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ウォッグ!―X号兼務特殊警備員―  作者: 椋之 樹
第一章 大型デパート“カットエッジ”
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覚醒者




 世理に連れられて来たのは、カットエッジの近場にある喫茶店だった。カントリー風の内装で、木材で出来た机や椅子から木の香りが漂い、不思議と心を落ち着かせてくれる。

 時間があると、よくここにコーヒーを飲みに来るとのことで、カウンターでコップを拭く高齢の店員さんとも顔見知りであるらしい。

 彼に一言挨拶を交わしてから、窓際の最も奥の席に向き合う形で座ると、世理が早速話題を切り出した。

「まずは芦那さん、アルバイト初日お疲れ様でした。今日一日勤務してみて、いかがでしたか?」

 世理の笑顔は純粋そのものだ。

 そんな彼女の期待を裏切ることになるかも知れないのは、心許ない。

 だが今は、何よりも確認しなくてはならないことがあった。

「まぁ、思ったよりも大変ってことは分かったよ。それより、教えてくれるんだよな?お前達が、一体何者かをさ。いくらアルバイトとは言っても、このまま何も知らないまま続けるのは、正直心苦しいよ」

「えぇ、承知しています。宣言通りに、お話ししましょう……私達の秘密について」

 その時、先程はカウンターに立っていた白髪の店員が、無言でコーヒーカップを二つ持ってくると、優しげに微笑みかけてくる。

 世理が、いつもすみません、と微笑み返すと、店員は丁重に頭を下げてカウンターへと戻っていった。

「さて、まずは何から話しましょうか……そうですね、無難に私達を含めて、能力者について説明します。一般的に知られていないのですが、世の中には多数の能力を持った物、『覚醒者』が隠れるように暮らしているんです。大きく分けて、二つ……才なる力を持つ者、才力者スキルズと、狂った汚染者、狂染者ブラインズに分けられます」

 才能と力を持つ者、狂った汚染者。

 同じ覚醒者である筈なのに、言葉の使い方でイメージの違いが明確化している。前者は間違いなく優等的なイメージだが、後者はまるで汚れた存在であるかのようなイメージだ。

「超能力者にも、違いがあるものなんだな……」

「えぇ、ですがそれは望んで分けられた形ではありません。知っていますか?人間は元々、超能力を扱える才能を誰もが持っているんですよ?そのきっかけとなるのが、潜在物質『ルダ』と呼ばれる存在です。多くの場合、ルダ自体が目覚めずに寿命が尽きるの場合が殆どで、ルダが力を発揮することが珍しい事象なんですけどね」

 その理屈ならば、雅生自身も超能力に目覚める可能性はある、ということだ。当然そんな予兆は感じたこともないし、周りで聞いたことすらもなかった。

「へぇ……ということは、その過程で才力者と狂染者に違いが出てくる、って訳だよな?どうせなるなら、才力者ってやつの方が、イメージ的にも良いかも知れないなぁ」

「恐らく、誰もがそう思っていたことでしょう。なにせ、才力者とは超能力を自由自在に扱うことが出来ますが、狂染者はその真逆……超能力自体に体を支配され、異形なる存在へと変わり果ててしまう、と言われています。現在確認済みの超能力者全体における狂染者の割合は、九十九パーセント。ルダが覚醒したほぼ全ての超能力者が、望まぬ力に悩み続けているのが現実なのです」

 アニメや映画等でも、現実世界における超能力者は、普通とは違うという理由で、虐げられている場面をよく目にする。普通の人間にとって化け物でしかない存在は、自らの力にすらも支配される事実を併せ持っていた。

 内面からも外面からも、支配され、虐げられる現実が、彼らにとってどれだけの苦痛なのか。とてもではないが、普通の人間である雅生にとって、容易に想像できるようなものではなかった。

 気付けば乾ききっていた喉を潤す為にコーヒーを口に含むが、思ったよりも苦かったので噴き出しそうになる。

「ケホッ……!それじゃあ、あの《鎌鼬》ってやつも狂染者の中の一人で、自分の意思に関係なく、無差別に人を襲っているのか?」

「違います。彼らは現実を受け止め、既に普通の人間と決別した連中です。自らを現実世界から『剥離』された存在だと納得して、自らを剥離者ディッチメンと名乗り始めました。聞くところによると、剥離者達を統括する団体も存在するようですが……《鎌鼬》はあくまでも剥離者の模倣犯として、個人的にカットエッジに襲撃に来ている、と見て間違いないでしょう。集団で来られていたら、今頃カットエッジ周辺は焼け野原になっているでしょうからね」

 想像したくはないが、超能力達はそれほどの力を秘めている、ということなのだろう。

 目の前で目撃したからこそ、よく分かる。

 あんなもの……人間の力で対処が出来る程、簡単なものではない。腕力的にも、能力的にも、既に普通の常識を超越していた。

「だから、そいつらの脅威に対処する為に派遣されたのが、お前達みたいな超能力者で構成された団体、ウォッグって訳か……そういえば、お前も含めて、ウォッグの四人組は全員どんな力を持ってるんだ?」

