再度襲来
ウォッグ! No.6
アルバイト生活、二日目。
雅生は一人で従業員通路を歩き、防災センターへと向かっていた。
ウォッグが担当している契約先は一つだけではなく、全国各地様々な場所にあるらしい。その為、ウォッグ監察官の一人である世理は、一つの場所に留まらずに色々な場所を回っていると言っていた。本来なら指導者として、五日間雅生と共に居なくてはならないのだが、今日一日だけ緊急で別の場所に行くことになってしまったとのことだ。
「……あいつ、昨日今日で唐突過ぎるだろ。あんなお願い、俺には荷が重すぎるっての……」
それは、昨日の夜のこと。
ナンパ男達を撃退した後に、世理からこのようなお願いをされたのだ。
『私が居ない間、ウォッグのメンバーを守ってあげてください』
ウォッグの構成員は、共通して超能力を持っている。対して普通の人間からしてみれば化け物にしか見えない。その結果……人間側から軽蔑、迫害が必然的に発生してしまうのである。
それに超能力者が逆上して手を出してしまえば、また被害者が必要以上の暴言を吐く恐れが出てくる。
つまり、永遠に止まらない、負のスパイラルになってしまうのだ。
常人と超能力者が同じ場所に居ると、心情の違いはあるし、批判は生まれる。それは避けようがないし、当然のことだ。
だからこそ、どこかで妥協しなくてはならない。
その妥協点に、雅生がなってほしい。
これが、世理の言い分だった。
(そもそも、それが何で俺なんだ?頼むんだったら、あの年長者らしく見える四辻さんにでも……いやその方がよっぽど適任じゃねぇのか?)
理解出来なかった。
世理が雅生に寄せる一種の信頼感というのは、異常の類だ。あれではまるで、道端でハンカチを落としたのを見つけ渡してあげたら、唐突に結婚の申し込みをされる……という位に、馬鹿げた申し出に他ならない。
聞いても簡単に教えてくれるような奴ではなさそうだし、一体何を考えているのだろうか。
「まぁ、とにかく今は仕事仕事。そっちに専念しないと、姫々島に殺されるかもしれないしな。おはようございま……」
「────どういうつもりよッ!!」
防災センターの扉を開けた瞬間、いきなり姫々島の鋭い声が響き渡った。
突然のことで驚愕して、少し動揺しながら中へと入る。
すると、モニタールームで姫々島と一人の男が向かい合って対峙していた。いや、対峙しているというより、男の方は姫々島を見下している様子だ。
「どういうつもりも何も、元々我々はお前達みたいな化け物が来ること自体反対だったんだ!それを今まで妥協して働かせてやった上に、意に添わない給料まで提供してやったんだぞ!?有難いと思わないのか!?」
いつかのコモンドレートで見た、一条社長に似た風格の男だ。スーツを着こなし、白髪が混じったオールバックの髪型。シワが目立つ顔を強張らせる様子は、まるで鬼の形相にも見える。
特に外見が恐いとかそういう訳ではないが、その言葉の一つ一つがまさに爆弾を投下している為、色々な意味で心臓に悪い。それも、本音で口にしている様だから、尚更たちが悪そうだ。
「化け、物、ですって……!?」
姫々島の気配が豹変する。
沸き上がる怒りが具現化するように、彼女の周辺が心なしか歪んでいるみたいにも見えた。
「ば、化け物に化け物と言って何が悪い?」
「こ、のォッ……!お前の顔も化け物と見分けが付かない見た目にしてやろうか……!?」
これは、危険だ。
世理が恐れていた事態がいきなり、しかも関係者の間で発生してしまった。
狼奈が、その男に掴み掛かろうとする寸前に、今までモニターを見ていた瑠羽が振り向き、声を挙げた。
「警告です、姫々島狼奈!」
「……!」
「そろそろ巡回時間です。早く準備を済ませて下さい」
「…………私、あんたのこと本気で嫌いだわ……」
口数の少なそうな人物からの、意外な制止だ。瑠羽の言葉で足を止め、歯軋りをしてから男を睨むと、仮眠室へと戻っていった。
彼は狼奈が消えて、一瞬安心したように息を吐いてから、突然大声を張り上げる。
「これだから化け物を相手にするのは疲れるんだ!ここに居る者共は心して聞け!このカットエッジで勤務する以上は、我々の言うことは絶対だ!もし我々の意に添わない行動を起こした場合には、即刻にお前達との契約を打ち切ってやるからな!それ相応の覚悟をして勤務に当たれ!」
そう言うと、入り口に立ち尽くす雅生を押し退け、さっさと防災センターから消えていってしまった。
「な、何だったんだ?あのオッサンは……」
