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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第一章 大型デパート“カットエッジ”
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お願いします



「とにかく、それは置いておいてです。今回の本題は、これですよ。これを芦那さんに持っておいてもらいたいんです」

 既に意気消沈気味である雅生の前に、世理が差し出してきたのは一枚の紙切れ。職種、雇用形態、雇用期間や賃金形態等々、それらがまとめて書かれた『雇用契約書』だった。

 会社と労働者が結んだ契約内容を記載した書面であり、一度サインしてしまえばどれだけ理不尽な内容でも、その条件で働かなくてはならない。本来なら会社側が管理すべき、重要な書類の一つだ。

「いやお前、これ、雇用契約書って……何で俺に?普通、俺が持っている様な物じゃないだろ?」

「えぇ、その通りです。しかし、私が判断しました。私の志願で芦那さんをウォッグに連れ込んでしまった以上、芦那さんの意思も尊重しなくてはならない。少なからず、私達は危険へと身を投じる必要が出て来ます。ですから、もしウォッグの一員として活動していく中で危険を感じた時には、遠慮をせずに契約を破って下さい。私も、社長も、その点については了承していますから」

 契約書を手に取り、浮かない顔を浮かべる。

 今後もウォッグに関わるのならば、今朝の《鎌鼬》の件みたいに、普通の人間では対処し切れない事態に巻き込まれることが多くなる。いや、その為に活動している以上、必ず剥離者の制圧に務めなくてはならないだろう。

 だから、いつでも辞められる様に、世理は手段を提供してくれたのだ。

 無理することはない、自分に危険が迫ったら、即座に逃げろ、と。

「……ん?私の志願?え、ちょっと待って……どういうこと?」

「あぁ、そう言えば話していませんでしたね。社長に懇願して、芦那さんをウォッグに勧誘したのは……私なんです」

 意外な事実だった。

 てっきり社長の判断で決めたのかと思った。しかし、どう考えても雅生の存在は、ウォッグの中では場違いにしか見えない。そんな采配を果たして、会社のトップが認めるのだろうか。

