レイオブ・スピード
私は、足元に転がっている薄汚いガキ、青池を見下ろした。…といっても身なりはそこらの中学生だ。
身長は160cmに満たないチビで、ルックスは平凡以下。よくいる目立たない、なんのとりえもないただのクズ。奴がこうである事を感謝すべきだろう。
こいつなら、目立たない。
『起動』と『刷り込み』は完了したらしい。
それを証拠に、奴は私の言葉に従った。
そして、奴の体からは強烈な電磁波が発生している。
『光』のマギウスである私には分かる。
光は電磁波の一種だ。
だから私は電磁波が見える。
現在発信されている電波は、800MHZ帯域の『極超短波』だ。携帯電話と同じ周波数。
この周波数帯域で、対象の携帯電話を探知する。
既にサーチは終わっていた、後は現場に向かうだけだ。
奴があのリストに乗っていた最後の2名のうちの一人だった事は幸運だ。
他の者はおそらく何らかの方法で消されているだろう。
さて、私も行かなければならない。
リストを私に転送した「管理人」からのたっての要請だ。不快な義務だが仕方がない、行動の自由を得るには常に代償が必要なのだから。
そのために、このガキを最大限利用する。
いまのところは。
こいつが今日を生き延びたならば……奴は資格を得るだろう。
私はスマートフォンを取り出し、ボイスコマンドを携帯に向かって呟く。
『門は開かれた』
携帯に設定されたアプリケーションが、極秘のゲートウェイを通じて私のメッセージを相手先に送信した。
数瞬ののちに返答は帰ってきた。
送信者は「管理人」だ。
『雛鳥を救え、救い上げて我が場所へ送れ』
チッと私は苦々しい顔で舌打ちをする。
これで何度目だろうか。
なぜこいつは自ら動こうとしないのか、理解に苦しむ。だが、行動の自由を確保するためには仕方がない。
この地域のマギウスの動きを監視し、統括するのが「管理人」なのだ。組織があるわけではないが全ての情報を奴は統制している。
前任の管理人は殺された。
そののち現在の管理人に交代した。
その後不可解な依頼が奴から次々と舞い込んで来るようになった。
だがその情報は不正確を極めた。
奴は信用できない。
だがこの際は致し方ない。
そろそろ私も出かけるとしよう。
手袋をはめポケットから鍵を取り出す。
一番大きな机の引き出しに鍵を差し込む。
鍵をひねって開け引き出しから様々な道具を取り出す。
『光源』は持っておくに越したことはない。
ポケットペンライトを10本、それから細身の懐中電灯を1本取り出す。
それぞれベルトホールダーに刺した。
ベルト式ホルダーを腰に巻く。
その上にジャケットを羽織った。
さらに引き出しの底から無骨な箱を取り出す。
箱を開くと固定された円筒が見えた。
閃光手榴弾。
こいつは行きと帰りで2つ必要になる。
私は一つを机の上に置き、もう一つはベルト式ホールダーのスリングにひっかける。
私は道具を引き出しに仕舞い鍵をかけた。
事務所の窓のブラインドを引く。
そこには既に闇夜に沈んだ街が見える。
この中に、“奴ら”がいる。
私が動く理由はそれで十分だ。
そう、いまのところは。
「我が名はマギウス!“宗方礼一!”全ての“光”は私に従う!」
私は閃光手榴弾のピンを抜くと、空中に放り投げた。
閃光手榴弾が弾け、光が私の視界に流れ込んだ。
私の視界にうつるもの全てが、スローモーションとなる。スローモーションの世界の中で、手榴弾の破片は緩慢に回転つつ飛び散る。
閃光手榴弾の破片が床や棚に向かって飛んでいく。
とても緩慢な速度だ、
私はそれを手で払った。
たちまち破片は蒸発し、跡形もなくなる。
私の体は「光」そのものになっている。
私は窓から事務所の外へと飛び出す。
私は目的の場所へと飛行する。
私が「刷り込み」を行った青池の術が、その位置を正確にマーキングしている。