 世理は一度コーヒーを口にして、堪能するように顔を綻ばせた。このコーヒー、どうやらブラックの様だが……彼女は見た目に反して、舌は大人であるらしい。

「ふぁ~……そうですね、それも説明しておかなくてはでした。まず、姫々島狼奈さん。彼女のルダは、狼の様に俊敏な動きを得意とし、人間離れした腕力を発揮する身体能力大幅向上能力、といったところでしょうか。肉弾戦において、彼女の上を行く存在はありません。ですから、気を付けてくださいね?怒りを買って殴られたりでもしたら、一撃で昇天してしまいますから」

「……肝に銘じておきます」

 今日一日の間で、一度でもそういった恐れがあったことを思い出すと……不覚にも全身が震え上がった。

「瑠羽さんは……あぁ、そう言えば、自分のことを話されるのは嫌っていましたから……そうですね、一先ず機械類ならば何でも出来る力、という認識で良いと思います。四辻さんは、簡単に言えば分身が出来る能力でして、こういった夜の見回りの時は、沢山の四辻さんが店内をウロウロしています。その代わりに体力が皆無に等しいので、昼は受付業務ぐらいしか出来ないのが玉にきずなんですけどね」

 聞いていると、警備業務に対してとても適した力を持っていることが分かる。世界には超能力者が隠れて生きているということだったが、ここまで都合良く人材が集まるのも逆に不思議な話だ。

 さて、残すはこの世理の能力だけだが……何故か彼女はテーブルの上を見回しつつ、色々なところを触ってから、店員さんに声を掛ける。

「このお三方は、狂染者です。特徴としては、自らの身体を変化させることに共通しています」

「……ん?でもそれって……」

 狂染者は、異形なる姿に変貌する。

 それの通りならば、彼女達も既に異形な姿になっていると考えるべきだ。

 しかし、どう見ても普通な人間にしか映らないが、どういうことなのだろうか。

「逆に才力者は、空間自体を変化させることを特徴としていまして……マスター!ナイフかフォークはありますか?なければ、包丁でも良いんですけど、貸してくれませんか?」

「あのオッサン、マスターだったのか……」

 道理で落ち着いた物腰だと思ったが……それより彼女、今何と言った?

 包丁を貸してくれ、と言ったように聞こえたのは気のせいだろうか。

 しばらくすると、マスターがナプキンに包まれた何かを持ってきた。無言でテーブルの上におくと、微笑んでから包みを開いていく。

 中に入っていたのは……包丁だった。

「ありがとうございます。さて、芦那さん。それを逆手に持って下さい」

「……はい?」

 意味が分からないが、取りあえず彼女の言う通り包丁の柄部分を、逆手に握る。

 すると、世理は自分の手をテーブルの上に置いてから、衝撃的な提案を口にした。

「さぁ────ぶっ刺してやってください」

「はぁッ!?お前、また冗談のつもりか!?」

「冗談ではありませんよー。指先でも、手首でも、中心でも良いですから、遠慮なく、力一杯、それこそ人を殺す勢いで、やっちゃって下さい。さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!」