 いや、認める訳がない。

 だが、会社の中でも信頼を買っている人物、つまり彼女の提案があったのなら……社長といえども、話を聞かない訳にもいかない、ということなのだろうか。

「なんで、わざわざそんなことを……?」

 初対面の相手に対して、そこまでする必要があるのか。

 そんな素朴な疑問をさり気なく口にすると、世理は珍しく動揺して口ごもった。

「それは、えっと……その…………あっ」

 突然、何かに気付いて立ち上がる。

 彼女の見る先は、窓の外。

 視線を追ってみると……どうやら、喫茶店の前で女子高生が複数人の男に絡まれている様子を見ているようだ。

 女子高生は困惑した顔で、腕を掴む男に抵抗しようとする。だが、力の差は歴然だ。強気で引っ張られると、泣き顔になって縮こまってしまった。

 そんな様子を見て、世理が小さく呟く。

 低く。

 唸るように。

 彼女らしくない殺気の混じった声が……雅生の耳に飛び込んできた。

「────あの野郎ォ……!」

「は……?」

 衝撃的な言葉を耳にした雅生は、驚愕した。

 そんな彼の動揺を余所に、世理はテーブル席から離れると、何も躊躇いもせずに店から飛び出して行った。

「おい!宮園、ちょっと待てって!」

 まさか、助けるつもりなのだろうか。

 彼女のルダは、不可侵領域を発生させる場所を、あらかじめ指定しておかなくてはならない。これが無ければ、ただの生身の人間同等だ。

 それなのに、いかにも気性の荒そうな男達を相手にしては、いくらウォッグ構成員とはいえども対処しきれないに決まっている。

「……っと!マスター?」

 慌てて彼女の後を追おうとしたところで、雅生の目の前に無口のマスターが立ち塞がった。

 彼が笑顔で差し出してきたのはレシートである。

「ま、待ってくれ!今それどころじゃ……あぁ!分かった分かった!払うからちょっと待っててくれ!あの馬鹿、早まりやがってよッ……!!」



 ほぼ無意識だった。

 目の前に困っている人が居て、虐げている悪者が居る。

 世理が動いた理由はそれだけのこと。

 まるで条件反射にも似た行動の末、世理はゆっくりと男の腕を掴んだ。

「なんだてめっ……!アダダダダッ!?」

「ほら、早く逃げてください」

 男の罵声を聞くまでもなく腕を捻り上げると、女子高生から引き離して逃がす。

 その華奢な身体からは考えられない腕力で、男相手に主導権を握ると、男の手に向かって手のひらを突き付けた。

 掌底。

 手首の近い部分で打ち付ける打撃技だ。

 狙ったのは男の小指。比較的折れやすい部位である、小指の関節を折り曲げる。

「ヒィ、ギィィィッ!?」

 躊躇はなかった。

 地面をのたうち回る男を一瞥してから、顔を挙げる。すると、周りの集団達がビクつきながらも、怒号を発し始めた。

「い、いきなり何しやがるんだテメェ!」

 世理は一歩も引かずに、集団を睨み返す。

「それはこっちの台詞です────嫌がる女の子を集団で襲うとか……恥ずかしいと思わねぇのかテメェらァァッ!!」

 一見大人しいように見える世理からは、考えられない声量と荒々しい口調。

 男達は一瞬だけ気圧された様に身体を震わせるが、相手が女だと認識すると、次第に落ち着きを取り戻していく。

「おいおい、勘弁してくれよ。俺達はあの女の子と仲良くしようとしただけだぜ?それとも何か?お前が代わりに俺達の遊び相手になってくれるって?」

 話は、通じそうもない。

 女を遊び道具にしか思っていない、あの目。自分の偏見だけで物事を決め付け、自分の考えを押し付けようとする、独裁者もどきだ。奴らに、懸念という感情は存在しない。あるのは自身を重んじる傲慢さだけだ。

 それだけ分かると、世理の中で沸々とある感情が沸き上がってくる。

 それは……憤怒。

「────ふざけんな……テメェらみたいな自分勝手な奴らは、絶対に許せない……ッ!!」

 集団が一斉に動き出したと同時に、世理も怖じ気づくこともなく、足を前に踏み出す。

「何が許さないー、だ!笑わせんなよ、このくそ餓鬼がァァッ!!」

 一番最初に右手を伸ばしてきた男。

 その手首を右手で掴み取り、回るようにして懐に入り込むと、男の鳩尾に左肘を打ち込む。

 次、傍に居た男の左膝を蹴った。

 衝撃で左膝を地面に付いたのを見計らい、丸まった背中の上を前転して、背中を合わせる。その勢いで後ろ越しに襟首を掴むと前屈し、男を顔面から地面に叩きつけた。

「────冗談とは言わねぇ、ですよ?」

 流れる動作で次々と男達を沈めていく世理。

 しかし、警戒されるべきなのはテクニックよりも、そのやり方である。

 一撃一撃を、加減することもなく、全身全霊、最大出力で放っている。鳩尾を殴られた男、地面に叩きつけられた男……誰もが例外なく意識が吹き飛んでしまう程だ。

 しかし、不良も相手が女だからか、いつまでも怯んでいるわけではなかった。

「クッソッ……!!調子に乗ってんじゃねぇッ!!」

 世理の死角から、一人の男が飛び掛かる。

「……!」

 背後へ向けた視線の端にその姿が映り、反応は出来たが、対応できない。

 男が世理の直ぐ傍にまで迫った瞬間のことだ。

 男の側面から一つの拳が出現し……。

「調子に乗ってんのはテメェだろ……!」

「なっ……!?」

「女の子を集団で襲うとか……恥ずかしいと思わねぇのかテメェらァァッ!!」

 無造作に、殴り飛ばされた。

 それは、顔を強張らせる芦那雅生。

 男を殴り飛ばした雅生が背中合わせに立つと、世理は嬉しそうに声を挙げる。

「芦那さん!」

「何でこんな乱闘パーティーに乱入してるんですかねぇ!?そんなに好戦的だったのかよ!獣かお前はッ!」

「そういう芦那さんも、相当喧嘩慣れした様子ですね?《鎌鼬》の時もそうでしたが、危険に怖じ気もせずに体を張る姿勢は、実に雄々しい……ですが、明日の勤務に支障が出ない程度にお願いしますよ?」

