はい、こちら魔物移住招致課です
キミはなぜ、冒険者と魔物が長年、戦い続けているか知っているかね?
──それはマッチポンプだからさ。
その言葉は昔、魔物学校の教師である地龍から聞いたものだ。
それは学校に行けないような身分の者でも、大抵は親や親戚から知らされる。
俺の場合は、両親が仕事に追われて忙しく、そういうことを話す機会がなかったのだが。
さて、それに関連した俺の事を話そう。
俺は三男坊なので、その忙しい実家の家業を確実に継ぐというわけでは無い。
きちんと勉強に励んでいるのは長男で、その右腕というのが次男だ。
三男の俺はと言うと、若い頃から異世界である“地球”という星にいってブラブラとバイトをしていたり、派遣をして日がな一日生活していた感じだ。
だが先日──その仕事も首になり、この刺激の少ない田舎……“調停世界”へ帰省してしまったのだ。
子供に甘い我が母は米などを仕送りしてきてくれていたのだが、父がそれにストップをかけてしまった。
そしてある条件を出してきた──。
「本当に町から出ると何もねーな……」
俺が降り立った、最弱の冒険者達が集う地──通称、始まりの町。
そこの問題を解決したら、仕送りを再開してやる。と言われたのだ。
問題というのは、色々とありそうなのだが……。
ここはドラ○エでいうところの、開始地点のような場所である。
しかも俺は魔物側の立場。
文化的な刺激を求める若者としては、地獄より辛い退屈な日々が待っていそうだ。
最近のファイナ○ファンタジーみたいに人間側がパンクでロックなやらかす奴らなら、何かを暴走させたりして楽しそうなのだが。
まぁ、そんなことは無い無い。無いだろう。
フラグのような気もするが、とりあえず町から出て魔物側の拠点へと向かう事にした。
歩けど歩けど、だだっ広い田舎。
たまに景色が変わっても草原や、森である。
ドキドキハラハラさせるような毒の沼地や、イベントの起きそうな剣の刺さった岩などは無い。剣と魔法のファンタジー世界であっても、田舎には何も無いのである。
やっと見つけたのが、一枚の立て看板。
ゲームでもよくある、こっちが町で、こっちが関所だよ、みたいな初心者向けのテキスト表示器である。
以前、これを武器として抜き取った時に大目玉をくらい、必死に魔物の子供達とで修復させられた苦い記憶がある。管理維持は大変なんだとか。
「あ、あの……すみません」
そんな昔の想い出に浸っていた時、人間の少女に話しかけられた。
頭からかぶったボロボロのフードマントに布の服、武器は腰から下げた“ひのきのぼう”だ。
村人か……良くて駆け出しの冒険者だろうか?
「なんだ?」
ついつい、見知らぬ人間種族から声をかけられた時の反応、すなわちぶっきらぼうに返してしまった。
地球でうざったい客引きに慣れてしまったせいだろうか。
「す、すみません! すみません! 怒らないでください……」
「いや、怒ってはいない……。さすがにそこまでの表情に見えたのだろうか……」
「あ、すみません……。何か迫力があったので」
俺は人間とのハーフなので、普通の青年っぽい外見のはずだ。
角も牙も生えていないし、殺気も放っていない。
「そ、それで道に迷ってしまって……その……」
道に迷った?
