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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第二章 私達がここにいる理由
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剥離者1

 鎌鼬が去った後の昼頃。

 雅生は分身体の四辻と共に屋上の清掃を行っていた。

 ヘリポートには血溜まりが出来上がり、設備には血が飛び散っている。改めて見渡した時には、生々しい匂いと見た目で、思わず吐き気を催してしまった。

 だが、流石にこのままには出来ないので、モップを片手にせっせと洗浄することになったのである。

「何というか、こう……酷い有様ねぇ。あなたが狼奈ちゃんを担いで戻ってきた時はまさか、と思ったけど。あんなにズタボロな狼奈ちゃんを見たのは初めてだったわぁ」

 狼奈は四辻の処置により、包帯でぐるぐる巻きにされ、仮眠室で安静にしている、というかされている。

 防災センターまで抱えていく最中、ずっとグッタリしていたので最悪な事態を予測してまったものだ。しかし、多くの切り傷を負いはしたが、傷自体は浅い物らしく、命には別状はないらしい。

 雅生も昨日に引き続き、手の簡単な切り傷で済んだので、総合的に被害は小さい方だったのかも知れない。

「それにしても、マーちゃんもご苦労さまねぇ。あの子を抱えて屋上から下りてくるのは大変だったでしょう?続けてこんな重労働をやるのは大変なのかも知れないけれど、二人で頑張ればきっと早く終わるわぁ。だから気張りましょう?エイエイオー!」

「あのさぁ!さっきから口ばっかり動いている割には何で普通に腰下ろしているんですかねェ!?さては何か?一緒に片付けに行こうって言ったのはただの建前で、本当はサボりたかったんじゃないっすよね四辻さんよォ!」

 ヘリポートをモップで磨きながら、設備の影で腰を下ろす四辻に向けて怒号を挙げた。

 二人で頑張ろう、と笑顔で言いながら腕を振り上げる姿を見ると正直、殺意が湧く。

「口調が悪役染みてるわよぉ、怒りん坊ちゃん」

「誰が怒りん坊ちゃんだクルァッ!開始一分程度でモップを杖にして、ふぅ~、なんてやりきった感を出しているやつを前にしたら誰でもテメェサボってんじゃねぇ!ってなるでしょうが!俺か!?俺がおかしいのか!?」

 ほんの一分程度、血の付いた場所を確認して、モップで一撫でしてから後は休憩。

 ブラック企業も衝撃的な軽労働っぷりである。

 怒り狂う雅生を傍目に、四辻は一切悪気を感じている様子はなかった。

「マーちゃん、お姉さんだって好きで休んでいる訳じゃあないのよぉ?お姉さんの潜在能力ルダ、《多影》のことは、世理ちゃんから聞いているでしょう?」

「あ?まぁ、確か、分身するんだっけ?忍者みたいに」

 すると、四辻は穏やかに微笑む。

「アニメの見過ぎよぉ。確かに、分身するだけの力なんだけど、本物が偽物を生み出す力ではなくて、本物が分裂する力なのねぇ。一見便利に見えるかもだけど、分裂すればするほど、体力等の身体能力まで同じ様に分裂してしまうのぉ。一人の時と比べて、二人なら二分の一、三人なら三分の一、って具合にねぇ」

「……あれ?てことは、今受付に二人と、巡回に三人、ここに一人だから……合計六人?」

「そう。つまり、現在お姉さんは普段の六分の一しか力を持っていない。分かりやすく言えば、普段全力疾走を六分間走れるのに、今は一分だけしか走れない身体になってるってこと。わかったらかしらぁ?」

 つまり、短い期間で休み休みで作業しないと、倒れてしまう可能性があるということだ。

 巡回担当の狼奈が居ない以上、別の誰かが巡回をやらなくてはならない。雅生はあと一日程度は研修をさせたいとのことだったので、一人では回れない。そうなると、必然的に多数の働き手を生み出せる四辻が努力する他ないのである。

 恐らく、一階から三階を回っている四辻も、それぞれの階で休みながら巡回しているに違いない。

「えぇっと……ご苦労さまです。散々怒鳴り散らしてスミマセンでした」

 彼女の苦労を理解した雅生は、深々と頭を下げた。

 分身して多数の業務をやっているだけでも、相当の神経を使っているはず。それにも関わらず、彼女は屋上の清掃までも引き受けてくれた、ということになる。

 これは、脱帽せざるを得ないだろう。

 多分、現時点において一番頑張っているのが、この四辻津々代なのだから。

「物分かりが良い子は、お姉さん大好きよぉ」

 そんなこんなで、時々四辻の助力を得ながら屋上の清掃を続ける。

 あらかた全体の血を流し終えたところで、ふと雅生が愚痴を開いた。

「姫々島のやつ、今何を考えてるんだろうな」

「ん?」

 気持ち良さそうに汗を拭う四辻が首を傾げる。

「さっき、話しただろ?鎌鼬が、こちらに残るか剥離者側に寝返るか選べ、と言ってたってさ。あいつはまぁ、一見して反対している様に見えたけど。人間なんか嫌いだ!って叫んでいる姿は、何というか……剥離者側に立っているみたいに感じたんだよな」