「そうじゃん!そうだったじゃん!ていうかお前も止めようぜ!?明日も仕事だってのに喧嘩してるとかこれ完全に不良だしぃ!絶対に褒められることじゃねぇのに、一体何考えてるんだよッ!」

「私は……たった今、夢が一つ叶いました」

 世理は、微笑む。

 プレゼントを貰った無邪気な子供のようが、はしゃぐのをグッと抑えるように、確かな喜びを見せていたのだった。



「ていうか、こいつら乱暴だったとはいえ、ただのナンパ野郎どもだろ?ここまでやる必要あったのか?」

 雅生と世理の周りには、六、七人の不良達が転がっている。

 殆ど仕掛けたのは世理だったし、流石にやり過ぎかと思ったが、彼女自身に反省の色はなかった。

「いえ、強引にナンパした時点で半殺しは確定でしょう。もう半分は、ただの鬱憤晴らしみたいなものです」

「うっわぁ……最低だよこの子……」

「ですから、死なない程度に、有無を言わせず、一撃で、仕留めやったんじゃないですか。喧嘩は戦争の始まりです。やらなければやられます。私もやられるのは御免なので、その前にやってやったまでです」

 出た。

 やられる前にやる理論。

 こういうことを口にする奴は、決まって理不尽な物言いしかしない。

 つまり何が言いたいのかというと……この女は色々な意味でたちが悪い性格をしているということだ。

「嘘つきは泥棒の始まりみたいな感じで言うな!教訓にすらならねぇよ!良い子の皆にその言葉教えるんじゃねぇぞ!?絶対に誤解が生まれるからな!」

「イヤですねぇ、芦那さん。冗談です」

「嘘つけッ!その顔は絶対に誤魔化している時の顔だろうがッ!」

 それ以上、彼女から何かを言い返すことはなかった。

 代わりに、不良達の傍で屈み込み、右手を彼らの前で広げた。

「それより、どうするんだよこいつら……」

「心配要りません。私の《不可侵領域》を使います。脳内にある神経細胞の接合部分分泌される、神経伝達物質を異空間に飛ばすことで、今回の体験により発生した電気信号を消失……つまり、その部分だけの記憶を消失させることは可能ですからね」

「なにこの子……スッゲェ恐いこと言ってるんだけど……」

 神経伝達物質、一般的にシナプスというものだ。

 この少女の力は、一ミクロンもの極小な物質にも対応出来るというのだろうか。

「まぁ、冗談なんですけどね」

「その割には器用に動いている右手があるわけだが……ツッコめってか?ツッコんで欲しいってのか?」

 確実にやっている。

 肉眼では認識できないが、何らかの形で何かをやっている動きだ。

 どこまでも末恐ろしい人物である。

「芦那さん、一つお願いがあるのですが……聞いて頂けないでしょうか?」

「お願い?」

「はい、ウォッグのことです。実は……」

 世理は真剣味の帯びた声色で、そのお願いを口にし始めた。



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 彼らが集った理由は、簡単に言えば利害の一致。それより前は他人でもあったかも知れないし、仲間だったかも知れない。そんな曖昧な関係性でしかなかった。

 だが、これで充分。

 彼らが手を取り合い、協力関係を結ぶには、充分過ぎる間柄だったのだ。

「ケウク、君の言うとおりにやってはいるが……本当に、こんなジリ貧な行動を続けていて良いのかい?」

 フードを深く被り表情の見えない男、鎌鼬。

 彼が頭を揺らしながら、目の前の人物に尋ねる。

 彼の前には奇妙な仮面を被った男の姿があった。かの有名な『ムンクの叫び』の絵画にある、目と口等の輪郭だけがまん丸で、更に肌部分がまるで血のように真っ赤に染まった、不気味な仮面だ。

