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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第二章 私達がここにいる理由
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反攻


「警告です、姫々島狼奈!直ちに追跡を中止してください!姫々島狼奈!」

 意識して平静を装った様な声色で、制止の命令を無線マイクに発する。

 だが、監視モニター上の狼奈は止まる気配すら見せない。耳と意識を完全にシャットダウンし、ただ視界に入った獲物を狩る為に動いているかの様だ。

「瑠羽ちゃん、どうしたのぉ?」

「《鎌鼬》です。昨日に続き、また現れました」

 四辻津々代は瑠羽の肩に手を置き、監視モニターを不敵な笑みで眺めた。

「あらあら、血気盛んな不審者だことねぇ」

「疑問です。何故感心しているのでしょうか……」

 完全に他人事ムードである防災センターとは裏腹に、狼奈達は非常階段を駆け上がる。その先の屋上へと出る扉を開け放つと、監視モニターから姿を消した。

 無線に応答はない。

 屋上には監視カメラが無い為、様子を窺うことも出来なかった。

 カットエッジが営業中である以上、下手に騒ぎを起こすことだけは避けたい。それは狼奈もよく分かっている筈。今は、彼女の臨機応変の対応に行く末を任せるしかないだろう。

「ところで瑠羽ちゃん?何か心配事でもあるのぉ?珍しく必死に彼女を引き留めようとしていたみたいだけれどぉ?」

「…………」

「まぁ、お姉さん達もここから動けそうもないし、それ以前に戦闘となったら完全に専門外だしねぇ。世理ちゃんが居ない今となっては、狼奈ちゃんに対処を任せるほか方法は無いと思うのだけれど、どうなのかしらぁ?」

 狼奈は巡回業務、瑠羽はモニター監視、四辻は受付業務。どれも警備には欠かせない業務なのだが、もし担当とは別の業務をやり始めたら、きっと上手くはやれないだろう。ウォッグの面々は基本的に出来ることが極端に偏っているのだ。

 つまり、振り分けられた役割内でしか、最低限にこなすことすら出来ない。

 彼女達の力を持ってすれば、各業務で人手不足になることはないだろう。しかし、営業中に自身の持ち場から離れることは、職務を放棄するも同然。当然、許されることではなかった。

 だから、それぞれの業務で何かが起こった際には、各担当者が対応するしかない。

「心配とは、少しニュアンスが異なります。正確に言えば、そう……危惧です」

「危惧……狼奈ちゃんに限って、何か危険なことが起こるって?確かに《鎌鼬》も奇妙な力を持っているようだけど、喧嘩に関して彼女の右に出る人は……」

「確認です。本気で言ってるんですか?あなたも、分かっていることでしょう?」

 呆れた表情で四辻を睨む。

 すると瑠羽は、反論する気力が失せる程、ハッキリとした口調でこう断言した。


「────勝てませんよ、間違いなく」


 だから、願わずにはいられなかった。

 今は、今だけは……戦うのは避けて欲しい、と。



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 カットエッジの屋上。

 給水タンクや屋外換気扇が設置された広場と、ヘリポートで構成された空間だ。普段は設備の点検以外で上がることはない為、非常階段の前に立ち入り禁止のテープを設置してある。

 テープを飛び越えて屋上へと向かうと、ヘリポートの真ん中にフード男、《鎌鼬》が立ち尽くしていた。

「散々、舐めた真似をしてくれたわね。だけど、これで鬼ごっこは終わりよ」

 狼奈が即座に駆け付け、強張った顔で声を掛ける。

 すると、フードの下から優男の様な煌びやかな肉声が返ってきた。

「鬼ごっこか。元々は追儺ついなと呼ばれる鬼払いの儀式が起源となっているらしいけど……この場合僕が逃げる鬼かな?それとも逃げる子の方かな?」

 喋っている姿は初めて見た。

 これまで五回もの襲撃を起こしてきたやつだが、いつも無言で行動していた為、てっきり喋れない類の存在なのかと思っていたが、違ったらしい。

「そんなものどっちでも良いわ。逃げる役であることに変わりないんだから」

「そうかな?僕としては逃げているつもりはなかったものでね。悪戯をして親から逃げ回る子、というよりも、追いかけ回す人間をほくそ笑みながら翻弄する鬼、の方が性に合っている気がしたんだ。君もそう思わないかい?」

「減らず口を……私、貴方のことが本気で嫌いだわ」

 話せば話すほど、苛立ちが増していく。

 逃げ場のない場所に追い込んだ筈なのに、余裕すら感じられる態度を見せつけた鎌鼬。

 考えたくはなかったが、強盗騒動から屋上までの逃走……これは、やつの狙い通りの展開だったのかも知れない。

「喋れるのなら教えなさい。あんた、一体どういう魂胆なのよ。何故、カットエッジを狙う?」

「そういうのってさ、敵を追い込んでから口にすべき台詞だろう?僕は現時点では何も追い詰められていないし、簡単に口を割るつもりもない。強いて剥離者風に言うならば、そうだな……僕達を虐げる普通の人間を恐怖のどん底に陥れる為……これで納得してくれるかい?」