俺は疑問に思った。
だって、そうだろう。目の前に道しるべになる立て看板があるというのに。
「あ、あの……。わ、わたし……貧民街で育ってまともな教育すら──」
俺は相手が文字を読めないと察して、頭をかきながら、その言葉を遮った。
「看板を読もうとした! しかし、裏側からでは読めなかった! ということだな。表側に居る俺が代わりに読んでやろう。始まりの町はあっちで──」
人間側の世界は、教育があまり行き届いていない。
俺達、魔物と違って大多数は学校に通えないし、家庭内教育しようにも強制的に子供の頃から働かせられる事も少なくない。
そういう問題は知っているので、少女がそれを恥ずかしそうに言葉に出す前に説明してやって、俺は察しの悪いNPCのように振る舞ってやった。
「あ、ありがとうございます! 町から出た事がない……駆け出し冒険者なので、道に迷ってしまって……」
「初回はサービスだ。次に何か助けてやったら、それなりの対価を頂く」
「ふふ、悪魔の契約みたいですね」
ぼろを纏った少女は、身なりとは裏腹に──可憐に笑いながら町の方へと戻っていった。
俺は自分らしくないただ働きを悔やみながら、魔物の拠点へと脚を進めた。
* * * * * * * *
「ここが、今日から俺の職場になる場所か……」
眼前に建つほったて小屋。
魔物の拠点ならRPG的には、ボスがいる建物のはずだ。
……それが、平地の果てにぽつんと廃屋のような一軒。
台風がきたら吹き飛びそうなボロ板と、わらぶき屋根の小屋。
非常にテンションが下がる。
「帰りてぇ……。デパ地下の試食品で腹を膨らませ、家電量販店の試遊台で遊び、休日はバイト仲間の飲み会を断ってインドア三昧……あの頃カムバック!」
「──明星様ですね。お待ちしておりました」
小屋から出てきた魔物──は、魔物っぽくない、スラッとしたスーツ姿の美女だった。
一見、このファンタジー世界には似つかわしくないが、それは人間側の視点。
意外と魔物側は、見えない所で文化水準が高かったりもするのだ。
通販のMamozonで頼めば、このスーツも飛行タイプの魔物が宅配してくれて、すぐに手に入るだろう。
ちなみに明星というのは俺の名前だ。
少し変わったラーメン会社みたいな名前だが、父親が昔、地球に居た頃に名乗っていたものらしい。
二人の兄は予定調和的な格好良い名前なのだが、ラブラブな両親が予定に無い3人目の子作りを行ってしまい、誕生してしまった俺の名前に悩んだ末らしい。
家族計画は、計画的にね!
「えーっと、スーツの君の名前……と、種族は?」
人型の魔物は種族が分かりにくいのが難点だ。
大抵は上級の存在であるために、隠そうと思えば隠してしまえるというのもある。
「失礼しました。たまに人間が迷い込んでくるので、羽根をしまっていました」
美女は背中に大きな羽根を出現させ、それをはためかせた。
それと同時に頭からは羊のような角と、お尻からは先端がハート型の尻尾が伸びる。
この特徴から言うと……おっぱいも大きいし、顔も美人さんだし……。
「サキュバスか」
「その通りです。名をマリアと申します」
マリアか……。地球基準で言えばサキュバスよりは、聖母やシスター的な響きで不釣り合いだという印象を受ける。
「今日から、明星様の秘書を務めさせて頂きます」
「は?」
「──ようこそ、魔物移住招致課へ」
てっきり、雑用の下っ端バイト辺りだと思っていた俺は不意打ちを食らって、その場で固まってしまった。
狭いほったて小屋の中、意外と小綺麗にされているテーブルへ案内されてから、マリアの説明が始まった。
「では、最初に招致する魔物は“スライム”等でいかがでしょうか?」
「スライム? そんなもん、どこにでも生息──」
そう言いかけて思い出した。
俺はここにくるまで、魔物を一匹も見ていない。
「生息……していたのですが、異世界から召喚されてしまった勇者によって、根こそぎ倒されてしまったのです。スライム以外も」
「い、いや、でもな……」
この世界は魔物の王と人間の王が、互いに神のルールに基づいて、マッチポンプで戦闘を繰り返している。
そのため、勢力地によっては魔物が一方的に倒されたりもするのだが、魔物は倒された時にアイテムや金を落として消滅して、その魂は魔物側の教会で復活する。