 ケウクと呼ばれた仮面の人物は、嘲笑するように声を漏らすと、真っ黒な目を鎌鼬に向ける。

「フヒッ、フヒヒ……良いんだよ、これで。あんたが表立って動いてくれているお蔭で、計画は悠長に、着実に進んでるんだからさ。おんなじ境遇の人が居てくれて、わたくしは本当に嬉しいよぉ」

 仮面の奥に見える瞳は、闇。

 そこには瞳孔も、虹彩の色も、まるで存在していない。クレヨンで塗りつぶした、できの悪い絵であるかのような、あり得ないくらいの黒で染まっていた。

 異空間に呑み込まれるのではないか。見つめ合っているだけで、そう感じさせる仮面の瞳を、鎌鼬はただ無心で眺めている。

「……この計画に対する後ろめたさ、と言うのかな?懺悔の念というやつが、君からは一切感じられないね。まぁ、ある意味、頼り甲斐がある証拠なんだろうけどさ」

 すると、ケウクは肩をすくませて首を傾げた。

「おいおい、鎌鼬さん。あんたがそれを言う?後ろめたさ?懺悔の念?それは、とっても善良な一般市民が抱く感情ではないか。世の為、人の為に働き掛け、悪いことは悪いと反省する……とても美しい心だねぇ、まるでガラスの様だ。フヒヒッ、実に壊れやすそうでもある。さて、何でそんなものを、わたくしが抱かなくてはならないと言うのか……あぁ、まさかと思うけど、人間にでもなったつもり?」

「…………」

 鎌鼬が頬を掻くと、ケウクはまた嘲笑しながら首を逆に捻った。

 その動作が、まるで機械仕掛けの人形であるかのようで、一層の奇妙さを際立てくる。

「今のこの歪んだ現状を、青春みたいに心の底から謳歌しようじゃないか。わたくしも、あんたも────最早人間じゃあないだろう?」

「あぁ、文字通り、僕の心に真っ青で冷たい春をもたらす毎日を痛感することになりそうだ」

 納得、そして同意。

 そう、こんな作戦に乗っているのも、ウォッグの連中と戦っているのも……全て、自分が人間ではないからだ。

 人間じゃないから、同類の力になる。

 人間じゃないから、人間と敵対する。

 鎌鼬の抱く協力関係とは、その程度のものに過ぎなかった。

「それで、今後も僕は同じ事を繰り返していれば良いのかい?」

「いんや、そろそろ崩しやすい壁を一つ剥ぐとしようよ。別にやる必要もないのだけれど、相手さんの駒は少なければ少ない程、こちら側もやりやすい。だから……まずは、最も揺さぶりやすい『彼女』を陥落させちゃおうか」

「彼女?あぁ、巡回担当者の、確か姫々島狼奈と言ったっけ?」

 カットエッジに乗り込めば、真っ先に駆け付けてくる番犬のような存在だ。腕力、戦闘能力共に、覚醒者の中では群を抜いているといっても過言ではない。普通ならば、紛れもない強敵だろう。

 確かに、彼女が消えれば、今後は襲撃がやりやすくなりそうだ。

「勝てそうかな?」

 ケウクの質問に、鎌鼬は簡単な返事を返した。

「────あいつだけなら余裕だな」

 考えを巡らすまでもない。

 冷静さと確信が、自然に息を吐くように、自分と彼女の力量を結論づけていた。

「壊そうが、殺そうが、一向に構わないよ。なんせ、こちら側にも、相手さん側にも、化け物をわざわざ庇ってくれる人間や権利は存在しないんだから。彼女達の死を悲しむ者はいない。いや、むしろ泣いて喜んでくれる筈さぁ。この世から、危険な汚染物を排除してくれて、ありがとう、とね。おっと、わたくしも汚染物だったか……フヒッ、フヒヒ……!」

 そういって笑うケウクを見て、鎌鼬は軽く呆れた様子で頭を搔いた。

「汚染物と汚染物が、互いにしのぎを削ってぶつかり合う、か……何とも、不毛な戦いなことだな……」

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