「ふざけないで……あんた達は、何も罪も無い人々を手に掛けることに、罪悪感を感じることすらも出来ないわけ!?」

 剥離者は人間にとっては、理解の及ばない存在。彼らの存在を知っていた者達は、自分の思うがままに彼らを批判し、迫害をしていたことだろう。狼奈も同じ能力持ちとして、剥離者が恨みを抱く気持ちも分からなくもない。

 だが、それは全世界の人口から見ても、ほんの一部でしかないのである。

 剥離者が恨む殆どの人間は、剥離者の存在すら知らない無関係者に等しい。そんな人達を手に掛けるのは、的外れとしかいいようがないだろう。

 すると、鎌鼬は苦笑の含んだ口調で、こう言い返した。

「……へぇ、まるで他人事、と来たか。とんだ偽善者だね、君は」

「何、ですって……?」

「そうやって偽善で色付けられた言葉を口にするのって、恥ずかしいとは思わないのかい?僕はね、正直恥さらしだと思っているよ。同じ覚醒者でありながら、真実から目を背け、都合良く使われているのを必死に黙認するなんてさ」

「ふざっ、けるな……私の、私の何が間違っていると言うのよ……!」

 動揺が、抑えきれなかった。

 信じたくはないが、敵対者に全てを見透かされてしまったような恐怖心。

 決してあってはならない、敵との意思の疎通。

 それらが混じり合い、ウォッグとして決して抱いてはならない感情が生まれ始めた。

 それは……激しい殺意だ。

「今更、それを僕の口から言わせるのかい?だってさ、そもそも君は……」

 鎌鼬は嘲笑する。

 まるで、この時を待ち望んでいたかのように。

 それを口にした。


「────人間ですらないんだろう?」


「……ッ!!」

 衝撃、そして暴発。

 その行動に迷いはなかった。

 理性が弾け、本能が産声を上げる。

 直後、狼奈は勢い良く地面を蹴って、鎌鼬に飛び掛かる。

 目にもとまらない特攻で鎌鼬に襲い掛かるが、やつはヒラリと身を躱すと、巧みに言葉を紡ぎ続けた。

「君のその獣のような意思を向けるべきなのは、僕ではない。君をそんな風にした、罪深い人間の方だろう」

「黙れッ!!黙れ黙れ黙れェェッ!!」

 声を張り上げ、耳を塞ぐ。

 聞き入れてはならない声を遮断する為、あらゆる手段を尽くす。

 だが、鎌鼬の声は消えない。

 どれだけ無視しようとしても、滑り込むように鼓膜を揺さぶってくる。

 まるで、無意識にその言葉を受け入れてしまっているかのように。

 そう……こいつは、越えてはならない一線を越えてしまったのだ。

「そうだ、思い出せ。君達は元々こちら側の存在だ。人間に利用され、しまいには弾圧された可哀想な存在。だから君達には、奴らを粛正する権利がある。それを否定することは……」

 突然、鼻先に鎌鼬が現れた。

 人間の温もりが一切感じられないそいつは、動揺して動けない狼奈の額に指先を突き付け、こう言い放つ。

「君自身の存在を否定すると同等だ」

 違う。

 違う、と言い返したい。

 だが、狼奈の理性とは裏腹に、本能が真っ先に行動を起こした。

「あぁァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 悲痛が含まれた雄叫びを挙げ、五本指を牙のような形にした右手を、鎌鼬の喉元に突き立てる。

 次は避けなかった。

 狼奈の右手の襲撃は鎌鼬の首にめり込み、ブチブチッと繊維が切れる様な感覚が指先に滲む。

「あっ……」

 瞬時に我に返る。

 ウォッグとして、いや人間としてのタブー……人殺しを、犯してしまった。

 思わず、鎌鼬の首にめり込んだ手を引き抜こうとしたその瞬間。

 突然右手首を掴まれる。

 凄まじい力で握られ、手首に尋常ではない圧迫感が走った。 

「心配しなくて良い────僕も既に人間ではないのだから」

 死んでいない。

 首を貫かれている筈なのに、首を無理矢理傾けてピンピンしている。

 何故か。

 その疑問は、鎌鼬が自身でフードを取り、自分の顔を露わにすることで解消された。

「顔が……!?」

 首から上が、無い。

 フードの中にある筈の顔が、そこには無かったのである。

 恐らく、指先の感覚は衣類が引き裂けたものだ。

 鎌鼬が衣類を身につけていることで、そこに人間の存在があると認識しているだけだ。服があればそこに体があると思い、ズボンがあれば脚があると思う……それだけのことだったのかも知れない。そもそも、やつにとっての衣類とは、一般的に体の肌を隠す為の物ではない。世間体に溶け込める人間としての形を整える為に、利用しているのだとしたら……。

「人間ではない者同士、存分に潰し合おうじゃないか……なぁ、ウォッグのお嬢さん?」

 直後、逃げる間もなく、狼奈は物理的な何かに呑まれた。

 為す術なく、瞬時に全身が鋭利なものに刻まれ、大量の鮮血をぶちまける。

「あ……ぎぃ、ぁ……?」

 それはまるで、《鎌鼬》。

 五回もの間、ずっと正体を隠していた怪物が、遂にベールを脱いだ瞬間だった。

「さぁて、楽しい楽しい耐久戦の始まりだ」

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