まぁ、人間側の大部分はマッチポンプを知らされていないらしいが。
「そ、そいつらを復活した場所から呼び戻せばいいじゃないか?」
聡明そうな秘書が表情を曇らせているので嫌な予感しかしないが、一応は聞いてみた。
魂を喰らうか、消滅させるくらいの攻撃を受けなければ、復活が容易なのがこの世界に施された神の魔法による仕組みなのだから。
「それがその……勇者は逃げようとする魔物を執拗に追いかけて、倒し続けたものですから……。魔物達が異動願いを出してしまって……」
「マジか……。だ、だけど、人間達はこのルールを知らないにしても、マッチポンプをしている王がやんわりとでも、実力者には強い適性地域へ依頼で誘導したり──」
「残念ながら、その召喚された勇者は聞く耳持たない傍若無人さで魔物達を倒し続けたのです。スライムの経験値1でも倒し続ければラスボスまで辿り着けるだろう努力はチート、と意味不明なことを言いながら……」
そいつ、たぶんRPGとかラノベとかがある異世界からやってきた奴だな。うん、俺にはわかる。
「その天災のような勇者が去ったので、新たな魔物の移住を招致して、この地域のバランスを取り戻さなければなりません。この始まりの町が平和すぎると、次のレベルの地域に直行した初級冒険者が弱すぎて返り討ちに遭ってしまいます」
「それで、まず最初はスライムか……」
俺のイメージでは、スライムというのは2種類ある。
一つは、消化液の身体で構成されていて、物理攻撃が無効化される強キャラ。
もう一つは、序盤に出てきて、体当たりでボールのようにぶつかるくらいしか能の無い雑魚キャラ。
「この履歴書をどうぞ」
そのスライム種族のリーダーである者の履歴書が渡された。
証明写真には、青いぷよぷよなスライム。
種族名、ブルースライム。
特技、体当たり。体力測定結果3/3。
……間違いなく、雑魚キャラの方のスライムだ。
だが、始まりの町には適性かもしれない。
こんな場所に強いモンスターが徘徊していては、バランスが取れないからな。
目的が冒険者を倒すだけなら、目の前に居るマリアが本気を出せば、上級サキュバスの指先一本で大体の冒険者は塵と化すだろう。
サキュバスの本質である、魅了を使うまでも無くだ。
つまりマッチポンプ的には──倒し、倒されくらいのバランスを各地で保たなければならない。
ということは、スライムは間違いなく適性であるということだ。
「それじゃあ、そのブルースライムの一族を受け入れようじゃないか」
「かしこまりました。では、明星様にはその準備をお任せします」
「準備……?」
* * * * * * * *
ズババーっと格好良く敵を倒したり、女の子と冒険をしてハーレム。
地球では、異世界というのはそんなイメージを持たれていた。
だが、今から俺がする事は……。
「コケの生息調査と、ジメジメした洞窟を探すこと……か」
魔物と言っても、基本的には身体を維持するために食料や住居が必要である。
大量のブルースライム一族に移住してもらうのなら、とりあえずはその両方を用意しなければならない。
マリアが、以前のスライム達が使っていた場所をマークしてくれた地図を渡してくれたのだが、そこはあらかた破壊され尽くされていた。
たぶん勇者が、まだ戦闘できないような子供のスライムを巣ごと狩り尽くした跡なのだろう。
経験値1すら怪しいのに、よくやるものだ。
俺はめぼしい地形を定めて、新たな洞窟を探し始めた。
スライムはジメジメした場所を好む。
それでいて狭い、暗所のような場所。
始まりの町からは多少離れ、川が流れている森辺りに行ってみる事にした、
そこなら水分も豊富で、餌となるミズゴケ辺りもあるかもしれない。
小川のせせらぎが気持ちよく、森の葉擦れがリズムを奏でて耳を癒やしてくれる。
丁度、釣りが出来そうな場所に日陰もできているため、休みが取れたらここで楽しむのもいいかもしれない。
基本インドア派だが、釣りは魚も食べられるし、本格的にやりすぎなければラノベを読みながらできたりと好きなのだ。
そんな事を考えながら調査していると、視界の隅に洞窟を見つけた。
早速、スライムが住めるか調査開始する。
中に足を踏み入れると、適度なジメジメ具合と、洞窟特有のひんやりとした空気が漂っていた。