だが奴がどれくらい「もつ」かは分からない。
奴の術は未熟とすら言えぬ代物、すぐに効力は切れるだろう。
目的地上空へ到達。
書店の建物全体が赤く輝いている。
私はそのまま、垂直に建物へ落下する。
換気扇の窓から侵入、刀剣をぶら下げた黒い影が黒い蜂の群れを刀剣で切り払っている。
そう叫ぶや否や、私は黒い人影と対峙する。
血に塗れた黒い刀剣、それを必死に振り回して文字の群れを切り払っている。
私はその間、視界をX線に切り替える。
光線の反射分布を見る。
全身に、なんらかの強化スーツを身に纏っていることがわかった。
「ひとつ聞こう、田辺を殺したのはお前か」
だが、奴には聞こえていないようだ。
どうやら「未知の恐怖」と戦っているようだ。
このような方法で逆襲されるとは思っていなかったらしい。
だが、その文字の群れは、散らばって消える。
術者である彼女の集中力が切れたためだろう。
奴のの注意がこちらに向くのが分かる。
しかし、相手に時間を与えるほど私は間抜けではない。
私はジャケットの下に右手を入れる。
ベルトホルダーからペンライトを3本掴む。
人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指の間に一本ずつ挟んで引き抜く。
親指で一本ずつスイッチを入れると光の柱が生み出される。
ペンライトの光量はさほど多くないため、5cmほどの長さで成長は止まる。
光の短剣が3本。
私は、右手を頭のに掲げて、前方に振りぬく。
光の短剣は3本同時私の手を離れ、黒い人影目掛けて飛翔。
三本のペンライトはシュリケンのように中空を真っ直ぐに飛び、光の矢と化す。
一本目は頭部、二本目は腹部、三本目は脚部に飛ぶよう計算したうえでの投擲。
奴はそれを迎撃するために黒い剣を上段に構え、振り下ろす。
頭部と腹部を狙った2本が剣に弾かれ、光を散らして粉々に砕け散った。
光が弾け散る。
文字の群れに視界を阻害されたか、脚部を狙った一本は太刀筋が届かず、脚部に突き刺さる。
鉄が焼ける音とともに、脚が赤熱化する。
奴はそれでもなお、私を仕留める為に前へ一歩踏み出す。
だが、そいつは目の前から私が掻き消えた事に気づいた。
首を左右に振るが、私は見つからない。
「どうした?私はさっきからここにいるぞ?」
私は奴の背後から忍び寄り囁く。
ペンライトが破壊された時に弾けた光を吸収し、それを利用し、自らの体を光に変え、奴の背後へと回ったのだ。
奴は慌てて振り向きざまに斬撃を放つが、それより早く私は動いている。
腰のホルダーから細身の懐中電灯を抜き、スイッチを入れる。
懐中電灯から刃渡り1メートル30センチほどの光の刃が生み出される。私はそれを正眼に構える。
即座に体を開き、右足を一歩目標に向けて踏み出す。
さらに左足を一歩、右足をもう一歩、光の剣を思い切り振り抜いた。
剣を握った右腕が、宙を飛んだ。
腕のあった付け根からは、血と肉が焦げる臭いと黒い煙が上がっている。
奴の右腕は根元から断ち切られていた。
剣を握った腕への一撃だ。
この感触でわかった、こいつは戦い慣れしていない。
この程度で腕を取られるなど、素人以下だ。
奴は右手の付け根を、左手で押さえながら、私に背を向けて脱兎のように走り出す。
シャッターが下りている出口へと。
奴は止まることなく、シャッターに衝突する。
シャッターは紙切れのように引き裂かれ、奴はそのまま夜の街へと全力疾走で駆け抜けていった。
私は物陰で震えている彼女に向かって言う。
「動けるか?すぐに移動するぞ」
彼女はおびえきった表情、不審そうにうなずく。
やれやれ…こいつは、どれくらい長生きできるか見ものだな。
私は、懐中電灯のスイッチを切る。
街の明かりが、店内に差し込んでいた。