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「Slave……」

青池は何を言われているのか全く理解ができなかった。ただただ、宗方の言葉を鸚鵡返しに呟くほかない。


宗方は青池を見下ろし、何度も頷く。

ふむ、ふむ、ふむ…そして薄い笑みを浮かべる。


「端的に言おう、Slaveとは従者、下僕、奴隷の事だ。だからお前は、私の従者で、下僕で、奴隷という事だ」


「は…?はぁ?」

それを言われた俺は、まったく何を言われているのか分からない。


しかし、本能では分かっている。

足が、手の指先が震えているのを感じる。

自分はこの男に抗うことができないのだと。


「そして……私はMaster、命じる者だ。

 私はお前に命じる。今後全ての事は私に従って行動しろ。では……」


宗方は拳を握り、手のひらを開く。


俺の視線は、宗方の掌の中心に吸い寄せられた。

波と直線で描かれた四角い紋様が浮かんでいる。その紋様は赤い点滅を繰り返している。


「なんだ…これ」


俺は、この紋様を見たことがある。

これは…携帯電話のQRコードに酷似していた。


QRコードとは、携帯電話のカメラで読み取り可能なバーコード、二次元シンボルの事だ。

これを読み取ることによって、携帯からWEBサイト素早くアクセスする事ができる。


青池は赤く点滅するQRコードめいた紋様に、視点をあわせる。突然青池の脳裏に数多の文字・映像がフラッシュバックして消える。


「うわあああああああああっ!」

大量の情報が青池の眼の裏で炸裂し、青池は強烈な頭痛と吐き気に襲われる。

頭を抑え、床の上を転がる。


だが目を閉じてもそのフラッシュバックは数秒続いた。まるで脳が焼ききれるような感覚だ。


宗方はその青池を見据えて、冷徹につぶやく。


「……お前は既に命令を理解している。後は“オートマトン”の指示に従え。言っておくがお前に拒否権はない。拒否すれば、“オートマトン”はお前の脳組織を即座破壊し、廃人と化すだろう。 今後はこの命令に従え、安心しろ…犯人は見つけてやる」




ヒュン、ヒュン、ヒュン…

俺の指先で、ペンが躍っている。


今は午前10時。

1時間目の授業、退屈極まりないことで定評のある数学教師が延々と方程式を板書している。

カツ、コツと白墨が黒板を叩く音が単調に響く。


俺は教科書に目を落とすふりをして、全神経を中指と薬指に集中する。


中指と薬指にペンを挟み、ペンの真ん中を軸に左右に掌を左右に振る。

そうすると、ペンは8を横に倒したような形の回転を始める。


俺がやっているのは、要するにペン回しだ。

退屈な授業をやりすごすためのちょっとした気晴らし。

誰もがやっている事で、教師はこちらを注意しようともしない。


だが今の俺にとって、これは死活問題だ。

実際、俺は真剣だった。


教師の話を聞き、数式を理解することよりも真剣にペンを回している。

何故か?


そうしなければ、俺は死ぬからだ。


宗方の事務所に行った後の記憶はなかった。

どのようにして事務所を出て、どのようなルートを通り家に帰ったのか全く覚えていない。

すっぽりと記憶が抜け落ちていた。

だが俺は、家に帰り飯を食い、その後身支度を整えて明日の準備をして眠りについたらしい。

そのように行動した記憶はおぼろげに残っている。


俺の記憶は、ベッドに入って眠りについた後から再構成された。


再構成?誰に?

言うまでもない、奴に。


“オートマトン”にだ。


俺は気がつくと、あの空間に浮かんでいた。

見覚えのあるあの空間、宗方の事務所で見たあの幻覚だ。

だが、今回もはっきりと感覚がある。

俺の体は空中に浮かんでおり、その周囲をおびただしい数の文字と映像が早回しで回っている。


俺は自分の身体を確認する。

掌を目の前にかざす。


見慣れた自分の掌が確かにあった。

しかし、ここは…


『ここは、貴公の脳内におけるストレージ空間也』


目の前に文字が現れる。

一体なんなんだ?


『既に説明は“Master”宗方よりなされたものと存ずる。

 しかし貴公の理解力を考慮し今一度、現今における状況を説明する也。』


お前はなんなんだ?


『拙は“オートマトン”也。

 オートマトンはマギウスの導き手、Slaveの看守なり』


俺の頭は…一体どうしちまったんだ?


『貴公の脳は、正確に言うと脳内を走駆する電気信号のネットワークは量子化済み也。

 神経網の中を走る電子は0と1の両方を表現可能な“qubit”に置き換え済み也。

 それによって脳内のワーキングメモリ、エピソード記憶、それら一切を統括管理する事が可能となった也。

 そして、貴公の脳内記憶を徹底的に最適化デフラグしたうえで、我、オートマトンが召還インストールされたもの也』


は?


『つまり、貴公の脳は“ノイマン型”コンピュータと非ノイマン型コンピュータの二つの長所を合わせ持つ

 非常に優れた脳として再構築された、と申している也』


ノイマン型コンピュータ。

俺たちが日常的に使っている家庭用PCなんかをそう読んでいる。

文字や画像や映像や音声を0と1の信号に置き換えて、磁気ハードディスクに記憶する。


だが、非ノイマンってのは?