何がどうなっているのか分からず、呆然とその後ろ姿を見ていた雅生が呟く。
すると、受付室から四辻が出て来て、肩に手を掛けてきた。
「毎度のこと、世理ちゃんが居ないのを良いことに、嫌味を言いに来るのよねぇ。あのおじ様はカットエッジの清永町支部取締役、六角喜介。まぁ、とことん傲慢な性格をしているのは見ての通りよぉ。それにどうやら、超能力者のことを相当嫌っているらしくてねぇ。初めは、ウォッグが警備に入ることを頑なに反対していたらしいわぁ」
「別に、そんなに嫌われているなら、警備に入らなくても良かったんじゃねぇの?」
再びモニターに向かい合った瑠羽が、肩越しに視線を送りながら説明をしてくれた。
「反論します、そんな単純な話で社会は回りません。カットエッジは、コモンドレートにとって大切な取引先ですから。この関係が上手くいけば、コモンドレートの収入源も満たされていく。その為にも、契約関係を簡単に打ち切られる訳にもいかないんです」
「だから、契約先には頭を下げながら、どんな理不尽な指示にも従い、業務をこなしていかなくてはならない、ってか?こんなにも嫌われているのにか?」
「あら、それが警備員という職業よぉ?」
良く言えば忠実、悪く言えば呪縛。
この仕事に尽くして人生を全うしたい、と言う人も居れば、何でこんな理不尽な仕事をこなさなくてはならないのか、と言う人も居る。考え方も、捉え方も、人それぞれで違うことは分かっている。だから彼女達の、仕事だから仕方ない、という言い分も納得できる節はあるだろう。
だが今のやり取りを、警備員だから、とひとまとめにするのは……簡単に納得してしまって良いのだろうか。
「なるほどね。それにしても、『これだから』、か……まるで経験してきた様な言い方だったけど、過去に何かあったのかな……?」
「さぁ、どうかしらねぇ。それより、今心配なのは狼奈ちゃんの方。強気だったとはいえ、こういう非難の声には人一倍弱い子だから。剥離者の件もあるし、根を詰めすぎて壊れちゃったりしないかどうか、お姉さんとっても心配だわぁ」
仮眠室の扉を見ながら、頬を手で支えて首を傾げる。
その表情には純粋に配慮の色が浮かび上がっていた。仲間の不調を心配するチームメイトのように、思春期の子供を気遣う親のように、曇りないウォッグの温かい姿がそこにはあった。
今この場に居ない世理も、きっと同じことを考えているに違いない。
だから雅生も何気なく、一言だけ自身の心にある思いを口にした。
「大丈夫だろ、お前達が居ればさ」
「……新人ちゃんが言ってくれるわねぇ、ふふっ」
それから程なくして、狼奈が不機嫌そうな顔で仮眠室から出て来る。雅生に急ぐように促すと、共に巡回業務へと向かっていった。
何でもない様に振る舞ってはいるが、少々不穏な形で、二日目のアルバイトが始まりを告げたのだった。
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一日目と同様、モールに沿って端から端まで、時に壁の死角や防災設備の確認をしながら巡回をしていく。
シルバーウィーク真っ只中というだけあって、人通りはそれなりに多い。店舗の中には、大幅セール期間等と宣言する所もあるし、期間限定商品が陳列している店もあった。そういった場所に客がごった返しになる場合、混乱を招かないように誘導するのも警備員の仕事だ。
狼奈は流石に手慣れているらしく、無難に誘導作業をこなす。一方の雅生は感心しながらその様子を観察し、時に一緒になって呼びかけをしたりしてみた。
その他にも、施設が大きければ大きいほど、迷う人が増えてくるものだ。警備員を見つけては、かなり抽象的な質問を繰り出してくる客も少なくはない。
「あの、すみません。可愛い服を買いたいんですけど、何処か良い店はありませんか?」
「可愛い、服……?」
知らないよ!と返したいところだが、警備員である以上曖昧な返答は許されない。
しかし、アルバイト二日目である上に、こちらは男だ。女の人が好む服なんて分かる筈もない。
返答に戸惑っていると、狼奈が横入りして変わりに返答してくれる。
「二階の東側のフロアにレディースの店舗が集中していますので、そちらでお好みの商品を探してみては如何でしょうか?」
「二階の東側……えっと……」
キョロキョロと不安げに辺りを見渡す女性客。来店するのは初めてなのだろう。どこに何があるのか、全く分かっていない様子だ。
狼奈は胸ポケットから、カットエッジのガイドブックを取り出す。
(ちゃんと持ってるもんなんだ!?)