 モップの持ち手部分に寄り掛かるように腕を組んで、考えるように前後に揺らした。

「……ふぅん?」

「ウォッグとして働いてるとはいえ、ここの契約者とはそりが合わないみたいだし。このままだと、悩む間もなく剥離者側に付くんじゃないかって思って……まぁ、そんなことあるわけないだろうけど」

 心配は要らない。

 そう自身に呼び掛けること自体が、既に不穏な空気を生み出しているような気がして。

 少しだけ、憂鬱な気分になってしまう。

 ボンヤリと青い空を彩り紫外線のシャワーを発する太陽を眺めた。今だけは酷く眩しすぎる気がして、なんだかとても気持ちが悪い。

「権利がある者が嫌われるのは当然のことだし、従う者が目上の者を嫌うのは当然のことよぉ。重要なのは、至極当然の感覚を分かった上で、立場を理解出来ているかどうか……契約上の関係程度で、人間の心まで縛ることは出来ないんだから」

「……まぁ、分からなくもないけど」

「狼奈ちゃんの場合は、ちょっと抱えている物が違うからねぇ。逃げたくても逃げられない、切ろうとしても切れない楔が心に絡みついている。あの子も含めて剥離者って存在は、ねぇ」

 楔。

 その単語がいやに具体的に心へ響き、思わず身震いをしてしまう。

 鎌鼬と対峙した狼奈の表情。

 動揺と憤怒が混じり合って、本性が剥き出しになった顔だ。あれこそ、抗えない感情だったのかも知れない。どんなに自身を偽っていたとしても、剥離者という真実がある限り、簡単に崩れてしまうのだろうか。

 何故?

 ごく一般人には到底理解出来ない現象に、雅生が悩ましげに顔を歪めると、四辻が再び腰を下ろしてこう言った。

「そもそも、剥離者がどうやって誕生したのか……マーちゃんは知っているかしらぁ?」

「……!あ、あぁ、昨日宮園から聞いた話だと、人間の中に元々存在する潜在物質ルダが覚醒して、超能力が発揮されるようになったって話だよな?殆どの人間は覚醒せずに生涯を終えるから、かなり希少な存在なんだろ?」

 世理から教えられた話をそのまま口にするが、何故か四辻は苦笑しながら首を傾げた。

「あぁなるほど、ねぇ。うん、間違っていないわぁ。但し、それはあくまで『覚醒者全般』の話。お姉さんが言っているのは、『剥離者』のことよぉ」

「……え?いや、だってそれは同じ話なんじゃないの?」

「剥離者は、覚醒者が自分から名乗っている二つ名みたいなもの。多分、狼奈ちゃんや瑠羽ちゃんも……下手したら、剥離者として人間に敵対していたかもしれないわぁ」

「は……?」

「結論から先に話すわねぇ。潜在物質は自然的に覚醒したのではなく、“人為的故意によって覚醒されたもの”なのよぉ?」

 衝撃が身体を駆け巡る。

 何故なら、察してしまったからだ。

 自然的ならばまだしも、人為的な思惑があるとしたら……そこには当然、剥離者が敵視する人間の悪意がある。

 そう考えられるのではないだろうか。

「どういう、ことだ……?そんなこと、宮園は一言も……」

「世理ちゃんは覚醒者であるくせに、人間も覚醒者も、両方を気遣う甘ちゃんだからねぇ。人間に対して悪印象を与えない為に、わざと言わなかったんじゃないかしらぁ」

 考えてみれば、その通りだ。

 人間と覚醒者、両方を重んじることが出来なくては、ウォッグとして働くなんて到底不可能。彼女は、そしてウォッグの面々は、一体どれだけ重苦しい心を持って生きていると言うのだろうか。

 そして、四辻は話し始める。

 剥離者とその裏に隠された真実を。

「今から十年前、初めて潜在物質ルダの存在に気付いた者達が居た。当初は人間の中には不思議な物質がある、程度だけれどねぇ。彼らは潜在能力の詳細を解き明かす為に研究を積み重ね、ある真実に辿り着く。それは、潜在物質が覚醒すると超能力の使用が可能になること、潜在物質はとある存在を使用することで人為的に覚醒させることが可能、という二つの事実を」

「とある、存在?」

「そう、今はもう何処にも存在していないけど、あの時は本当に偶然で、まるで神様から授かったような感覚だったのでしょうねぇ。彼らが手にしたのは、無限物質、またの名を《フィーゼ》と呼ばれる物。更に研究を大いに手助けしてくれた無限物質に倣い、彼らは、いえ“お姉さん”達は自分達のことをこう名乗り始めた」

 四辻が視線を落とし、少しばかり沈んだ顔を見せる。

 その時、屋上を冷たく不穏な一陣の風が吹き抜けた。

「────《無限を型づくる縁数ディジット》、と」





 瑠羽は相変わらず微動だにせず、監視モニターと睨めっこを続けていた。

 彼女の背後の机には、四辻の分身体がぐったりした様子で突っ伏している。

「確認です、かなり無理していますね。体調管理は万全ですか?」

 瑠羽が振り向きもせずに尋ねると、四辻はいつもと変わらない口調で答えた。

「あ~はっはっ……六人になったのは久々だから少し堪えるわねぇ。シルバーウィークだから電話対応も多いしぃ、屋上の方では長い昔話が始まったしぃ。ねぇ、瑠羽ちゃん、少しだけ抱き付かせてくれないかしらぁ。モフモフで癒されたい」