「人を殺す勢いって……人を殺したことも殺そうとしたこともないから分からねぇよッ!何ですか!?お前は俺に加害者のレッテルを貼り付けるつもりですか!?」

 こんな場面、見たことがあるだろうか。

 とても鋭利な包丁を手渡した挙げ句、自分の手を差し出し、とても楽しそうに刺ーせ!刺ーせ!とコールをする異様な光景だ。

 信じられないくらい意気揚々としている顔を見ると、逆に恐怖を覚える。

 だが、後に引けない雰囲気を察した雅生は、包丁を握る手に力を込めた。脂汗が滲み出てくる手に不快感を感じながら、世理の手の甲を睨む。

「お前のそのムカつく笑顔を信用してやってやるが……本当に大丈夫なんだな……?」

「えぇ、えぇ、私は嘘を付きませんから。思いっ切りやってくださいよ?そうしなくては、リアリティーがありませんから」

「嘘吐きまくりだし、リアリティーの追及なんて要らないだろーがよぉ……あぁ、もう分かったよ……行くぞォォッ!!」

 覚悟を決める。

 心臓の音が高鳴り、胸が締め付けられるような動揺を押さえつける。

 彼女の望み通りに、彼女の手の甲へ向かって、渾身の力を振り絞り────包丁を振り下ろした。

 その刃先が、世理の手に当たったかどうかのところで……。

「キャアァァァァァッ!!」

「────ッ!!────ッ!!」

 店内に甲高い悲鳴が響き渡った。

 やっちまった。

 声すらも挙げられずに、最悪な事態を想像すると、恐る恐る、包丁の刃先へと視線を向ける。

 包丁の刃先は、世理の手の甲に突き刺さって…………。

「なーんて、冗談です」

 いない。

 ほんの一ミリ寸前で止まっていた。

 惚けた声が聞こえ、呆気にとられる。

 雅生は唖然とした顔で世理を見ていると、彼女は微笑みながら包丁の側面を逆の手の指で弾いた。

「不祥にも、私は才力者に分類される超能力者です。ここに光る点があるのが見えますか?私は、『指定球』と呼んでいるのですが」

 確かに、テーブルに四つ、彼女の目線上辺りに四つ……合計八つ、微かに光る点があった。更によく見てみると、まるで立方体を形成するように並んでいることが分かる。

「この指定球の範囲内ならば、私はどんな形ででも侵入不可能な領域を生み出すことが出来ます。今朝のように、指定した範囲を不可侵領域に飛ばすことも可能です。防御、ではありませんよ?侵入不可領域です。打撃、魔法、自然現象、ありとあらゆる事象の侵入を防ぐ力。それが私のルダ、《不可侵領域インバイオ・リギオン》と呼ばれる力…………あぅっ!」

 世理の額に鋭いチョップが直撃し、説明の口が止まる。

 続けて、雅生の怒号が喫茶店に大きく響き渡った。

「ふざっけんなテメェェッ!!今ので寿命が五十年は縮んだわコラァァァァァァッ!!」

「顔が恐いですッ!!」

 机に脚を乗り上げ、掴み掛かろうとするのを慌てて止めに入るマスター。

 その時の雅生は大層ご立腹だったとのことだ。



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 営業時間外のカットエッジは、防災センター以外の照明は全て消している。確か、費用削減の為にやむを得ない処置だと責任者は口にしていた。だが、こんな真っ暗な空間を、懐中電灯一つで見回らなくてはならない、こちらの身にもなってもらいたいものだ。

 響くのは自分の足音だけ。

 それ以外は完全に静寂で、真っ暗闇だけが支配する空間を、四辻津々代は懐中電灯を手に巡回をしていた。

「昼間はとても賑やかなのに、夜になるとまるで別空間ねぇ。瑠羽ちゃんもそう思わない?」

 無線機に呼び掛けると、少しウンザリした口調で、直ぐに返事が返ってきた。

『返答です。真面目にやって下さい、四辻津々代』

「分かってるわよぉ。いつ《鎌鼬》のやつが仕掛けてくるかなんて分からないものねぇ。だとしても、こんな夜中に何か起こるのだけは勘弁願いたいものだわぁ。正直、面倒くさいしねぇ」

『肯定です、四辻津々代の分身は便利ですが、戦闘面では頼りになりませんからね。言っていることは理解出来ます』

 《多影》。

 津々代が持つ、身体を分身させる力だ。

 これは身体だけでなく、体力、筋力等々、潜在能力までも分裂させてしまう。その為単純に考えて、分裂すればするほど、同時に弱くなってしまうデメリットまで背負っている。

 だが逆に、潜在能力は全員で共有しているので、一人の津々代が休息を取れば、他の津々代の体力も回復する。性能よりも、利便性を重視した能力と言えるだろう。

 当然、感覚も共有出来るので、別の階を回っている津々代が何を見ているのかも分かる。

「もう~、相変わらず瑠羽ちゃんは一言キツいんだからぁ。そういうところが好きなんだけれどねぇ」

『否定です、好かれたい気持ちは皆無ですが……』

 そんな彼女の言葉を耳にしながら、今朝方、狼奈とフード男が戦闘を起こした中央広場に差し掛かった。

 一階から二階に、二階から三階へエスカレーターが繋がっており、一階から三階までが筒抜けとなっている場所だ。三階からはさぞ良い景色が見えるだろうが、落下したら一巻の終わりだろう。

「そんなこと考えるのは良くないわよねぇ」

『質問です、何か言いましたか?』

「別に何もないわぁ。さてさて、夜の見回りを再開しましょうかねぇ」

 そもそも、人が居なくなる夜中に何かが起こることは、殆ど無いも同然だ。辛うじてあるとすれば、火災探知機の誤作動程度だろう。

 二階から三階の津々代が異常を察知した様子はない。

 このまま今夜も何も無く終わるのだろうか……と思った時だ。

「んん?あれは……」

 柱の陰から、小さな何かが飛び出ていることに気づいた。

 近づいて懐中電灯を向けて見てみると、そこには……。

「あらぁ、可愛いクマのお人形さんじゃない。夜中の巡回の功労として貰っておきま……」

『注意勧告です、駄目に決まっています。落とし物は防災センターに持って帰ってきて下さい』

「ですよねぇ……」

 少しガッカリしながらぬいぐるみを抱えると、改めて一階の異常の有無を確認してから、防災センターへと戻っていった。

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