少し驚きつつ、様子を窺う。
「今は一階のここに居るんですが、そちらに見えるエスカレーターを二階に上がると、レディースのエリアに行けますよ」
「あぁ!本当だ!ありがとうございます!」
女性客は嬉しそうに頭を下げると、意気揚々とエスカレーターを上がっていった。
その後ろ姿を見送る狼奈。
彼女の顔を軽く覗き見てみると、満足するように、小さく微笑んでいた。
「……なによ」
雅生の視線に気付いたのか、また恐々とした顔に戻る。
「いや、姫々島でもそういう顔するんだな、って。それにスッゲェ丁寧な説明口調だったし。人は見かけによらないってのは、本当のことなんだなぁ、って思ってさ」
「んなっ……!?あ、あんたが不甲斐ないからでしょうが!言っておくけど、警備員として勤務している以上施設内のことを熟知しておくのは常識だから!あんたもさっさと覚えるべき事を覚えないと役立たず扱いされるのがオチよ!」
「うぐっ、それはちょっと勘弁……後でガイドブック調達しておこうっと」
巡回経路は覚えたが、まだまだ覚えることはありそうだ。せめて明日ぐらいには基本的なことは全部覚えなくては、五日間役に立つことすら出来ないだろう。
幸いにも、記憶力はそんなに悪い方ではない。出来れば、今日中にカットエッジ内の店舗を覚えたいものだ。
「さてと、じゃあ次は二階に行くわよ。巡回経路として、どこのエスカレーターを昇るかは覚えているわよね?」
「さっきのお客さんが使ったエスカレーターだろ?」
「……ふん、まぁ良いわ。二階はあんたが先導して歩いてみなさいよ」
「え?俺が?」
「あんた以外に居ないでしょうが。別に間違っても構わないわよ。その時は私が指導すれば良いんだし。何事も挑戦しない限り成長なんてしないんだから、やれるだけやってみればいいじゃない」
少し、驚いた。
先輩らしいアドバイスの言葉を、彼女の口から聞くことになろうとは。
雅生が驚いた様子を見せると、狼奈は苛ついた顔を浮かべた。
「なに、その顔は……」
「姫々島って本当に面倒見が良いんだな?」
「……ッ!?うるっさいッ!さっさと行
ェッ!」
「何で怒ってんの!?」
だが、少しだけ安心した様な気もする。
彼女は彼女なりに、自分の信念や誇りを持って、ウォッグの業務をこなしている。
それは、先程からの彼女の様子を見れば一目瞭然だ。心配することなんて、何もないだろう。
どうやら、世理の心配事や、先程の六角取締役とのやり取りを見て、神経質になっていたのかも知れない。ウォッグを守ってくれ、と言われたもののどうやら取り越し苦労で済みそうだ。
「────キャァァ!?」
「……!」
突然、悲鳴。
二階へのエスカレーターの真ん中に差し掛かったところで、二階フロアから女性の悲鳴が響き渡った。
続いて、無線が入る。
『防災センターから、巡回中の姫々島狼奈と芦那雅生へ。二階のレディースのフロアにて、盗難事案が発生。犯人は赤いニット帽を被り、茶色のジャケットを着た人物。現在、東側のエスカレーターにて逃亡中』
白昼堂々、公共の場で強盗か。
呆れつつも、緊張感を持って、無線に意識を向けた。
すると、狼奈が意外な一言を発する。
「……こちら姫々島、丁度目の前に居るわ」
「えっ……」
彼女の視線の先、エスカレーターの到達点に一瞬だけ、男が走り抜けていったのを目撃した。
赤いニット帽と、茶色のジャケット……間違いない。
「スッゲェ偶然……」
「即刻、容疑者を現行犯で拘束するわよ」
