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スペクター

『5時です…生徒の皆さん下校の際は集団下校を心がけてください』


たそがれ時の街に、スピーカーノイズ交じりの声が響いた。

近隣の高校から流れているであろうそれ、

まだあどけなさを残す澄んだ声は、ノイズで歪んでいた。

おそらく経年劣化で痛んだスピーカーのためだろう。


太陽はすでに沈みかけており、オレンジの夕日が空を残照で薄赤く彩っている。


商店街を行きかう人々はどこか不安げに急ぎ足で家路につく。

近隣の学生達の姿はまだなく、人影はまばらだった。


ただ、パトライトを光らせた警察車両だけは車道をせわしなく行きかっている。

警察官達は街中のそこかしこに立ち止まって、あたりを監視していた。


モノトーンの制服に身を包み、防刃・防弾ベストを着込んで警防と拳銃で武装した法の番犬たち。

だがその表情は引き締まっているものの、眼光はどこか力なく見えた。


赤い残照の中に、白い光が瞬く。

カメラを首から下げたプレス関係者と思しき男が、カメラのフラッシュを炊いたのだ。


警官の眼に光が戻る、怒りの目だ。

といっても、社会的な正義を体現するようなご大層なものではない。

突然頭を小突かれ、不機嫌さをあらわにした様な拗ねた子供の反応とそう変わりはしない。


カメラを下げた男は、素早くきびすを返し、即歩で遠ざかる。

警官は後を追おうとしたが、もう一人に肩を叩かれ足を止める。

目からは徐々に光が消え先ほどと同じ力ないものになった。


この街で、こういう事が起きるのは珍しい。

私もまた、彼らをゆっくりと通り抜けることにする。

彼らは全く私に気づかなかった。


そこからさらに歩く、買い物袋を抱えた主婦と子供が私の脇をとおりかかる。

子供が私のいるほうをむいて不思議そうな顔をした。


「どうしたのゆー君?そこ、なんにもないわよ?」

「うん…でも」


まずい。


私は足早に通り過ぎる事にする、子供というやつは偶に物凄くカンがいい。


目的地にはすぐに到着した。


商店街の路地裏ビルとビルの谷間。

そこはパトカーが塞いでおり黄色と黒のトラロープと

「KEEPOUT」のテープで厳重に封印されていた。


路地裏のいりぐちを体格のいい若い警官が塞いでいたが。

しかし、彼らも気にせず通り抜ける。

『仕事』は日暮れまでに完遂しなければならない。


人が一人、通り抜けられるかどうか程度の広さで、ゴミが散乱している。

生ゴミのニオイが酷いが、さらにそこに鉄分の含まれた臭気が満ちている。


青いビニールシートに覆われたそれ、目的のものだ。

警官はまだ後ろにいるが、全く気がついていない。


私は誰にも見えない。

私は幽霊だからだ。

周辺の風景をビデオのように全身に写し、カメレオンのように周囲に溶け込んでいるからだ。


そんな事が出来る人間は、そうはいないだろう。


私は仕事に取り掛かる事にする。

ビニールシートを取り払うわけにはいかないため、自らの視野を、『切り替え』た。


視界が灰色になり、ビニールシートの下に隠されたものが姿を現す。


まだ年ごろは17歳ほど、精悍な体格をした中学生の死体だ。 私は視界の解像度を切り替え、顔を確認する。


さらに、死体の損傷部位を確認。

腹部の筋肉が断裂して、損傷は内部に達している。

死因は、鋭利な刃物で腹部を切り裂かれての失血死だろう。

見ると、路地裏の壁と地面にも生々しい血痕が残っていた。


サーモグラフィで熱を探査。

視界が赤く切り替わる、まだ熱が残っている。

死亡推定時刻を即座に計算する、1時間ほど前だろう。


壁、地面をX線で全てサーチする。

指紋は全くと言っていいほど残っていなかった。

胃を透視して内容物を見る、あまり気持ちのいいものではない…が


体の一部分だけ、ぽっかりと空隙がある事に気づく。

内臓が抜き取られている、抜き取られた部位は胃だった。


「…ッ!」


思わず小さな声が漏れた。


その微かな声を聞きつけたか、警官が後ろを振り返る。

ここはもう全て調べた、用は無い。


垂直に、音も無く『ジャンプ』する。


自らの体が光に変わる、一瞬の残光とともに私は音も無く掻き消える。

ジャンプしたのは、ワンブロック先の路上。


薄暗がりの中に、くたびれたスーツを来た中年男の姿が現れる。


自らにかけていた『擬装』が解けた。


街を照らしていた太陽は、沈みかけていた。

『光』を集めそれを自らに纏うこの技も、光源がなければ意味を失う。


私は一人、路上へ立ち尽くす。


私はマギウス 『スペクター』

全ての光は、私に従う。

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