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あなたに会うまで  作者: 柚希
3幕
12/36

第5話 約束

 ホラルダに騙された経緯をケヴィンに話したが、年齢を理由にヒスメド地方の情報を頑なに教えてくれなかった。

 なんとしても聞き出そうと、ナヒロが思いつく手段を全てやっても、ケヴィンの口は固かった。

 どうしても諦められず、睡魔に襲われたケヴィンに誘導作戦をするが、睡魔に襲われているフリをしているのだろうかと疑いたくなるぐらい軽やかにかわされてしまった。

 あまりにも話にならず、痺れを切らしたナヒロが直球で話を聞くと、寝息をたててテーブルに伏せってしまった。

 話ができる状態ではなくなってしまい、ナヒロは代わりにレイカへ告げた。

「ここに居られるの明朝までになるのに……。この人、聞くだけ聞いておいて、私に話する気はないのよね?」

 ナヒロが滞在できる期間は限られていた。滞在期間の殆どをホラルダに騙された事で使ってしまった。しかし、村長から村を空けていい期間が三週間だと言われている。

 行きの移動で十日、滞在に十二日。

 約束の日はとうに超えてしまっていた。超えてでも掴みたかった情報はなにも掴めなかった。

 デニレローエ村へ帰らなくてはならない。

「そうだろうね」

 レイカはあっさりと認めた。

()が聞いても同じだと思うよ」

 レイカは窓から離れ、部屋に唯一あるベッドへナヒロを手招いた。

「ここ使って。あの人は使わないから」

 テーブルに伏せった男をナヒロと歳が変わらないレイカが運べるわけもなく。ナヒロは使わせてもらうことにした。

 ベッドに横たわると、敷かれた布団は薄く、背中に硬いものが当たる。けれど、ここのところ野宿ばかりしていたナヒロはベッドに入ったとたん、すとんと寝てしまった。



 レイカはナヒロが深い眠りに落ちたのを確認した。テーブルに伏せって寝ていたケヴィンがむくりと起き上がる。

「寝たか?」

「寝てますね」

 ナヒロからゆっくりと離れ、新しい葉巻をくわえたケヴィンの口から葉巻を奪った。

 何をする、という目はナヒロに向けていたものと明らかに違う。

 そして、それはレイカもだった。少女らしさはすっかりなりを潜め、本来の少年らしさが現れる。

「取引しようか、情報屋」

 テーブルに叩きつけられた紙に書かれた金額は、ケヴィンが一生遊び暮らしても余る額が記されている。

 ケヴィンは「なにがほしい?」とおどけてみせた。



 ナヒロは、開門時間に間に合うように少ない荷物をまとめた。

 ケヴィンはテーブルに顔を伏せ寝ている。冬が近づく朝は凍える寒さだ。暖炉は一階にしかあらず、各部屋に設置されていない。ケヴィンにナヒロが使った布団を背中にかけてやり、部屋を見渡す。レイカは部屋にいなかった。隣の部屋で寝ているのかもしれない。

 ケヴィンは宿代はいらないと言った。デニレローエ村に戻るまでのお金が無くなってしまわないように考えてくれたんだろう。ケヴィンの優しい好意に感謝しながら、机の上に宿代の料金には到底満たない金額を置いてきた。宿代としてではなく、情報料だと手紙をつけることも忘れない。

 のちに知ることとなるが、情報屋から情報を買った場合、ナヒロが昨夜泊まった宿代の倍以上する。ケヴィンから直接買った場合はであるが、情報の内容の危険度によって料金は上乗せされていく。ケヴィン以外の情報屋だともう少し安いというが、ナヒロはケヴィン以外の情報屋を知らないから、料金の高さを比べられない。

 ナヒロは本人がそれと知らずに話したことが、ケヴィンにとってお金になる。

 亡くなったといわれる前領主の末の娘。ヒスメドを納めていたジェバリア家は野党によって皆亡くなったとヒーオメは伝えていた。

 ナヒロが生きていると、ケヴィンが国王へ情報として売れば、それはとてつもなく高値になる。

 そのことに偽りがあったとなれば、ヒーオメに国王の元へくるよう命が下る内容だ。

 ケヴィンからいえば、宿代を何日払ってもお釣りがくる情報(もの)をナヒロはケヴィンへ売り、ケヴィンがそれを買った。情報料としてナヒロからお金をもらわなくても構わなかったのだ。

 そんなこと知る由も無いナヒロは、ケヴィンへぺこりとお辞儀をして部屋を出た。足音を忍ばせ、一階へ向かう。

 昨夜、酒場のテーブルで寝潰れていた客は一人もいなかった。全員二階に運び込まれたのだろう。

 遅くまで飲んでいたのか、酒の匂いが漂う店から外へ出ると、ひんやりとした冷気が肌をさし、身体が震えた。

 暖かい外套があればよかったが、ナヒロは寒さに耐えられる外套を持っていない。

 身体の熱を奪われる前に門へ向けて走り出した。


 国王一家が住まう王都は、城下の周りを頑丈な塀が囲んでいる。

 唯一の出入口となる門は、大きく頑丈に出来ている。門前広場はまだ陽の出ていない時間だというのに、いつでも出立できるよう準備の済んだ馬車や、馬、荷台が数台集まっていた。

 門を通るには厳しい審査をされる。門に集まっている人たちはその審査を終えた者たちで、門が開くのを待っていた。

 開門後、すぐ門を出られるよう、審査を行っている窓口へ急ぎ、名前を名乗った。窓口に座っている四十代の男性が書類にさっと目を通すと一枚の紙切れに書き込み、渡された。紙には「許可」と書かれていた。