警備員は逮捕権を有さない。
その為、容疑者を拘束することや、取り調べを行うことは、一般的には認められていない。だが、ある場合においてはその限りではないのだ。
それは、現行犯逮捕。
犯罪を行っているところ、ないしその直後を目撃された場合である。それが認められるならば、一般人も同じく警備員も、容疑者を逮捕することが可能となる。但し、その後直ぐに警察官に引き継ぐ義務があるのを忘れてはならない。
『こちら防災センター、了承しました。対象はエスカレーターを使用して、三階へと移動中』
「三階……」
二階へのエスカレーターの隣に並んで、三階へ向かうエスカレーターも上下に伸びている。
狼奈は軽々しい動作で手すりに跳び乗ると、三階へのエスカレーターを睨んだ。
「お、おい、姫々島?お前、どうするつもりだ?」
大きい施設内での盗難なんて、中々気付かないものだ。気付いたとしても、逃亡する犯人を捕まえるのは、意外にも結構難しかったりする。だから、大抵は逃げられることが殆どと言っても良いだろう。
だが、彼女達ウォッグは違う。
誰もが選りすぐりの超能力者達であり、特に狼奈に至っては常識を遥かに覆す機動力を武器としているのだ。
今回、強盗を犯した人物は、運に見放されたというべきだろう。
何故なら、ウォッグと呼ばれる超人警備軍団の包囲網から、逃れる術はないのだから。
「あんたは後から付いてきなさい。私は一足先に────あいつ、捕まえてくるからッ!」
そう言うと、跳躍。
更に上を流れるエスカレーターまで、約三メートル以上の高さを、軽々と、ひとっ飛びで辿り着く。
手すりを片手で掴み、振り子の様に体を揺らして、上に跳ね上がった。
宙で一回転してから、器用にも手すりの上に四つん這いで着地すると、三階フロアへと飛び込んでいった。
「…………」
人間業ではない衝撃的な光景に、唖然と立ち尽くす客達。
「パフォーマンス!パフォーマンスですよぉ!お、お客様!引き続きカットエッジでの買い物をお楽しみ下さーい!」
このまま何も説明なしでいけば、何かと面倒臭いことになりそうだ。そう判断した雅生は、あくまで自然を装いながら声を張り上げる。
客達の訝しげな視線を受けながらも、引きつった笑顔を浮かべ、急いで三階フロアへと向かった。
「姫々島!捕まえたのか!?」
エスカレーター付近で、膝立ちしている狼奈に近付く。
だが、彼女は動揺した顔である物を手にしていた。
「……やられたわ」
彼女の下に男の姿はない。
彼女が手にしていたのは、先程の男が身に付けていた衣服だけだった。
「まさか、昨日と同じ……?」
雅生が呟いた瞬間、狼奈が何かに反応して顔を上げる。
困惑と憤りが滲み出た、明らかな敵対心。
それらが向けられた先に居たのは……。
「────《鎌鼬》……!」
昨日と同じく、フードを深く被った人物。
彼は一度小さく首を捻ると、身を翻して逃亡を図った。
「あいつッ……!待ちなさいよ!」
「お、おい!お前が待ってって、姫々島!」
周りの声に聞く耳も持たずに後を追う狼奈。更にその後を追い掛ける雅生。
狼奈だけではなく、鎌鼬も普通の人間ではないと思っていたが、どうやら予想以上だ。超人的な機動力を誇る狼奈に、追い付かれない程、素早く機敏な動きを見せている。雅生は彼女らを見失わない様に追い掛けるのが精一杯だった。
三者は並んで三階フロアを横断すると、非常階段を更に上へと登る。
その階段の先は、屋上だった。