表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

ドッグ

街のなかを一人歩いている。

頭の中がぼんやりしていた、まるで靄がかかったように。


友人を喪ったショックは大きかった。

これで、俺の学校生活は卒業まで奈落の底へ転がっていくだろう。


いや、そんな事はどうでもいい。

あいつが……あいつが死んでしまった。


田辺栄太郎。


俺の、俺のただ一人の友達が。


……許せない。

絶対に許せなかった。


なぜ、どうして、俺はあいつの傍に居られなかったんだろう。

いつもあいつに助けられてばかりだった。


せめて最後の最後、俺はあいつを助けてやりたかった。

俺が生きるより、アイツが生きていた方が良かった。

あいつの前なら俺だって、逃げるようなことはしなかった。


あいつの盾になってやれば、そうすれば…!

後悔は尽きなかった。


風景は霞み、視野はぼやけていた。

俺は泣いていた、初めて自分以外の誰かのために泣いていた。


でも、その時にはもう遅かった。

あいつはもういないのだ。


そういえば…俺は一体どこに向かっているのだ?

そうだ、俺は探偵事務所を目指して喫茶店を出た。


でも、何かがおかしい。

あの名刺には事務所の名前以外は何も書かれていなかったのじゃないか?


どこへ…どこへ?


視界に星が散った。


目の前に壁があった。


「痛ぇ…くそっ!なんなんだよ!」


と、目の前は無愛想なコンクリートの壁があった。

それは2階建て程度の、無愛想極まりない、飾り付けのないビルだった。


ビルには薄れかかった文字でこう書いてある。


『宗方総合調査事務所』


ここだ。

俺はいつのまにか、目指す場所に辿りついていた。

あいつが導いてくれたのだろうか?


入り口の階段を上がる。

1階はシャッターが閉っており、人気がなかったからだ。


階段のすぐそばに扉。

これまた愛想のない、頑丈そうな鋼鉄製の扉だ。

さらに、扉のよこにはご丁寧に監視カメラまでついている。

主はよほど用心深いのか、これも探偵業と言う仕事上必要な措置なのか。


ひとまず、インターホンを押す。

無音。

扉の奥には気配が無いような気がする。

だが、監視カメラはこちらを向いている。


どうやら、来訪者をセンサで感知して追尾する仕様のものらしい。

親父が電子機器関係の仕事をしているから、俺にもそういう俄か知識はあった。


監視カメラと目が合う。

…なにやら気まずかった。


「あの、お、俺…」

言葉が出てこない。


「あの!どうしても頼みたい事があるんです!」

返事は無い。


「お願いします!話だけでもいいんです!」

だがやはり返事はなかった。


とっさに、名刺を持っていた事思い出した。

ポケットから名刺を取り出して、監視カメラの前に掲げる。


「あの…これ!これをオレの兄に貰ったんです!優秀な人だって!だから!」


監視カメラについているパイロットランプが、数回緑色に瞬いた。

カメラからキュイーンという音がした、カメラがズームされているのか?


ガチャリ


ドアから音がした。

咄嗟にドアノブに手を出そうとして、止める。

これは、入っていいってことなのか?