『簡単に言えば貴公の脳は常人の数十倍以上の処理能力を持つものとなった也。

 0と1、その両方を表現可能な“qubit”ならば、高速演算が可能な故。

 そして貴公のエピソード記憶から抽出され再構成された仮想人格が、拙、オートマトン也。』


つまり、俺の頭は良くなったって事か?


『それはユーザーの資質次第なり、貴公は資質欠けるもの故、拙が召還された也』


俺の人格は分裂してるのか?


『その設問には、応と答える也』


よくわからない。


『理解する必要はない也

 理解せずとも、貴公は拙の機能を使用する也。

 貴公に選択の余地はない故』


俺は…どうなるんだ?


『それは、今後の状況次第也。

 これから貴公には様々な役務が課される事となる。

 それをこなせれば貴公は生存し、こなせなければ消滅する予定也。』


消滅?


『肉体的死、脳死、あるいは貴公を取り囲む社会状況からの隔絶。

 様々に言えるが、役務を果たせねば貴公は死ぬ。』


死ぬ?


『然り』


いやだ、絶対に断る!


『ここで貴公が役務に服従せねば、拙は貴公の脳の中枢を破壊する。

 貴公は脳死を迎え、糞小便を垂れ流しながら自我を消滅させる事となろう。』


くそったれ!絶対に断るぞ!嫌だ!


『嫌だ』と思った瞬間。

俺は病院のベッドでもがき、のたうつ自分を疑似体験させられた。

感覚は本物そっくり、いや、本物だった。

その時俺は、口から涎を流しながら、糞小便を漏らして「ああ」や「うう」などと繰り返すしかできない廃人となっていた。


疑似体験がどれくらい続いたのか分からない。

俺は結局、オートマトンに従う事にした。


選択の余地はない。


そして俺は、授業中にペンを回し続けている。


それが、俺に課せられた役務だった。



『理解済みと思うが、貴公には“能力”が付与されている也 “電磁波”を操る能力也』


それは俺も理解し始めていた。

突然備わった能力、だが看守つきでだ。


『貴公はひとまず学校へ通学し、全校を“走査”する也。

 方法は教えるまでもなし、既に貴公はその能力を縦横に使用可能也。

 あとはその能力をいかに目立つ事無く使用するか、という事也。』


それで、俺はどうするべきか。


『ペンを回し続けろ』


それがオートマトンの回答だった。

俺はペンを薬指と中指の間で回転させ続ける。


その動作を行うたびに、ペンの左右両端から極微のパルスが発信されていくのが分かる。

緑色の波だ。


それはペン先から発生し、瞬時に退屈な授業を続ける教師の身体を通り抜け、黒板をつきぬけ、コンクリートの壁を通り抜ける。

光の速さで学校中を瞬時に突き抜けていく。


俺には電磁波が“視える”らしい。

それから、緑色の波は学校中のありとあらゆるものにぶつかって跳ね返ってくる。

跳ね返ってきた波は、回転するペン先にするすると吸い込まれる。


発信、反射、受信。


それから、俺の視界の隅に見覚えの無いモノが見える。


まんまるい“それ”は、Pスコープと呼ばれるモノだ。

丸い枠の中を、一本のバーがゆっくりと回っている。

レーダーの監視モニターについている、Pスコープそのものだった。


どうやらそいつは、俺にしか見えないらしい。

オートマトンが、そいつを常に俺の視界に表示するように仕向けやがった。


とにかく俺の仕事は、そのPスコープに何かが映るまでペン回しを続ける事だ。


当然ながら疑問はある。


どうして学校を走査する必要があるんだ?

まさか…学校の中に犯人がいるのか?

だとしたら、何故宗方はそれを知っているんだ?


疑問は尽きないが、死の恐怖がそれをすぐに掻き消す。


掌と指がひきつってくる。


だが痛みはすぐに消えてしまう。

そういえば、退屈な授業だというのに全く眠気を感じない。


多分奴が、痛みや眠気を遮断しているんだ。

痛みや眠気も脳内で生産される化学物質と電気信号の産物にすぎない。

オートマトンが俺の脳を掌握しているから、そいつを消すくらいは朝飯前だろう。


とんでもない能力を手に入れた。

だが突然超能力を手に入れたにしては、俺はいつもと変わらず生きている。


その事が何より不満だった。

この力さえあれば、俺はたぶん何でもできる。


俺を馬鹿にしてくる奴は全部破滅させてやれる。

だが、俺にはそれができない。

オートマトンがそれを許すとは思えないからだ。

『役務』が同級生の惨殺でない以上、それは逸脱とみなされるだろう。


くそったれ、なんでこう人生はうまくいかないんだ。


コーン…コーン…


そう思った瞬間。

Pスコープにはっきりと、赤く輝く点が3つ、現われる。

だが、すぐにPスコープから消える。


その後、俺の眼前にでかでかと『役務完了』の文字が表示される。

俺はペンを回す動作を止める。


『最初の役務はこれにて終了也。

 情報の緒元はMasterに送信済故、ご苦労。』


ああ、そうかよ!


俺は腹立ち紛れに、周波数をでたらめに変えながらペンを一回転させた。

その瞬間、大雑音が、教室内のスピーカから鳴り響いた。


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