先客は小さな昆虫程度で、雑食でもあるスライムの餌の一部となりそうでもある。
だが、主食であるコケが生息していない。
立地的には、コケ以外は最適と言えるだが……。
奥の壁が脆そうなのはは多少気になるが、後で補修でもすれば良い。
いきなり崩れて古代のダンジョンが出現するなんてこともないだろうし。
さて、どうにか出来そうだが材料が足りない。どうしたものか。
* * * * * * * *
一度、秘書のマリアと話すために魔物移住招致課という名の、ほったて小屋へと戻ってきた。
ほうれんそうはファンタジー世界でも大切である。
「……──という場所を発見した」
「さすがあの御方のご子息ですね、もう候補地を確定させるとは」
「いやぁ、まだ場所を見つけただけで、主食であるコケの問題が──」
秘書はホワイトボードに必要な情報を書き出しながら、慎ましく微笑んだ。
「既に手は思いついているのでしょう? 私は人を見る目はあるので、それくらいはお見通しです」
マジか。
表情に出ていたのだろうか……。
それとも仕草だろうか……。
男を見る目、と言い換えられたら、さすがサキュバスとか言ってしまいそうだが、職場でそんなことを言えばモンスターハラスメントで大変なことになる。
「それじゃあ、相談だ。ここらへんにワインの栓みたいな素材はあるか? 出来ればサイズは小さめの絨毯くらいが理想なんだが」
「ワインの栓……ですか?」
地球風に言うとコルクである。
こちらにも似たようなものがあり、別の名前があったのだが忘れてしまった。
一応は“コルク”と言えば、世界魔法によって自動翻訳されるのだろうが、たまに誤訳などで面倒なことになる。
「それなら別の場所から仕入れてくれば──」
「いや、今後の事も考えると地産地消にしたい」
「地域の物を使い、地域で消費するという言葉ですね。なるほど。とても良い考え方だと思います。──少し巻物を調べて参ります」
* * * * * * * *
それからしばらく経ち、先行してブルースライムの家族を迎え入れる事になった。
これが成功したら、もっと多くのブルースライムがやってくるらしい。
「お招き頂き、誠に感謝致す。某はブルースライム一家の家長である、スラポンと申す。以後、お見知り置きを」
ブルースライム一家の大黒柱である父親スライム。
喋り方も硬いが、声が異常に渋い。
外見はまん丸の青いぷよぷよの癖に。
俺と声を交換して欲しいくらいだ。間違いなく洋画の重鎮ハリウッド俳優の声を当てられるだろう。
「はは、ご丁寧にどうも。この森に用意した洞窟はどうですか?」
「うむ、なかなかの湿気、なかなかのヒンヤリ感。申し分なしですな」
どうやら洞窟は気に入ってくれたようだ。
ブルースライムのことを必死に調べて、その住処についてかなり詳しくなった甲斐があるというものだ。
「ところで明星殿……。そこにあるミズゴケはいったい……?」
洞窟の近くの川から水を引き、アレの上に植えられているミズゴケのことだろう。
「ちょっと、ミズゴケの養殖を試してみました」
地球の大学で、教授が試験的に行っていたミズゴケの養殖。
その知識を使って、コルクっぽい物を加工して、水に浮かべてから、その上でミズゴケを育てているのだ。
意外とミズゴケの養殖はデリケートなもので、普通のやり方では安定させるのは難しい。
そこで浮かぶ素材を使って、水から一定の距離を保たせることによって安定養殖を成功させたのだ。
本来は発泡スチロールなのだが、さすがに地球の技術を、現地人に見つかりそうな場所にほっぽり出すと色々と大変な事が起きる。
この養殖技術もかなり持ち込みはグレーだが、“世界に根張る大樹”から警告が来ていないので今のところは平気らしい。
ちなみにコルクっぽい物は、マリアが一晩で加工してくれた。
原生していた木からコルクっぽい樹皮をスルッと剥いで、切り取ってサイズ合わせて加工して……。秘書より職人っぽい格好が似合うまである。
「今はまだ少ないけど、改良を重ねていけばもっともっと増やせるはずです」
地球のミズゴケと比べてタフで成長速度が速いというのもあって、今回は助かった。
「いえいえ。まさか、このような某達のような低級の魔物にさえ、手厚く持て成しをして頂けるとは……。コケ──特にミズゴケはブルースライムの英気を養うための物でもあります、いわばソウルフード!」