一瞬の迷いの後、おずおずと扉に手を伸ばした。


分厚い頑丈な扉が開く、かなり重い。

そいつを引いて、間にすべりこむ。

冷たい蛍光灯の照明が、玄関口を照らしている。


背後でガチャリと音がして、カギが自動的に閉鎖されたのに気がつく。


「どんだけ用心深いんだよ…」


でも内心うらやましくもあった。

これだけ頑丈な住居に住んでいれば誰かからの嫌がらせも怖くは無いだろう。


玄関口の左手は壁で、右手には洗面所とトイレへ続くと思わしき扉がある。

そして正面には、金属の扉が。


まるでここは要塞か何かのようだ、戦争映画で見たことがある。

あるいは収容所か刑務所だ。

こんなところで生活するなんて、あまり人間的とは思えなかった。


靴を脱いでスリッパに履き替えた。

ペタペタと音を立てながら、冷たい空気の廊下を歩いて奥の扉をノックする。


返事はない。


「失礼します!」


挨拶をして、ドアノブに手をかけて回す。

ドアを開く、そこは簡素なオフィスだった。

そこはタバコの臭いに満ちている。


窓際に金属製のデスク。

その上にはノートパソコンとタバコの吸殻が山盛りになった灰皿が置いてある。


それからソファとTV。

ガラス製のテーブルの上にコーヒーメーカーが置かれている。

壁にはキャビネットがあり、ぶ厚いファイルが何冊も纏められている。


そして、床には妙な絨毯が敷かれていた。


「להסתכל על העובדות לא צריך להתפשר, כי אתה משתמש קסם」


…なんだこれ?よく分からない外国語の文字がある。

それから、三角形を二つ組み合わせた図形。


確かゲーム、RPGに出てくる魔方陣みたいなの。

センスがいいのか悪いのか分からない。

オカルト趣味なのだろうか?オカルト趣味の探偵?なんだよ、それ。


俺は机に歩み寄る。


主はどこにもいない、トイレ?


まさか!少なくとも俺を監視カメラで確認していたはずなのだ。

モニターか何かがあるはず。

今のところそれらしいものと言えば、机の上のノートパソコンくらいしかない。


しかし、ノートパソコンは閉じられている。

ため息が出る、全く一体何なんだ?

だが、俺の後ろのドアが開く音がした。


後ろに、誰かが…?


突然視界が、天井を向き、俺の体は宙に浮いた。

いや、正確には吊り上げられていた。

制服の襟元をでかい手が掴んでいて、俺を宙に吊り上げている。


見ると、40は過ぎているであろう中年の男が俺の顔を睨んでいる。

ふけてはいない、精悍な顔つきだが、その目は恐ろしい。

まるで人殺しの目だ。


身長は高い、180センチはあるだろうか。

腕と胴に筋肉が詰まっていて、その手で俺の首元を締め付けているのがわかる。


「な……あ……が……ああああっ!」

苦しい、息ができない。


男は俺に一気に顔を近づける。

そして俺の目を覗き込みながらこう呟いた。


「どこの犬だ」


何をいっているのかさっぱりわからなかった。

俺は脚をばたつかせるが、男は意に介さず力をさらに込めている。

首元でミシミシと音が鳴る、このままでは死ぬ、死んでしまう。


男は俺の目をさらに見つめ、低い低い声で言う。


「お前は、どこの、誰の、犬だ」


犬?なんの?俺が?どこの?一体何を言っているんだコイツは!?


「もう一度訊くぞ?死にたくなければ、言え!

 …お前は、どこの、誰の、犬だ」


俺は全力で腹の底から声を出す。

「し……らね……」


男はにいいいいいっと笑みを浮かべた。


「知らんだと?」


男は含み笑いを溢し、ふふっと笑う。


俺の首にかかった力がすうっと抜けていく。

呼吸が若干楽になる。


だが、男は息を吸い込み


『嘘を言うなッ!』


俺の首への圧迫が再開される。

苦しい、本当に、今度こそ死んでしまう。


俺はポケットを必死でかき回し、名刺を探り当てた。

「こ……れ……」

名刺を男に差し出した。


「名刺か、お前のような小僧が、なぜこれを持っている。私はクライアント以外には名刺を渡したりしない」


「あにき、だよ…おれの、あに、き…が…」

男の表情が変わる、刑事ドラマで見た、刑事が取調室で犯人を一気に問い詰める時のような顔。


「お前の兄の名前は!?」

「あおいけ……りょう……へい……」


男の眼光が、僅かに弱まる。


「あおいけ……青池?」

「そう・……だよ……青池遼平だよ!クソみたいなフリーのカメラマンだよ!」


男は一瞬考え込むが、即座に回答を見つけた。


「そいつの事は知らん…では…お前の名前は…?」

「青池、青池一」


ドサッと俺の体が床に落ちる。


俺は絨毯の上に倒れこんで、必死に息を吸う。

何度も何度も呼吸を繰り返す。

タバコ臭い空気が、やけにうまい。


中年男は、一人ふふ、ふふふ…と含み笑いを漏らす。


「はは…そういう事か…なるほどな…そうか…はは、はははは…」


男は床に倒れている俺にこう言い放った。

やけに低い、恐ろしい声で。


「事情は了解した、全て。私は宗方礼一、探偵だ」


薄れゆく意識の中で、そいつの声がやけに俺の心に響いた。


俺の意識はそこで途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