「返答です、意図が理解出来ません。それと、疲れているかどうかも分からない口調で返事をするのは辞めて下さい。反応に困ります」

 取り敢えず面倒くさいので、一蹴。

 すると四辻は、ちぇー、とわざとらしく口にしてから立ち上がり、受付室へと歩いていく。

「休憩から上がりまぁす。引き続き監視ヨロシクねぇ、瑠羽ちゃん」

「了承しました」

 四辻の姿が消えたのを肩越しに確認してから、改めてモニターと向かい合う。

 彼女は基本、モニターの監視と会話でしか思考を働かせない。その為一人で居る時は、まるで機械のように常に無言だ。独り言や、物思いにふけることも、無いと言っても良いだろう。

 だが、あることに関しては、気に掛かるように手を顎に当てた。

(四辻津々代の昔話……つまり、あのことですか。アルバイト二日目程度の芦那雅生に話すとは……いったいどういう風の吹き回しなのでしょう。それとも、まさか、彼には話すべき価値を見出した、とでも?だとしたら、意外な話ですね……)

 そんなことを考えていると、右後ろ、仮眠室の扉が開いた音がした。

「……!」

 いくらなんでも早過ぎる目覚めに、少し驚いて振り向く。すると、扉にもたれ掛かる形で、狼奈が荒い息をしながら立っていた。

「はぁ……はぁ……どうなってんの。私、何でこんな姿になって、仮眠室で横になっていたわけ?」

 酷い有様だ。

 顔面から足に掛けて、包帯でぐるぐる巻きにされており、所々から赤い血が滲み出ている。

 彼女は常人と比べると、傷の治りが異常に早い。予想を越えて早く起き上がってきたのは、ルダの恩恵によるものだろう。だが、今の彼女の疲れ果てた様子を見る限り、とてもではないが業務を続行できるとは思えなかった。

「姫々島狼奈……!警告です、動いては駄目です。傷が浅いとはいえ、あなたの出血は一般的な致死量を軽々と越えています。それ以上無理に動いては、流石のあなたでも死にますよ?」

「そんなこと、どうでも良いわ」

「……は?」

 今や彼女は、生死が懸かった瀬戸際に立っている。

 しかし、狼奈は壁を強気で叩くと、自身の頭を振りながら激しい動揺を見せ始めた。

「分からない、分からないのよ……あの男の言葉が、まるで寄生するみたいに頭にこびり付いて離れない……ここでウォッグとして生きるのが正しいのか、剥離者として人間に敵対するのが正しいのか……それすらも考えられないくらいに、私の中で結論が確定しかけているんだよ……!」

 その時、狼奈の顔が豹変。

 小さな唸り声と共に顔が小刻みに震え、瞳の瞳孔が猫の目のように尖り始める。

 狼奈が強く目を瞑ると元の瞳に戻るが、どちらの時も苦痛に満ちた顔は治ることはなかった。

「だから、ぶっ壊れてでも良いから、私を使いなさいよッ……!モヤモヤが頭の中に渦巻いている……このままだと、意地でも動いて頭を麻痺させないと……私の本能に、私が呑み込まれる……ッ!」

 彼女の抱いている恐怖心は、瑠羽にも共感出来るものだった。

 だからこそ、危惧が生まれる。

 彼女が言うとおりこのまま放っておけば、ウォッグにとっても、彼女にとっても良くない末路へと繋がってしまう。

「……姫々島狼奈……あなたは……」

 瑠羽が呟いた直後、防災センターの入り口が開く。

 切羽詰まった状況に追い打ちを掛けるように、取締役の六角喜介が現れたのである。

 彼は、包帯でぐるぐる巻きになっている狼奈を睨むと、気遣う様子も見せずに、こう言った。

「おい、姫々島。話がある、付いてこい」

 これはマズイ。

 瑠羽がいつもと変わらないトーンで、制止の声を挙げる。

「制止です、ちょっと待って下さい。彼女は今話せるような状態ではありません。話ならばまた後ほどして下さ……」

「お前、契約者に逆らうのか?」

「……いえ、逆らうつもりはありません」

「ならば黙って従え。お前はその場から動くんじゃないぞ?監視役が居なくなっては、万が一に対応することが出来なくなるからな。ほら、行くぞ」

「…………」

 いつもならば反抗する筈の狼那だが、今回は黙ったまま強張った顔で、六角の後に着いていってしまった。

「彼女の中の獣、久々に顔を拝見した気がします……このままでは…………」

 六角の真意は謎だが、全くもってタイミングが悪い。

 狼奈のあの顔は……危険だ。

 瑠羽は意を決して、無線へと伝言を飛ばす。

「こちら防災センター、聞こえますか?緊急事態が発生しました、手の空いている者は今すぐに…………」

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