 急いで順番待ちの列に並ぶ。人と乗り物は列が違う。ナヒロは人が通る列にならんだ。その横に馬車や幌馬車など、乗り物が並ぶ。

 ナヒロよりも前に十人程並んでいる。これなら開門と同時に出られそうだ。

 しばらくして、山際から日の光が見え始めると周りがそわそわと準備を始め、太陽が町を徐々に照らし始めた頃、門はゆっくりと開き始めた。

 紙切れを門番に渡し、了承を得られたものが門をくぐっていく。

「ローラ!」

 あと二、三人のところで後ろから肩をつかまれ、強引に列から連れ出される。前の人が抜けたことを幸いとナヒロの後ろに並んでいた人は一人分つめた。

 思わず、「ああ!」っと嘆く。列から抜けると、、また並び直さなくてはならない。

 開門と同時に出れば、途中幌馬車を使って、デニレローエまで七日目の夜につけたのに。

 ナヒロは列を抜けさせたレイカを思い切り睨んだ。

「こっち来て」

 レイカはナヒロの腕を引き、門前から人が少ない広場の端に連れていかれた。

 審査窓口のちょうど反対側になる。

「なに? 見送り?」

 彼女はナヒロの腕をひきよせた。あまり聞かれたくない話のようだ。

「聞きたいことがあって。次はいつ会えるかわからないから」

 村長が三週間の約束を破ったナヒロを、暫くは村外へ出してくれないだろう。

 村へ戻ったナヒロは最初に村長からお叱りを受けるのだ。叱りが数分なら、我慢もできる。悪いのが自分だとわかっている分尚更。村長の説教はネチネチしていて、鬱陶(うっとう)しい。帰るまでが憂鬱(ゆううつ)だ。

「あれ、もってますか?」

 あれといわれて、ナヒロはすぐに思い浮かぶものがない。

「あれってなに?」

「領地を出るときに父親か、母親か、もしくはそれ近辺の人間になにかもらわなかったかって聞いてるの」

 昔を思いめぐらせずともすぐにピンときた。

 屋敷の外へ出されたとき、母から渡されたものがある。今も大事にナヒロの首にあるもの。それの存在をレイカに言う必要はない。

 〝くるべきときが来たら、そのときは堂々とみせるといいわ〟

 ミティーアが亡くなる前、ナヒロは常に言い聞かせられていた。

 いつもギオムの首から下げられていた領主の証、ジェバリア家の家紋。ナヒロは父に抱っこされるたびそれを触るのが好きで、困り果てる父によくせがんでいたのを覚えている。

「それをレイカに教えて、何か得することでもあるの?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない」

 なによそれ。と口から出かけた口をレイカが塞ぐ。周囲に気を配ると、誰もいなかったようだ。

「むぐぐっ。……ふぅ」

 口から手がはなされる。

「いいから、見せて。もらっているんでしょう?」

 いくらケヴィンの助手だからとはいえ、できないものはできない。ミティーアのいう〝来るべきとき〟ではないからだ。

「ケヴィンさんの助手だろうと教えられないことだってある」

 きっぱりと断った。すると、レイカは困惑した。簡単に教えてもらえると思っていたらしい。見せることはできないけど――どうしても知りたいというのなら。

「あなたが将来国家に所属する人になるっていうのなら、そのとき教えてもいいわよ。けど、その時はちゃんと私の味方になってよね」

 できるわけないと頭の隅で思いながらも、花が咲き乱れるように表情が明るくなった彼女にナヒロが怯んだ。

「わかりました。絶対だからな」

(まさか、本当になる気じゃないでしょうね)

 いやな予感を覚えながらも、頷く。

「無理やり引き留めちゃったから、馬車で途中までいくといいですよ」

「え、そんな、いいよ」

 レイカは近くに止まっている幌馬車までナヒロを連れて行くと、御者へお金を渡した。

「アヴァまで」

 その名前にナヒロがギョッとする。アヴァはデニエローエ村の手前にある町だ。

 そこまで馬車を使ったら、ナヒロの手持ち金だけでは到底足りない。

「許可書は?」

 年老いた御者は、しわくちゃの手をだし、審査窓口で受け取った紙を要求してきた。

「そんな、急いで歩けばいいことだから、いいよっ」

「いいから」

 ナヒロから許可証を奪い、御者へ渡す。許可と書かれているかを確認すると早く乗れと言った。

 後ろにある馬車の入口の布を開けると、中に数人人がいた。側面に沿って座る彼らは、新たな客人に興味を、示さない。レイカはその中へナヒロを押し込む。ナヒロは抵抗した。

 馬車なら早く着ける。けれど、レイカにそこまでしてもらう理由がわからない。

「昨日のやつらがまだそのへんうろついてるかもしれない。歩いていくのは危険ですよ?」

 耳打ちされ、ナヒロの体が硬直した。

「ま、まさかぁ?」

「ああいう人たちってしつこいですから」

 にこりと不敵に笑う。御者にまだかとせかされ、抵抗をなくしたナヒロを押し込み入口の布を下ろした。

「すいません。いいです」

 馬の手綱を操り、馬を進ませると行列のなくなった門番に乗車している分だけの許可書と中の人数を確認された後、門を通り抜けた。

 馬車が見えなくなるまで確認するとレイカは城下町へ戻って行った。

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