スラポンさんはテンションが上がったのか、口調が激しくなり、そのぷよぷよの丸いボディから拳っぽい形を突き上げた。
やはり好物というのは生き物にとって大事なものなのだ。
俺の好物は二次元の女の子と、インスタントラーメンだが……この世界での入手は難しそうだ。
「──この御恩、我が身を持って忠義を示させて頂きます」
「は、はは。大げさだなぁ。でも、これからよろしく頼みます。スラポンさん」
互いにお辞儀をして締める。
俺は人間のお辞儀。スラポンさんはブルースライムのてっぺんをヘニョっと下げるお辞儀。
種族によって、身体のつくりが違うので色々とあるのだ。
「あ、それから、この地域は駆け出し冒険者が多いので、人前ではもっとイメージに沿った喋りでお願いします」
* * * * * * * *
「ぷる! ぷるぷる!」
スラポンさんは居心地の良い住処から離れ、今日も業務に勤しむ。
「ぷるる! ぷるる!」
平原、駆け出し冒険者の拙い剣捌きに当たっていき、派手に倒れたりすることによって相手のやる気を向上させる。
「ぷるァーっ!?」
口調だけは可愛いブルースライムっぽくなっているが、ボイスは渋いオッサンである。
それを断末魔として、雀の涙なゴールドと薬草を落とし、消滅した。
今頃は魔物側の教会に魂が転送され、用意されたブルースライム用の激安触媒で蘇っているところだろう。
この世界の神が定めた壮大な計画のためのマッチポンプはいえ、何ともいたたまれない光景である。
ちなみに調子に乗った瀕死でも狩り続ける冒険者がいれば、遠慮無く魔物がぶっ殺す側となる。
その場合は裏で通じている人間側の教会と連絡を取って死体を回収してもらって、そちらで蘇生してもらうらしい。
余談だが、ブルースライム一家のお爺ちゃんやお婆ちゃんだと、ちょっと経験値が少ない。逆にスラポンの奥さんは強めの個体で経験値が少し多いらしい。
一見、人間には同じに見えるブルースライムと倒しても、個体差があるのはこういう事である。
ちなみにスラポンのお子さんは巣で勉強中だ。以前は魔物用の学校があったらしいが、それも勇者関連で廃校になってしまったためという。いつか建て直したいものである。
「勇者様、勇者様。お待ちください!」
勇者……?
聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
今の俺は、スラポンを見守るために雑草と一体となって地面に伏せている状態である。
地球で陰キャしていた時の経験が活きている。
完全に気配を消し、声の主にも気が付かれていないようだ。
「あぁん? テメェ、この勇者ゆうた様に指図するってのか? 荷物持ちとしてパーティに入れてやってるってのによォ」
思わず俺は噴き出してしまいそうになる。
勇者なのに名前がゆうた。
ゆうた、だ。
外見は伝説っぽい、ご立派な勇者装備を身につけていて、年齢も青年なのにファンタジー世界でゆうた。ゆ、ゆうただ!
この世界の住人の感覚としては、アメリカ人が着る漢字みたいなハイカラさがあるのだろうが、漢字が分かる人間からしたらそれは厳つい字で“猫大好き”みたいに書かれているよ~みたいな、そんなニュアンスなのだ。
「そーよ、そーよ! 勇者ゆうた様の言葉は絶対よ! ね~、ゆうた様ぁ~」
「まったく、これだから小汚い女なんてパーティーに入れるなんて……!? でも、そこがまた、ゆうたっちの慈悲深いところ、かな?」
ゆうた……ぷふっ。の取り巻きらしき、高露出装備の女魔術師と女戦士が甲高い猫なで声でヒステリックに喋っている。
そいつらが、最初に勇者を止めようとしていた荷物持ちを睨んでいる。
その荷物持ち……どこかで見た事があるような。
小汚いフードマントに布の服、かろうじて身体のラインで少女と分かる……。
「で、でもこの看板的に、もう始まりの町の近くですし、私達を見て逃げていくようなモンスターを狩り尽くすなんて……」
「あぁん? テメェ、文字も読めない癖に看板がなんだってんだ」
思い出した。
最初に看板のところで出会った、あの少女か。
駆け出し冒険者が、勇者のパーティーともなればかなりの出世である。
そうか、頑張ってるのか……あの娘も……うんうん。
「そ、その……始めて戦闘をこなす冒険者達が戦えるくらいは残してあげた方が……」
