

 ブリエッサはそこでリーライの兄と姉がいることに気が付く。本当にどこまでもリーライしか見えていない。

「こ、こんばんは。ブリエッサさん」

 マーリェが引きつった笑顔で声をかけたとたん。表情が一変した。

「お姉様と……お兄様もいらしてたんですねっ」

 深々と礼儀正しくお辞儀をする。まさに家族にも取り入っておこうという魂胆が手に取るようにわかる。

「あまり呼び止めていても悪いわ。リーライごめんね。次は二人っきりで! 絶対に行こうね」

 やっと解放されるとイズミはさっさと歩いて行ってしまう。リーライも木の実の重さで腕が悲鳴をあげはじめていたためかイズミのあとを追いかけた。

 残されたのは女三人。

 リーライを笑顔で見送ると、憎悪を隠しもしない顔でナヒロの後ろに隠れるアカリに詰め寄った。

 アカリはナヒロの服を強く握りしめる。手が少し震えているようだった。

「アカリ! あんた、私がリーライのこと好きだって昨日言ったこと忘れてないわよね!?」

「そうだった、かな?」

 アカリは首をかしげた。

「言ったでしょ! あんたがリーライに一番近いところにいるんだから、なにかあったら真っ先に私に伝えに来いって! 来なかったらどうなるか言ったよね? 今日の木の実拾いだってそうよ!? なんであたしに伝えに来ないの。この馬鹿! 覚えてらっしゃいよ、どうなるのか!」

 どうやらこの人、村長の娘という権力を使い、言いたい放題のようだ。

 だからといってアカリに向かって馬鹿? 許せるはずがない。可愛いとかならまだしも。

 けれど、抑えなければ。怒りを溜め込むことはよくないことだけど、ここは我慢だ。

 また、二の舞にしたくない。村を追い出されてはならないのだ。

「あんたなんて用済み。この意味わかるでしょ?」

「ごめんね」

 アカリは震えながら謝った。これは、何かあったのだ。この二人の間に。

 ブリエッサが、怒りを吐き出しきれないままに、立ち去った後。

 ナヒロは籠を地面に置いた。

「なにがあったの、アカリ」

 アカリの顔は引きつり、瞳には、涙が浮かんでいる。

 マーリェがアカリの背中を撫でる。

「ブリエッサちゃん、約束守らないとものすごく怒るの」

 涙を零しながら、視線を合わせたナヒロの腕を掴んだ。

「だってね、ローちゃん、マーちゃん。ブリエッサちゃんとアリェちゃんが内緒の約束っていうのをしていたんだけど、アリェちゃん、約束破っちゃってブリエッサちゃん怒ったの」

 デニレローエは小さな村だ。子供たちは皆仲がいい。特に年齢の近いもの同士が集まり遊ぶ傾向にある。この傾向にナヒロは当てはまらないが。

「怒ったブリエッサちゃんは、みんなに協力してもらってアリェちゃんを仲間外れにしたんだよ」

 そんな非道なことをするとは。さすが傲慢に育てられただけはある。村の子は皆、ブリエッサに逆らえない。それをブリエッサは逆手にとって自分のやりたい放題。大人が注意すれば村長の耳に入ってしまうから、誰も何も言わないし、言えない。

 アカリは唇をかみしめナヒロをじっと見上げた。

「あたし、みんなに仲間外れにされたくない。だって、かなしいもん」

 きっと、仲間外れにされたアリェも同じ気持ちだ。

「アカリちゃん、あなたも仲間外れにしたの?」

「アカリ、あんたも仲間外れの仲間になっていたの?」

 ナヒロとマーリェ同時に同じことを問いかけた。もし、アカリもやっているとなれば、それはいけないことだ。

 二人は驚いて顔を見合わせる。

(この人も私と同じようにアカリのことを気にかけてくれている)

 正直うれしかった。

 デニレローエの大人たちは皆、ミルリィーネのように親のいない姉妹に優しいわけではない。

 早く村から出ていけばいいのにと思っている人がほとんどで、優しく接してくれる大人なんてミルリィーネの家族を除いては皆無だ。

 親の姿を見た子供は、いつしか姉妹に冷たく接するようになりだした。大人の影響を受けて。今はまだ、言われていることの意味がわからなくとも、そのうち近い将来必ず同じようになる。

「え? ううん。そんなことしてない」

 アカリは首を振る。ほっと胸をなでおろすが、知らないうちに同じことをアリェにやっているかもしれない。

「本当にやってないんでしょうね?」

「うん、悲しいもの」

 アカリはぐずりながら、そう返事をした。

 ひとまず、ナヒロは安心した。大人たちが自分たちに優しくないからといって、同じようなことを、別の人にやってはいけない。アカリはそれをわかっているようだ。

 村の大人たちだって、優しいのだ。接し方は冷たくとも、正面切って村から出て行けと誰も言ってこない。ナヒロはそれがとてもありがたかった。

 アカリにもそれがわかってくれればいい。



 それからしばらくして。

 秋が深まり冬に移り変わり、日に日に寒さが増してくる頃。

 ブリエッサとアカリの関係はナヒロを巻き込み、村の子供たち大人たちを巻き込んで、予想だにしなかった方向へと転じていくこととなる。

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