文字が読めないコンプレックスからか、そこを指摘された途端に弱気になる少女。
見てていたたまれない。
「俺に──指図するなっての!」
勇者は拳を振り上げ、少女を殴りつけた。
さすがに勇者としての力を手加減はしているらしく、少女はうずくまって嗚咽を上げる程度に収まっている。
人間兵器といえる勇者の力を本気で振るえば、地面ごと大きく抉れてしまってもおかしくは無い。
それを、俺はただ見ていた。
人間同士のことだし、殺人という大罪までは至ってないからだ。
俺が介入するのもたぶんルール違反だろう。
「ぷるる! ぷる!」
そこへいつの間にか現れたスラポン。
魔物側の教会から戻ってきたのだろう。
少女をかばうように、勇者の前に立ちはだかっている。
「お、スライムめっけ」
ニヤリと笑う勇者。
複雑な文様が入った剣を鞘から抜き、それをスラポンに向ける。
「……お、珍しいな。逃げねーでやんの」
なぜ、スラポンは逃げないのか。
それはたぶん、年端もいかない少女が理不尽に暴力を受けていたからだろう。
自分の子供と重ねてしまったのかもしれない。
「ぷるる!!」
「あ、雑魚が飛び跳ねてきたよ。やっちゃえ、勇者様~!」
「おう」
瞬間、剣の速度は音速を超え、スラポンを真っ二つにしていた。
「ぷるるーッ!?」
青い体液をまき散らしながら、スラポンは僅かなゴールドと薬草を落として消滅した。
さすがにもうスラポンは、ここへ再びむかってくることはないだろう。
蘇生したら、きっと別の場所へ行くはずだ。
「うわぁ、ばっちぃ」
「スライムきったなぁ~い」
取り巻きの女戦士と女魔術師が、落ちていた薬草を踏み付けた。
そして、それを蹴って荷物持ちの少女へ。
「ほら、使いやすくほぐしてあげたよ。あんたみたいな雑魚と同じ、雑魚からの贈り物なんじゃないの? きゃはは」
……胸糞悪い。
何もかもだ。
だが、俺は勇者相手にどうすることもできない。
今はただ見ているしか無い。
「はぁ~あ、ったく。お前なんてな、ちょっと見た目が良かったから、後で可愛がってやろうと思ってパーティーに入れただけなのによぉ」
勇者は倒れている少女のフードを取り去り、その素顔を晒した。
そこには金糸のような髪、長いまつげ、整った目鼻立ちだが、まだ幼さを残す少女がいた。
一言で表せば、美少女というやつだろう。ラノベで言えばメインヒロインタイプだ。
その少女の服に手をかけると、勇者は下卑た笑いを浮かべながら脱がせようとする。
「お前の価値なんてこれくらいなんだからさぁ~……俺の物になっちまえよ」
「……嫌です」
少女は気高かった。
オドオドしていたりする事もあったが、それとは見違えるように強い眼をしている。
窮地に発揮する、人間特有の勇気というやつだろうか。
「はっはぁ、最初はみんなそう言うのさ。『くっ、殺せぇ~』ってな」
「……いえ、殺してくださいとは言いません。いくら勇者様とは言え、心の汚いアナタの物になれというのなら──自ら死を選びます」
「は?」
何を言っているのか理解できない間に、少女は剣を自らの心臓に突き立てた。
「お、おいおいおいおい……!?」
勇者は酷く焦っていた。
それは自責の念……ではないのだろう。
この世界のルールによるものだ。
いくら罪を犯していない魔物を殺しても、それはこの世界のルールなので何も問題は無い。
だが、同族殺し──人間が人間を直接、または間接的に悪意を持って殺した場合は、地球と同じで大罪だ。
無制限で裁かれるデメリットが発生する。
いくら勇者と言えど……。
「あーあ、ひでぇことをするなぁ」
俺はそう呟きながら、勇者の前に姿を現した。
「な、なんだお前は!? 今のを見ていたのか!?」
「おおっと。慌てなさんな、勇者ゆうたさんよ」
「冒険者か!? それとも、勇者である俺を煙たがっていた王の近衛か密偵か!? いや、もしかして俺を召喚した魔女──」
「違う違う。まぁ、俺もラノベとかゲームで“くっころ”とか大好きだから、そういう気持ちは理解するよ」
俺は、やれやれというジェスチャーをした。
それを見て、勇者はほっと安堵の息を吐く。
「な、なんだ……地球からのご同類か。それに趣味も合うようだ……やっぱ女は無理やりが最高だよなぁ」
それに同意するように、勇者の取り巻きも『キャー、ワイルド素敵抱いて』という頷きを見せている。
「同感だ──……といっても、俺が好きなのは二次元での“くっころ”。三次元なんて糞喰らえだ。ましてや、勇者であるお前がやったのは、ただ罪の無い少女を自殺へ追い込んだだけだ」
「……テメェ、やっぱり王が放った刺客か何かか?」
「いいや、違う。──が、王というのは惜しい」
俺は隠していた、背中の黒く大きな羽根を展開させた。
六対……十二枚の羽根を。
「王は王でも、偶然居合わせた魔王の三男坊だ」
同族殺しの現行犯への攻撃権。
神による、対人戦拘束が限定解除されていることを確認して、額の二本角と、刺々しい尻尾も出現させた。
5パーセントの力で十分だろうか。
「こ、ここで目撃者であるテメェを消しちまえば!」
勇者は、複雑な模様が描かれた伝説の剣を鞘から抜き去り、それを音速で振るってきた。
それに対し──。
「レベルの高い勇者は、始まりの町には必要無いんでな」
──俺は、音速剣を遙かに上回る光速の爪で切り裂いた。
板チョコのように割れる伝説の剣と、その向こう側で血しぶきをあげる勇者。
物理法則的に強力すぎる攻撃は周囲の地形が変わってしまうので、それを上手く相殺しながら放たなければいけない。
……のだが、一瞬のぶつかり合いによってクレーターが出来てしまった。
その衝撃だけで、取り巻きの女戦士と女魔術師は息絶えているのが見え、もっと力を抑えておけば良かったと後悔した。
まぁ、良心なんて三次元の悪人に対しては1ミリも動かないが。
「へ、へへ……。お前は魔物側ってことだな……。それなら、殺されても勇者である俺は生き返る……」
人間が人間を殺した場合は、教会による蘇生ルールは適応されないということを言っているのだろう。
俺の場合は魔物なので、このまま殺せば勇者は教会で蘇生させられる。
「お、覚えてろよ……。生き返ったら、お前の大切なものを影から暗殺してやる……絶対に後悔させて生き地獄を味わわせてやる……」
「生き返る? そんなチャンスはお前にはないぞ」
俺は大口を開けて見せた。
人間では到底開かないであろう、ドラゴンのような顎を。
「ひぃっ!?」
そして、そのまま勇者を魂ごと食べる。
エーテルで構成された牙によって、その身体は綿飴のように溶けながら崩れて、口の中に入っていく。
多少、よだれの如く勇者ゆうたの魂を周囲に垂らしてしまうのはご愛敬だ。
ちなみにこの魂、いわゆる経験値と呼ばれるものでもある。
これが直接降りかかったら、仮にも勇者の魂なので並の魔物なら体質に変化を起こさせてしまうかもしれない。
扱いに注意しなければ。
「見事討ち取りましたな、明星殿。ぷるる」
……足元に、いつの間にか戻ってきていたスラポンがいた。
速攻で説明したフラグを回収することになるとは……。
勇者の魂を浴びて、金色に輝くゴールデンなスライム。
それから眼を逸らしつつ俺は、自害した少女の元へと向かった。
* * * * * * * *
「おい、三次元女。頼んでいた看板はできたか?」
「はい! ばっちりです!」
あれから多少の時が経った。
心臓が損傷していた少女に対して、俺が直々に蘇生魔法を試みた。
蘇生に必要な修復触媒は、魔王の三男坊である俺の髪の毛だ。
無理やりに引き抜いたので、一部分が禿げてしまった。
このまま生えなかったらどうしようと心配していたが、何とか目立たないくらいには伸びてきてくれたので一安心。
だが、問題はその先だ。
少女は一部始終を聞いていたらしく、あのまま返すと面倒なことになる。
そのため、人手が足りない魔物移住招致課に拉致したのだ。
今は働くための教養として文字などを教えつつ、雑用を手伝ってもらっている。
「……この文字、逆さになってるぞ」
「えぇ!? か、書き直します!」
ほったて小屋に付ける看板を書かせてみたのだが、まだ早かったらしい。
こんな状態で新たに移住希望者が来たら──。
「明星様、お見えになりましたよ」
秘書のマリアが慎ましやかに微笑みながら、誰かを連れて来た。
「あの、すみませんゴブ。移住希望はここでいいんでゴブゥ?」
予感は的中して、俺はため息を吐いた。
だが、お仕事はお仕事だ。
気を取り直し、新たなる移住者に向かって、俺達は告げる。
『はい、こちら魔物移住招致課です』




